University of Virginia Library

1.2. 舞ぎよくの遊興

萬上京と下京の違ひありと耳功者なる人のいへり。明衣染の花の色も移りて小町 踊を見しに。里の總角なるふり袖に太皷の拍子。四条通迄は静にゆたかにいかさま都 めきけり。それより下は町筋かぎりて聲せはしく。足音ばたつきかくもかはる物ぞか し。ひとつうつ手も間をよく調子を覺え。すぐれて見えける人は人の中にての人なり。 萬治年中に駿河國あべ川のあたりより。酒樂といへる座頭江戸にくだりて。屋敷方の 御慰に紙帳のうちに入て。鳴物八人の役を獨して間をあはせける。其後都にのぼり藝 をひろめけるに。殊更風流の舞曲を工夫して人のために指南をするに。小女あつまり て是を世わたりにならへり。女歌舞妃にはあらずうるはしき娘を此業に仕入て。うへ つかたの御前さまへ一夜づゝ御なぐさみにあげける。衣しやうも大かたに定まれり。 紅がへしの下着に箔形の白小袖をかさね。黒きそぎゑりを掛て帯は。三色ひだり繩う しろむすびにして。金作りの木脇差印籠きんちやくをさげて。髪は中剃するも有つと して若衆のごとく仕立ける。小哥うたはせ踊らせ酒のあいさつ。後には吸物の通ひも する事なり。諸國の侍衆又はお年よられたるかたを。東山の出振舞の折ふし五七人も うちませたる風情は。また是よりはあるまじき遊興ものぞかし。男ざかりの座敷へは すこしぬる過て見えける。壹人を金一角に定め置しはかるゆきなる呼物也。いづれを 見ても十一二三までの美少女なるが。よく/\是にそまり都の人馴て。客の氣をとる 事難波の色里の禿よりはかしこし。次第におとなしうなりて十四五の時は客只はかへ さじ。それも押付業にはおもひもよらず。人の心

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まかせなるやう にじやらつきて、かんじんのぬれかゝれば、
手をよくはづし。其人になづませ 我おぼしめさば。忍びてお獨親かたへ御入あらば。よき首尾見合酒に醉出し前後覺ぬ 風情
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寢かけたる時
はやしかたの若い者どもにすこしの御心 付ありて。御機嫌とるさはぎのうちになる事と。深くおもはせおもく仕掛て遠國衆に したゝか取事也。素人しりたまはぬ事どれにても自由になるものぞかし。名を取し舞 子も銀壹枚に定めし。我としの若かりし時是に身をなすにはあらずして。此子共の風 俗を好て宇治の里より通ひ。世のはやり事をならひしに。すぐれて踊る事を得たれば。 人皆ほめそやすにしたがひ。つのりておもしろさ後無用との異見を聞ず。此道のかぶ き者となりたま/\は。さし出たる座敷に面影を見せける。されども母の親つき添て 外なる女と同じき。いたづらげはみぢんなかりし。人なほならぬに氣をなやみて戀が れ死もありける。ある時西國がたの女中川原町に養生座敷をかりて。涼みの比より北 の山/\雪になる迄。さのみ藥程の御氣色にもあらず。毎日樂乘物つらせて出られし に。高瀬川のそこにて我を見そめ給ひて。人傳をたのみめしよせられ。明暮其夫婦の 人かはゆがられ取まはしのいやしからずとて。國なる獨子のよめにしてもくるしから じと。我もらはれて行すゑはめでたき事に極りぬ。此奥の姿を見るに京には目なれず。 田舎にもあれ程ふつゝかなるは又有まじ。其殿のうつくしさ今の大内にも誰かはおよ びがたし。我いまだ何心もあるまじきと。二人の中に寢さゝれて
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たはぶれの折からは心におかしくて、我もそんな事は三年前よりよく 覚し物をと齒切をしてこらへける。さびしき寢覺に、彼殿の片足身にさはる時、もは 何の事もわすれて、内義の鼾きゝすまし、殿の夜着よりしたに入て、其人をそゝなか して
ひたもの戀
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のやめがたく
程なくしれて。さても /\油斷のならぬは都。我國かたのあの時分の娘は。いまだ門にて竹馬に乘あそびし と。大笑ひをいとまにして又親里に追出されける

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In the Hakubunkan copy-text this phrase was replaced by circles. The phrase has been added to this etext from the standard text in the Nihon Koten Bungaku Taikei. (Tokyo: Iwanami Shoten, 1957), vol. 47.
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