University of Virginia Library

9. 詞花和歌集卷第九
雜上

源頼家朝臣

ところ%\の名を四季によせて人々歌よみ侍りけるにみしまえの春の心をよめる

春霞かすめるかたや津の國のほのみしまえの渡なるらむ

源俊頼朝臣

堀河院の御時うへのをのこども御前にめして歌よませ給ひけるに

須磨の浦にやく鹽がまの烟こそ春に志られぬ霞なりけれ

おなじ御時百首の歌奉りけるによめる

並立てる松の志づ枝をくもでにてかすみ渡れる天の橋立

平忠盛朝臣

播磨守に侍りける時三月ばかりに舟よりのぼり侍りけるに津の國にやまぢといふ所に參議爲通の朝臣志ほ湯あみて侍るときゝて遣はしける

ながゐすな都の花も咲きぬらむ我も何ゆゑいそぐ船出ぞ

花山院御製

修行しありかせ給ひけるに櫻の花の咲きたりける下にやすみ給ひてよませ給ひける

木のもとを栖處とすれば自から花みる人になりぬべき哉

天臺座主源心

人のもとにまかりたりけるにさくら花おもしろく咲きて侍りければあしたに主人のもとへいひ遣はしける

ちらぬ間に今一度も見てしがな花に先だつ身とも社なれ

大藏卿匡房

花を惜む心をよめる

春くればあぢかたの海一方にうくてふいをの名社惜けれ

堀河右大臣

宇治前太政大臣花見にまかりけると聞きてつかはしける

身を志らで人をうらむる心こそ散る花よりも儚かりけれ

小式部内侍

二條の關白志ら川へ花見になむといはせて侍りければよめる

花の來ぬ所はなきを白川のわたりにのみや花はさくらむ

大納言道綱母

入道攝政八重山吹をつかはしていかゞみるといはせて侍りければよめる

たれかこの數は定めし我はたゞとへとぞ思ふ山吹のはな

大納言師頼

新院位におはしましゝ時皇后宮の御方にかんだちめうへのをのこどもをめして藤花年久といふ事をよませ給ひけるによめる

春日山北の藤浪咲きしより榮ゆべしとはかねて知りにき

修理大夫顯季みまさかの守に侍りけるとき人々いざなひて右近の馬場に罷りて時鳥まち侍りけるに俊子内親王の女房の車まうできて連歌し歌よみなど志て明ぼのに歸り侍りけるにかの女房の車より

美作やくめの皿山と思へ共和歌の浦とぞ云ふべかりける

贈左大臣

このかへしせよと云ひければよめる

和歌の浦と云にて知ぬ風吹かば浪のよりこと思ふ成べし

藤原隆季朝臣

左衛門督家成布引の瀧見にまかりて歌よみ侍りけるによめる

雲居よりつらぬきかくる白玉をたれ布引の瀧といひけむ

大藏卿行宗

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[1]断院
位におはしましゝ時御前にて水草隔舟といふ事をよみ侍りける

難波江の志げき蘆間をこぐ舟は棹の音にぞゆく方を志る

律師濟慶

題志らず

思ひ出もなくてや我身やみなまし姨捨山の月見ざりせば

藤原爲眞

父長實信濃守にてくだり侍りけるに共にまかりてのぼりけるころ左京大夫顯輔の家に歌合志侍りけるに

名に高き姨捨山も見しかども今夜ばかりの月はなかりき

大中臣能宣朝臣

月あかく侍りけるに人々まうで來てあそび侍りけるに月入りにければ興つきて各歸りなむと志ければよめる

月はいり人は出でなばとまりゐて獨やわれは空を眺めむ

小一條院御製

御髮おろさせ給ひて後六條院の池に月の映りて侍りけるを御覽じてよませ給ひける

池水にやどれる月はそれながら眺むる人の影ぞかはれる

左京大夫顯輔中宮亮にて侍りける時下臈にこえらるべしと聞きて宮の女房の中に歎き申したりける返事にたれとはなくて

世中をなげきないりそ三笠山さし出でむ月のすまむ限は

新院御製

田家月といふ事をよませ給ひける

月清み田中にたてるかりいほの影ばかりこそ曇なりけれ

太政大臣

新院位におはしましゝ時月あかく侍りける夜女房につけて奉りける

すみのぼる月の光にさそはれて雲のうへまで行く心かな

良暹法師

あれたる宿に月のもりて侍りけるをよめる

板間より月のもるをもみつる哉我宿は荒して住べかりけり

内大臣

題志らず

隈もなく志のだの森の下晴れて千枝の數さへみゆる月影

源道濟

山家月をよめる

さびしさに家出しぬべき山里を今宵の月に思ひとまりぬ

平忠盛朝臣

新院殿上にて海路月といふ事をよめる

行く人も天のと渡る心地して雲のなみぢに月をみるかな

橘爲義朝臣

題志らず

君まつと山のはいでゝ山の端にいるまで月を眺めつる哉

大納言公實

堀河院の御時中宮の御方にまゐりて女房にもの申しける程に月の山の端より立ちのぼりけるを見て女の、月はまつに必出づるなむ哀なるといひければよめる

いかなればまつにはいづる月影のいるを心に任せざる覽

花山院御製

題志らず

こゝろみに他の月をもみてしがな我宿からの哀なるかと

中務卿具平親王

月のあかく侍りける夜前大納言公任まうできたりけるをする事侍りて遲く出であひければ待ちかねて歸り侍りにければ遣はしける

恨めしく歸りける哉月夜には來ぬ人をだにまつと社きけ

大江嘉言

屏風の繪に山のみねにゐて月見たる人かきたる所によめる

かぐ山の白雲かゝる峯にても同じたかさぞ月は見えける

左京大夫顯輔

家に歌合志侍りけるによめる

夜もすがらふじの高嶺に雲きえて清見が關にすめる月彭

藤原輔尹朝臣

山城守になりてなげき侍りける頃月のあかゝりける夜まうで來りける人のいかゞ思ふと問ひ侍りければよめる

山城のいはたのもりのいはずとも心の中をてらせ月かげ

中原長國

久しく音もせぬ人のもとへ月のあかゝりける夜いひつかはしける

月にこそ昔のことは覺えけれわれを忘るゝ人にみせばや

琳賢法師

山科寺にまかりけるに宗延法師にあひて終夜ものいひ侍りけるに有明の月の三笠山よりさしのぼりけるを見てよめる

ながらへば思ひでにせむ思ひ出よ君とみ笠の山の端の月

大藏卿匡房

京極前太政大臣の家の歌合に詠る

逢坂の關の杉はら下はれて月のもるにぞまかせざりける

帥前内大臣

筑紫より歸りまうで來てもと住みける所のありしにもあらず荒れたりけるに月のいとあかく侍りければよめる

つく%\と荒れたる宿をながむれば月計こそ昔なりけれ

高松上

題志らず

深く入て住ばやと思ふ山の端をいかなる月の
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[2]出なる

和泉式部

たがひにつゝむ事ある男のたやすくあはずと恨みければ

己が身のおのが心に叶はぬを思はゞものは思ひ志りなむ

忍びける男のいかゞ思ひけむ五月五日の朝にあけて後歸りてけふあらはれぬるなむ嬉しきといひたりける返事によめる

菖蒲草かりにもくらむもの故にねやの妻とや人の見る覽

保昌に忘られて侍りけるころ兼房の朝臣のとひて侍りければよめる

人志れず物思ふことはならひにき花に別れぬ春しなければ

讀人志らず

藤原盛房かよひける女をかれ%\になりて後神無月の廿日頃に時雨の志ける日何ごとかといひつかはしたりければ母の返事にいへりける

思はれぬ空のけしきをみるからに我も志ぐるゝ神無月哉

待賢門院堀川

題志らず

仇人は時雨るゝ夜はの月なれやすむ迚え社頼むまじけれ

讀人志らず

たえにける男の五月ばかりに思ひがけずまうできたりければよめる

たが里に語らひかねて郭公かへる山路のたよりなるらむ

清少納言

たのめたる夜見えざりける男の後に

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[3]までうきたりけるに
いで逢はざりければいひわづらひてつらきことを知らせつるなどいはせたりければよめる

よしさらばつらさは我に習ひ鳬頼めて來ぬは誰か教へし

江侍從

かきたえたる男のいかゞ思ひけむ、きたりけるがかへりける曉に雨のいたくふりければ朝にいひ遣はしける

被きけむ袂は雨にいかゞせし濡るゝは偖も思ひ志れかし

曾禰好忠

題志らず

深くしも頼まざらなむ君故に雪踏分けてよな/\ぞ行く

赤染衛門

いたく

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[4]忍けびる
男の久しく音せざりければいひ遣し志ける

世の人のまだ志らぬまの薄氷わかぬ程に消ねとぞ思ふ

和泉式部

いひわたりける男の八月ばかりに袖の露けさなどいひたりける返事によめる

秋は皆思ふことなき荻の葉も末たわむまで露はおきけり

藤原忠清

藤原隆時の朝臣ものいひ侍りける女をたえにければ弟忠清かよひ侍りけるも程なく忘れ侍りければ忠清がおとゝ隆重にあひぬと聞きてかの女にいひつかはしける

いかなれば同じ流の水にしもさのみは月の移るなるらむ

さがみ

題志らず

住吉のほそえにさせる澪標ふかきにまけぬ人はあらじな

大納言道綱母

もの思ひける頃よめる

降る雨のあしともおつる泪かな細かにものを思ひ碎けば

赤染衛門

思ふ事侍りける頃いのねられず侍りければ終夜詠め明して有明の月のくまなくもりけるが俄にかきくらし志ぐれけるを見てよめる

神無月有明の空の志ぐるゝをまた我ならぬ人やみるらむ

出羽辨

忍び/\にもの思ひける頃よめる

忍ぶるも苦しかり鳬數ならぬ身には泪のなからましかば

和泉式部

忍びたる男の鳴りける衣をかしがましとておしのけゝればよめる

音せぬは苦しきものを身に近くなるとて厭ふ人もあり鳬

大貳三位

おもく煩ひけるにたちおくれなばえなむながらふまじきといひたる男の返事によめる

人の世に二度志ぬるものならば忍びけりやと心みてまし

左大辨俊雅母

題志らず

夕霧に佐野の舟橋おとすなりたなれの駒の歸りくるかと

式部大輔資業

長元八年宇治前太政大臣の家に歌合志けるに勝ちがたの男子どもすみよしにまうでゝ歌よみ侍りけるによめる

住吉のなみにひたれる松よりも神の志るしぞ顯れにける

周防内侍

ものへまかりける道に人のあやめをひきけるを長き根やあると乞はせけるを惜み侍りければよめる

爭でかくねを惜むらむ菖蒲草憂には聲もたてつべき身を

花山院御製

冷泉院へたかんな奉らせ給ふとてよませ給ひける

世中にふるかひもなき竹の子はわがへむとしを奉るなり

冷泉院御製

御かへし

年へぬる竹の齡を返してもこのよを長くなさむとぞ思ふ

和泉式部

男をうらみてよめる

あしかれと思はぬ山の峯にだにおふなる物を人の歎きは

能因法師

津の國に古曾部といふ所にこもりて前大納言公任のもとへいひ遣はしける

ひたぶるに山田もる身となりぬれば我のみ人を驚かす哉

源仲正

後二條關白はかなき事にてむつがり侍りければ家の中には侍りながら前へもさしいで侍らで女房の中にいひ入れ侍りける

三笠山さすがに蔭に隱ろへてふるかひもなきあめの下哉

平致經

おほやけの御かしこまりにて侍りけるを僧正源覺申しゆるして侍りければそのよろこびに五月五日まかりてよめる

君引ず成なましかば菖蒲草いかなるねをかけふは懸まし

源道濟

長恨歌の心をよめる

思ひかね別れし野べをきてみれば淺ちが原に秋風ぞふく

橘爲仲朝臣

陸奧國の任はてゝ上り侍りけるにたけぐまの松のもとにてよめる

古里へ我は歸りぬ武隈のまつとは誰に告けよとかおもふ

左京大夫顯輔

よに志づみて侍りける頃春日の冬のまつりにへいたてまつりけるにおもひける事をみてぐらにかきつけ侍りける

枯果つる藤の末葉の悲しきはたゞ春の日を頼むばかりぞ

高内侍

帥前内大臣あかしに侍りける時戀ひかなしみてやまひになりてよめる

夜の鶴都の内にこめられて子を戀ひつゝもなき明すかな

大納言師頼

堀河院の御時百首の歌奉りけるによめる

身のうさはすぎぬる方を思ふにも今行末のことぞ悲しき

大藏卿匡房

埋木の志たはくつれどいにしへの花の心は忘れざりけり

大納言伊通

題志らず

今はたゞ昔ぞ常に戀ひらるゝ殘りありしを思ひでにして

清原元輔

小野宮右大臣のもとにまかりて昔のことなど云ひてよめる

老いて後昔を志のぶ泪こそこゝら人目をつゝまざりけれ

加茂政平

題志らず

ゆくすゑの古ばかり戀しくばすぐる月日も難かざらまし

藤原季通朝臣

新院のおほせにて百種の歌奉りけるによめる

厭ひてもなほ惜まるゝ我身かな二度くべき此世ならねば

左京大夫顯輔

神祇伯顯仲廣田にて歌合志侍るとて寄月述懷といふ事をよみてといひ侍りければつかはしける

難波江の芦間に宿る月みれば我身ひとつも沈まざりけり
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[1] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reads断院.
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[2] SKT reads いづるなるらん.
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[3] SKT reads まうできたりけるに.
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[4] SKT reads しのびける.