University of Virginia Library

2. 詞花和歌集卷第二

増基法師

卯月の一日によめる

けふよりはたつ夏衣薄くともあつしとのみや思ひ渡らむ

源俊頼朝臣

題志らず

雪の色を盗みてさける卯の花はさえてや人に疑はるらむ

大藏卿長房

齋院の長官にて侍りけるが少將になりて賀茂の祭の使志て侍りけるを珍らしき由人のいはせて侍りければよめる

年をへてかけし葵は變らねど今日のかざしは珍しきかな

源兼昌

神まつりをよめる

榊とる夏の山路やとほからむゆふかけてのみ祭る神かな

周防内侍

郭公を待ちてよめる

昔にもあらぬわが身に郭公まつこゝろこそ變らざりけれ

藤原忠兼

關白前太政大臣の家にて時鳥のうたおの/\十首づゝよませ侍りけるによめる

時鳥なくねならではよの中にまつこともなきわが身なり鳬

花山院御製

題志らず

今年だにまつ初聲を郭公よにはふるさでわれにきかせよ

道命法師

山寺にこもりて侍りけるに郭公のなき侍らざりければよめる

山里のかひこそなけれ郭公みやこの人もかくやまつらむ

能因法師

題志らず

山びこのこたふる山の郭公ひとこゑなけばふた聲ぞきく

藤原伊家

時鳥あかつきかけてなく聲をまたぬ寢覺の人やきくらむ

大納言公教

待つ程はぬるともなきを郭公なくねは夢の心地こそすれ

源俊頼朝臣

閑中時鳥といふ事をよめる

なきつとも誰にかいはむ郭公影より外にひとしなければ

待賢門院堀川

題志らず

こやの池におふる菖蒲の長きねはひく白糸の心地社すれ

源頼家朝臣

土御門右大臣の家に歌合し侍りけるによめる

終夜たゝく水鷄は天の戸をあけてのちこそ音せざりけれ

皇嘉門院治部卿

題志らず

五月雨の日をふるまゝに鈴鹿川八十瀬の浪ぞ聲増りける

大藏卿匡房

堀川院の御時百首の歌奉りけるによめる

我妹子がこやの篠屋の五月雨にいかでほすらむ夏引の糸

源忠季

右大臣の家の歌合によめる

五月雨はなには堀江の澪標見えぬや水のまさるなるらむ

中納言通俊

郁芳門院のあやめの根合によめる

藻汐やく須磨の浦人うちはへて厭ひやすらむ五月雨の空

良暹法師

藤原通宗の朝臣歌合志侍りけるによめる

五月やみはな橘に吹く風はたがさとまでか匂ひゆくらむ

花山院御製

世をそむかせ給ひて後花橘を御覽じてよませ給ひける

宿ちかくはな橘はほり植ゑじ昔をしのぶつまとなりけり

藤原經衡

なでしこの花を見てよめる

うすくこく垣ほに匂ふ撫子の花のいろにぞ露もおきける

修理大夫顯季

贈左大臣の家に歌合志侍りけるによめる

種まきしわが撫子の花ざかりいく朝露のおきてみつらむ

大貳高遠

寛和二年内裏の歌合に

なく聲も聞えぬものゝ戀しきは忍びにもゆる螢なりけり

讀人志らず

六條右大臣の家に歌合志侍りけるによめる

五月闇鵜川にともすかゞり火の數ますものは螢なりけり

藤原家經朝臣

水邊納凉といふ事をよめる

風ふけば河べ凉しくよる波のたち歸るべき心地こそせね

曾禰好忠

題志らず

杣川の筏のとこのうきまくら夏は凉しきふしどなりけり

源道濟

長保五年入道前太政大臣の家に歌合志侍りけるによめる

待つ程に夏の夜痛くふけぬれば惜みもあへず山のはの月

曾禰好忠

題志らず

川上に夕立すらしみくづせく梁瀬のさなみ立ち騒ぐなり

太皇太后宮大貳

閏六月七日よめる

常よりも歎きやすらむ棚機のあはまし暮をよそに詠めて

さがみ

題志らず

下紅葉ひと葉づゝちる木のもとに秋と覺ゆる蝉の聲かな

よしたゞ

虫の音もまだうちとけぬ叢に秋をかねてもむすぶ露かな