University of Virginia Library

1. 詞花和歌集卷第一

大藏卿匡房

堀河院の御時百首の歌奉りけるに春たつ心をよめる

氷りゐし志賀の唐崎うちとけてさゞ浪よする春風ぞ吹く

藤原惟成

寛和二年内裏の歌合に霞をよめる

昨日かも霰ふりしは志がらきのと山の霞はるめきにけり

平兼盛

天徳四年内裏の歌合によめる

ふる里は春めきにけりみ吉野のみかきが原は霞こめたり

道命法師

はじめて鶯の聲をきゝてよめる

たまさかに我が待ちえたる鶯の初音をあやな人やきく覽

曾禰好忠

題志らず

雪消えばゑぐの若菜もつむべきに春さへ晴ぬみ山べの里

源重之

冷泉院春宮と申しける時百首の歌奉りけるによめる

春日野に朝鳴く雉のはね音は雪の消えまに若菜つめとや

赤染衛門

鷹司殿の七十賀の屏風に子日したるかたかきたる所によめる

萬代のためしに君がひかるれば子の日の松も羨みやせむ

新院御製

題志らず

子日すと春の野ごとに尋れば松にひかるゝ心地こそすれ

源時綱

梅花遠薫といふ心を

吹きくればかを懷かしみ梅の花ちらさぬ程の春風もがな

右衛門督公行

梅花をよめる

梅の花匂を道の志るべにてあるじも志らぬ宿に來にけり

俊惠法師

題志らず

眞菰草つのぐみ渡る澤邊にはつながぬ駒も放れざりけり

僧都覺雅

もえ出づる草葉のみかはを笠原駒の景色も春めきにけり

平兼盛

天徳四年内裏の歌合に柳をよめる

佐保姫の糸そめかくる青柳をふきなみだりそ春の山かぜ

源季遠

贈左大臣の家の歌合によめる

いかなれば氷はとくる春かぜにむすぼゝるらむ青柳の糸

源道濟

古郷の柳をよめる

古里のみ垣の柳はる%\とたがそめかけし淺みどりぞも

源頼政

題志らず

み山木のその梢とも見えざりし櫻は花にあらはれにけり

康資王母

京極前太政大臣の家に歌合志侍りけるによめる

紅のうす花ざくら匂はずばみな志ら雲とみてやすぎまし

京極前太政大臣

この歌を判者大納言經信紅の櫻は詩に作れども歌にはよみたることなむなきと申しければあしたにかの康資王の母の許に遣しける

志ら雲は立ちへだつれど紅のうすはな櫻こゝろにぞそむ

康資王母

かへし

志ら雲はさもたゝばたて紅の今ひとしほを君しそむれば

一宮紀伊

おなじ歌合によめる

あさまだき霞なこめそ山櫻尋ねゆくまのよそめにもみむ

大藏卿匡房

白雲とみゆるに志るしみよしのゝ吉野の山の花盛りかも

大納言公實

承暦二年内裏の後番歌合によめる

山櫻をしむにとまるものならば花は春とも限らざらまし

前齋院出雲

遠山のさくらといふ事をよめる

九重にたつしら雲と見えつるは大内山のさくらなりけり

戒秀法師

題しらず

春ごとに心をそらになすものは雲ゐに見ゆる櫻なりけり

源俊頼朝臣

志ら川に花見にまかりてよめる

白川の春のこずゑを見渡せば松こそ花のたえまなりけれ

白河院御製

所々に花を尋ぬと云事を詠せ給ける

春くれば花の梢に誘はれていたらぬ里のなかりつるかな

源師賢朝臣

橘としつなの朝臣のふしみの山庄にて水邊櫻花といふことをよめる

池水の汀ならずばさくら花影をもなみにをられましやは

伊勢大輔

一條院の御時ならの八重櫻を人の奉りけるを其折御前に侍りければその花を題にて歌よめとおほせごとありければ

古のならの都の八重ざくらけふこゝのへに匂ひぬるかな

右近中將教長朝臣

新院のおほせ事にて百首のうた奉りけるによめる

古里にとふ人あらば山櫻ちりなむのちをまてとこたへよ

源登平

人々あまたぐして櫻の花を手ごとは折りて歸るとてよめる

櫻花手毎に折りて歸るをば春の行くとやひとはみるらむ

道命法師

題志らず

春毎に見る花なれど今年より咲き始めたる心ちこそすれ

贈左大臣母

歸雁をよめる

古里のはなのにほひやまさるらむしづ心なく歸る雁がね

源忠季

中々にちるを見じとや思ふらむ花の盛にかへるかりがね

藤原元眞

櫻の花のちるを見てよめる

櫻花ちらさで千代もみてしがなあかぬ心は偖もありやと

大中臣能宣朝臣

天徳四年内裏の歌合によめる

櫻花風にしちらぬものならば思ふ事なき春にぞあらまし

攝津

太皇太后宮賀茂のいつきと聞え給ひける時人々まゐりて鞠つかうまつりけるに硯のはこのふたに雪をいれていだされたりけるしき紙にかきつけ侍りける

櫻花ちりしく庭を拂はねばきえせぬ雪となりにけるかな

源俊頼朝臣

住みあらしたる家の庭に櫻の花のひまなくちり積りて侍りけるを見てよめる

掃く人もなき古里の庭の面は花散りて社見るべかりけれ

源師賢朝臣

橘としつなの朝臣のふしみの山庄にて水邊落花といふことをよめる

櫻咲く木の下水は淺けれどちりしく花のふちとこそなれ

藤原範永朝臣

藤原兼房の朝臣の家にて老人惜花といふことをよめる

散る花も哀と見ずやいその上ふりはつるまでをしむ心を

花山院御製

庭の櫻の散るを御覽じてよませ給ひける

わが宿の櫻なれどもちるときは心にえこそ任せざりけれ

源俊頼朝臣

さくらの花のちるを見てよめる

身にかへて惜むに止る花ならばけふや我世の限ならまし

花薗左大臣

落花滿庭といふ事をよめる

庭もせにつもれる雪と見え乍薫るぞ花のしるしなりける

大中臣能宣朝臣

題志らず

ちる花にせきとめらるゝ山川の深くも春のなりにける哉

藤原長能

寛和二年内裏の歌合によめる

一重だにあかぬ匂をいとゞしく八重かさなれる山吹の花

讀人志らず

麗景殿の女御の家の歌合によめる

八重咲るかひ社無れ山吹のちらば一重もあらじと思へば

太皇太后宮肥後

堀河院の御時百首の歌奉りけるによめる

來ぬ人をまちかね山の喚子鳥おなじ心にあはれとぞきく

關白前太政大臣

新院位におはしましゝ時牡丹をよませ給ひけるによみはべりける

咲きしより散果つる迄見し程に花のもとにて廿日へに鳬

橘俊綱

老人惜春といふ事をよめる

老いてこそ春の惜さは増りけれ今幾度もあはじと思へば

新院御製

三月盡日うへのをのこどもを御前にめして春の暮れぬる心をよませさせ給ひけるによませ給ひける

惜むとて今宵かきおく言の葉や綾なく春の形見なるべき