University of Virginia Library

7. 詞花和歌集卷第七
戀上

關白前太政大臣

戀のうたとてよみ侍りける

あやしくもわがみ山木のもゆる哉思は人につけてし物を

藤原實方朝臣

題志らず

爭でかは思ひありとも志らすべき室の八島の烟ならでは

隆惠法師

斯とだにいはで儚く戀死なば即て志られぬ身とや成なむ

大藏卿匡房

堀川院の御時百首の歌奉りけるによめる

思兼ね今日たて初むる錦木の千束もまたで逢ふ由もがな

平兼盛

題志らず

谷川の岩間をわけて行水の音にのみやはきかむと思ひし

一條院御製

春立ちける日承香殿の女御のもとへつかはしける

よと共にこひつゝすぐる年月は變れど變る心地こそせね

藤原伊家

承暦四年内裏の歌合によめる

我戀は夢路にのみぞ慰むるつれなき人も逢ふとみつれば

左兵衛督公能

新院くらゐにおはしましゝ時うへのをのこども御前にめして寐覺の戀といふ事をよませ給ひけるによめる

慰むる方もなくてや已みなまし夢にも人の難面かりせば

藤原惟成

寛和二年内裏の歌合によめる

命あらば逢ふよもあらむ世中になど志ぬばかり思ふ心ぞ

大納言成通

左京大夫顯輔が家に歌合志侍りけるによめる

よそながら哀といはむ事よりも人傳ならで厭へとぞ思ふ

寛念法師

題志らず

戀死なば君は哀といはずともなか/\よその人や忍ばむ

賀茂成助

つれなき女につかはしける

いか計人のつらさを恨みまし憂身のとがと思ひなさずば

淨藏法師

題志らず

我爲につらき人をばおきながら何の罪なき世をや恨みむ

平兼盛

女をあひかたらひけるころよしありて津の國にながらといふ所にまかりてかの女のもとにつかはしける

忘るやと長らへゆけど身にそひて戀しき事は後れざり鳬

讀人志らず

題志らず

年をへてもゆてふ不二の山よりも逢はぬ思は我ぞ勝れる

侘びぬれば志ひて忘れむと思へども心弱くも落つる涙か

思はじと思へばいとゞ戀しきは何れかわれが心なるらむ

能因法師

心さへ結ぶの神や作りけむとくるけしきも見えぬ君かな

前大納言公任

あだ/\しくもあるまじかりける女をいと忍びていはせ侍りけるに世にちりてわづらはしきさまにきこえければいひたえて後とし月をへて思ひ餘りていひつかはしける

一度は思ひ絶えにし世中をいかゞはすべき賤のをだまき

僧都覺雅

三井寺に侍りけるわらはに京にいでばかならずつげよとちぎりて侍りけるを京へいでたりとは聞きけれどおとづれ侍らざりければいひつかはしける

影見えぬ君は雨夜の月なれや出でゝも人に志られざり鳬

大納言道綱

さらにゆるきけもなき女に七月七日つかはしける

七夕にけさ引く糸の露重み撓むけしきを見でや已みなむ

隆縁法師

戀のうたとてよめる

身の程を思ひ去りぬることのみやつれなき人の情なるらむ

左衛門督家成が津の國の山庄にて旅宿戀といふことをよめる

わびつゝもおなじ都はなぐさみき旅寐ぞ戀の限なりける

源重之

冷泉院春宮と申しける時百首の歌奉りけるによめる

風をいたみ岩うつ波の己のみくだけてものを思ふ頃かな

修理大夫顯季

堀河院の御時百首の歌奉りけるによめる

我戀は吉野の山の奧なれや思ひいれどもあふひともなし

平祐擧

題志らず

むねはふじ袖は清見が關なれや烟も波もたゝぬ日ぞなき

藤原永實

徒に千束くちにしにしき木を猶こりずまに思ひたつかな

道命法師

春になりてあはむとたのめける女のさもあるまじげに見えければいひつかはしける

山櫻つひに咲くべきものならば人の心をつくさゞらなむ

源家時

堀河院の御時くら人に侍りけるに贈皇后宮の御方に侍りける女を忍びて語らひ侍りけるをこと人にものいふときゝて白菊の花にさしてつかはしける

霜おかぬ人の心はうつろひておもがはりせぬ志ら菊の花

大納言公實

返し、女にかはりて

白菊の變らぬ色も頼まれずうつろはでやむ秋しなければ

藤原顯綱朝臣

中納言としたゞが家の歌合によめる

紅のこぞめの衣うへにきむ戀のなみだのいろかはるやと

源道濟

題志らず

忍ぶれど泪ぞ志るき紅にものおもふ袖はそむべかりけり

源雅光

ふみつかはしける女のいかなる事かありけむ、今更に返事せず侍りければいひ遣はしける

くれなゐに涙の色もなりにけりかはるは人の心のみかは

平實重

左京大夫顯輔が家に歌合志侍りけるによめる

戀死なむ身社思へば惜からね憂きもつらきも人の咎かは

道命法師

題志らず

つらさをば君に傚ひて知ぬるを嬉しき事を誰にとはまし

藤原道信朝臣

女を恨みてよめる

嬉しきはいか計かは思ふ覽憂は身にしむ物にぞありける

心覺法師

ひえの山に歌合志侍りけるによめる

戀すれば憂身さへ社惜まるれ同じよにだに住まむと思へば

大中臣能宣朝臣

題志らず

御垣守衛士のたく火の夜はもえ晝は消えつゝ物を社思へ

讀人志らず

我戀は蓋身かはれる玉櫛笥いかにすれどもあふ方ぞなき

藤原範永朝臣

山寺にこもりて日頃侍りて女のもとへいひつかはしける

氷して音はせねども山川のしたに流るゝものとしらずや

藤原親隆朝臣

關白前太政大臣の家にてよめる

風ふけばもしほの烟かたよりに靡くをひとの心ともがな

新院御製

題志らず

瀬を早み岩にせかるゝ瀧川のわれても末に逢むとぞ思ふ

曾禰好忠

播磨なる飾磨にそむるあながちに人を戀しと思ふ頃かな

道命法師

冬の頃暮にあはむといひたる女にくらしかねていひ遣はしける

程もなくくるゝと思ひし冬の日の心もとなき折もあり鳬

中納言俊忠

家に歌合志侍りけるによめる

こひわびて獨ふせやによもすがらおつる泪や音なしの瀧