万葉集 (Manyoshu) | ||
秋相聞
1606
[題詞]額田王思近江天皇作歌一首
[原文]君待跡 吾戀居者 我屋戸乃 簾令動 秋之風吹
[訓読]君待つと我が恋ひをれば我が宿の簾動かし秋の風吹く
[仮名],きみまつと,あがこひをれば,わがやどの,すだれうごかし,あきのかぜふく
1607
[題詞]鏡王女作歌一首
[原文]風乎谷 戀者乏 風乎谷 将来常思待者 何如将嘆
[訓読]風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ
[仮名],かぜをだに,こふるはともし,かぜをだに,こむとしまたば,なにかなげかむ
1608
[題詞]弓削皇子御歌一首
[原文]秋芽子之 上尓置有 白露乃 消可毛思奈萬思 戀管不有者
[訓読]秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
[仮名],あきはぎの,うへにおきたる,しらつゆの,けかもしなまし,こひつつあらずは
1609
[題詞]丹比真人歌一首 [名闕]
[原文]宇陀乃野之 秋芽子師弩藝 鳴鹿毛 妻尓戀樂苦 我者不益
[訓読]宇陀の野の秋萩しのぎ鳴く鹿も妻に恋ふらく我れにはまさじ
[仮名],うだののの,あきはぎしのぎ,なくしかも,つまにこふらく,われにはまさじ
1610
[題詞]丹生女王贈大宰帥大伴卿歌一首
[原文]高圓之 秋野上乃 瞿麦之花 丁<壮>香見 人之挿頭師 瞿麦之花
[訓読]高円の秋野の上のなでしこの花うら若み人のかざししなでしこの花
[仮名],たかまとの,あきののうへの,なでしこのはな,うらわかみ,ひとのかざしし,なで
しこのはな
1611
[題詞]笠縫女王歌一首 [六人部王之女母曰田形皇女也]
[原文]足日木乃 山下響 鳴鹿之 事乏可母 吾情都末
[訓読]あしひきの山下響め鳴く鹿の言ともしかも我が心夫
[仮名],あしひきの,やましたとよめ,なくしかの,ことともしかも,わがこころつま
1612
[題詞]石川賀係女郎歌一首
[原文]神佐夫等 不許者不有 秋草乃 結之紐乎 解者悲哭
[訓読]神さぶといなにはあらず秋草の結びし紐を解くは悲しも
[仮名],かむさぶと,いなにはあらず,あきくさの,むすびしひもを,とくはかなしも
1613
[題詞]賀茂女王歌一首 [長屋王之女母曰阿倍朝臣也]
[原文]秋野乎 旦徃鹿乃 跡毛奈久 念之君尓 相有今夜香
[訓読]秋の野を朝行く鹿の跡もなく思ひし君に逢へる今夜か
[仮名],あきののを,あさゆくしかの,あともなく,おもひしきみに,あへるこよひか
1614
[題詞]遠江守櫻井王奉天皇歌一首
[原文]九月之 其始鴈乃 使尓毛 念心者 <所>聞来奴鴨
[訓読]九月のその初雁の使にも思ふ心は聞こえ来ぬかも
[仮名],ながつきの,そのはつかりの,つかひにも,おもふこころは,きこえこぬかも
1615
[題詞]天皇賜報和御歌一首
[原文]大乃浦之 其長濱尓 縁流浪 寛公乎 念<比>日 [大浦者遠江國之海濱名也]
[訓読]大の浦のその長浜に寄する波ゆたけく君を思ふこのころ [大浦者遠江國之海濱
名也]
[仮名],おほのうらの,そのながはまに,よするなみ,ゆたけくきみを,おもふこのころ
1616
[題詞]笠女郎<贈>大伴宿祢家持歌一首
[原文]毎朝 吾見屋戸乃 瞿麦之 花尓毛君波 有許世奴香裳
[訓読]朝ごとに我が見る宿のなでしこの花にも君はありこせぬかも
[仮名],あさごとに,わがみるやどの,なでしこの,はなにもきみは,ありこせぬかも
1617
[題詞]山口女王<贈>大伴宿祢家持歌一首
[原文]秋芽子尓 置有露乃 風吹而 落涙者 留不勝都毛
[訓読]秋萩に置きたる露の風吹きて落つる涙は留めかねつも
[仮名],あきはぎに,おきたるつゆの,かぜふきて,おつるなみたは,とどめかねつも
1618
[題詞]湯原王<贈>娘子歌一首
[原文]玉尓貫 不令消賜良牟 秋芽子乃 宇礼和々良葉尓 置有白露
[訓読]玉に貫き消たず賜らむ秋萩の末わくらばに置ける白露
[仮名],たまにぬき,けたずたばらむ,あきはぎの,うれわくらばに,おけるしらつゆ
1619
[題詞]大伴家持至姑坂上郎女竹田庄作歌一首
[原文]玉桙乃 道者雖遠 愛哉師 妹乎相見尓 出而曽吾来之
[訓読]玉桙の道は遠けどはしきやし妹を相見に出でてぞ我が来し
[仮名],たまほこの,みちはとほけど,はしきやし,いもをあひみに,いでてぞわがこし
1620
[題詞]大伴坂上郎女和歌一首
[原文]荒玉之 月立左右二 来不益者 夢西見乍 思曽吾勢思
[訓読]あらたまの月立つまでに来まさねば夢にし見つつ思ひぞ我がせし
[仮名],あらたまの,つきたつまでに,きまさねば,いめにしみつつ,おもひぞわがせし
1621
[題詞]巫部麻蘇娘子歌一首
[原文]吾屋前<之> 芽子花咲有 見来益 今二日許 有者将落
[訓読]我が宿の萩花咲けり見に来ませいま二日だみあらば散りなむ
[仮名],わがやどの,はぎはなさけり,みにきませ,いまふつかだみ,あらばちりなむ
1622
[題詞]大伴田村大嬢与<妹>坂上大嬢歌二首
[原文]吾屋戸乃 秋之芽子開 夕影尓 今毛見師香 妹之光儀乎
[訓読]我が宿の秋の萩咲く夕影に今も見てしか妹が姿を
[仮名],わがやどの,あきのはぎさく,ゆふかげに,いまもみてしか,いもがすがたを
1623
[題詞](大伴田村大嬢与<妹>坂上大嬢歌二首)
[原文]吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無
[訓読]我が宿にもみつ蝦手見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし
[仮名],わがやどに,もみつかへるて,みるごとに,いもをかけつつ,こひぬひはなし
1624
[題詞]坂上大娘秋稲蘰贈大伴宿祢家持歌一首
[原文]吾之蒔有 早田之穂立 造有 蘰曽見乍 師弩波世吾背
[訓読]我が蒔ける早稲田の穂立作りたるかづらぞ見つつ偲はせ我が背
[仮名],わがまける,わさだのほたち,つくりたる,かづらぞみつつ,しのはせわがせ
1625
[題詞]大伴宿祢家持報贈歌一首
[原文]吾妹兒之 業跡造有 秋田 早穂乃蘰 雖見不飽可聞
[訓読]我妹子が業と作れる秋の田の早稲穂のかづら見れど飽かぬかも
[仮名],わぎもこが,なりとつくれる,あきのたの,わさほのかづら,みれどあかぬかも
1626
[題詞]<又>報脱著身衣贈家持歌一首
[原文]秋風之 寒比日 下尓将服 妹之形見跡 可都毛思努播武
[訓読]秋風の寒きこのころ下に着む妹が形見とかつも偲はむ
[仮名],あきかぜの,さむきこのころ,したにきむ,いもがかたみと,かつもしのはむ
1627
[題詞]大伴宿祢家持<攀>非時藤花并芽子黄葉二物贈坂上大嬢歌二首
[原文]吾屋前之 非時藤之 目頬布 今毛見<壮>鹿 妹之咲容乎
[訓読]我が宿の時じき藤のめづらしく今も見てしか妹が笑まひを
[仮名],わがやどの,ときじきふぢの,めづらしく,いまもみてしか,いもがゑまひを
1628
[題詞](大伴宿祢家持<攀>非時藤花并芽子黄葉二物贈坂上大嬢歌二首)
[原文]吾屋前之 芽子乃下葉者 秋風毛 未吹者 如此曽毛美照
[訓読]我が宿の萩の下葉は秋風もいまだ吹かねばかくぞもみてる
[仮名],わがやどの,はぎのしたばは,あきかぜも,いまだふかねば,かくぞもみてる
1629
[題詞]大伴宿祢家持贈坂上大嬢歌一首[并短歌]
[原文]叩々 物乎念者 将言為便 将為々便毛奈之 妹与吾 手携而 旦者 庭尓出立 夕者
床打拂 白細乃 袖指代而 佐寐之夜也 常尓有家類 足日木能 山鳥許曽婆 峯向尓 嬬
問為云 打蝉乃 人有我哉 如何為跡可 一日一夜毛 離居而 嘆戀良武 許己念者 胸許曽
痛 其故尓 情奈具夜登 高圓乃 山尓毛野尓母 打行而 遊徃杼 花耳 丹穂日手有者 毎
見 益而所思 奈何為而 忘物曽 戀云物呼
[訓読]ねもころに 物を思へば 言はむすべ 為むすべもなし 妹と我れと 手携さはり
て 朝には 庭に出で立ち 夕には 床うち掃ひ 白栲の 袖さし交へて さ寝し夜や 常に
ありける あしひきの 山鳥こそば 峰向ひに 妻問ひすといへ うつせみの 人なる我れ
や 何すとか 一日一夜も 離り居て 嘆き恋ふらむ ここ思へば 胸こそ痛き そこ故に
心なぐやと 高円の 山にも野にも うち行きて 遊び歩けど 花のみ にほひてあれば
見るごとに まして偲はゆ いかにして 忘れむものぞ 恋といふものを
[仮名],ねもころに,ものをおもへば,いはむすべ,せむすべもなし,いもとあれと,てたづ
さはりて,あしたには,にはにいでたち,ゆふへには,とこうちはらひ,しろたへの,そでさ
しかへて,さねしよや,つねにありける,あしひきの,やまどりこそば,をむかひに,つまど
ひすといへ,うつせみの,ひとなるわれや,なにすとか,ひとひひとよも,さかりゐて,なげ
きこふらむ,ここおもへば,むねこそいたき,そこゆゑに,こころなぐやと,たかまとの,や
まにものにも,うちゆきて,あそびあるけど,はなのみ,にほひてあれば,みるごとに,まし
てしのはゆ,いかにして,わすれむものぞ,こひといふものを
1630
[題詞](大伴宿祢家持贈坂上大嬢歌一首[并短歌])反歌
[原文]高圓之 野邊乃容花 面影尓 所見乍妹者 忘不勝裳
[訓読]高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも
[仮名],たかまとの,のへのかほばな,おもかげに,みえつついもは,わすれかねつも
1631
[題詞]大伴宿祢家持贈安倍女郎歌一首
[原文]今造 久邇能京尓 秋夜乃 長尓獨 宿之苦左
[訓読]今造る久迩の都に秋の夜の長きにひとり寝るが苦しさ
[仮名],いまつくる,くにのみやこに,あきのよの,ながきにひとり,ぬるがくるしさ
1632
[題詞]大伴宿祢家持従久邇京贈留寧樂宅坂上大娘歌一首
[原文]足日木乃 山邊尓居而 秋風之 日異吹者 妹乎之曽念
[訓読]あしひきの山辺に居りて秋風の日に異に吹けば妹をしぞ思ふ
[仮名],あしひきの,やまへにをりて,あきかぜの,ひにけにふけば,いもをしぞおもふ
1633
[題詞]或者贈尼歌二首
[原文]手母須麻尓 殖之芽子尓也 還者 雖見不飽 情将盡
[訓読]手もすまに植ゑし萩にやかへりては見れども飽かず心尽さむ
[仮名],てもすまに,うゑしはぎにや,かへりては,みれどもあかず,こころつくさむ
1634
[題詞](或者贈尼歌二首)
[原文]衣手尓 水澁付左右 殖之田乎 引板吾波倍 真守有栗子
[訓読]衣手に水渋付くまで植ゑし田を引板我が延へまもれる苦し
[仮名],ころもでに,みしぶつくまで,うゑしたを,ひきたわがはへ,まもれるくるし
1635
[題詞]尼作頭句并大伴宿祢家持所誂尼續末句等和歌一首
[原文]佐保河之 水乎塞上而 殖之田乎 [尼作] 苅流早飯者 獨奈流倍思 [家持續]
[訓読]佐保川の水を堰き上げて植ゑし田を [尼作] 刈れる初飯はひとりなるべし [家
持續]
[仮名],さほがはの,みづをせきあげて,うゑしたを,かれるはついひは,ひとりなるべし
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