良寛歌集 (Kashu) | ||
與板といふところに行きて人のもとを訪ひまかりしか ば此の程はいづこにかおはすと云ひたりけるに(橘物語)
我が宿をいづくと問はば答ふべし天の川原のはしの東と
ねもごろに尋ねて見ませひさがたの天の川原はいづこなるかと
天の川川べのせきやきれぬらし今年の年は降りくらしつつ
をやみなく雨はふり來ぬひさがたの天の川原のせきやくゆらに
天の川やすのわたりは近けれど逢ふよしはなし秋にしあらねば
ひさがたのたなばたつめは今もかも天の川原に出でたたすらし
今もかもたなばたつめはひさがたの天の川原に出でて立つらし
戀ふる日はあまたありけり逢ふと言へばそこぞともなく明けにけ
る
かな
待つと言へばあやしきものぞ今日の日の千とせのごともおもほゆ
るかな
いましばし川のむかひのみな岸へ妹出て待たん早く漕ぎ出な
ひさがたの天の川原の渡しもりはや船出せよ夜の更くるかに
ひさがたの天の川原のわたしもり川波高し心せよかし
わたし守はや船でせよぬばだまの夜ぎりはたちぬ川の瀬ごとに
秋風に赤裳の裾をひるがへし妹が待つらんやすのわたりに
白たへの袖ふりはへてたなばたの天の川原に今ぞ立つらし
秋風を待てば苦しも川の瀬にうちはし渡せその川の瀬に
臥して思ひ起きてながむるたなばたの如何なる事の契をかする
ひさがたの天の川原のたなばたも年に一度は逢ふてふものを
いかならんえにしなればか棚機の一夜限りて契りそめけん
人の世はうしと思へどたなばたのためにはいかに契りおきけん
この夕べをちこち蟲の音すなり秋は近くもなりにけらしも
今よりは千草は植ゑじきり%\すなが鳴く聲のいと物うきに
思ひつつ來てぞ聞きつる今宵しも聲をつくして鳴けきり%\す
秋風の日に日に寒くなるなべにともしくなりぬきり%\すの聲
我が園の垣根の小萩散りはてていとあはれさを鳴くきり%\す
しきたへの枕去らずてきり%\す夜もすがら鳴く枕さらずて
いざさらば涙くらべんきり%\すかごとをねには立てて鳴かねど
いとどしく鳴くものにかもきり%\
すひとりねる夜のいねられなくに
音にのみ鳴かぬ夜はなし鈴蟲のありし昔の秋を思ひて
秋の野に誰れ聞けとてかよもすがら聲振り立てて鈴蟲の鳴く
秋風の夜毎に寒くなるなべに枯野に殘る鈴蟲のこゑ
我が待ちし秋は來ぬらし今宵しもいとひき蟲の鳴き初めにけり
我が待ちし秋は來にけり高砂の尾の上にひびく日ぐらしの聲
わが待ちし秋は來ぬらしこの夕べ草むら毎に蟲の聲する
ともしびのきえていづこへ行くやらん草むらごとに蟲のこゑする
我が庵は君が裏畑夕さればまがきにすだく蟲のこゑ%\
この夕べ秋は來ぬらし我が宿の草のまがきに蟲の鳴くなる
ぬばだまの夜は更けぬらし蟲の音も我が衣手もうたて露けき
あはれさは何時はあれども秋の夜の蟲の鳴く音に八千草の花
いつはとは時はあれども淋しさは蟲の鳴く音に野べの草花
あまつたふ日は夕べなり蟲は鳴くいざ宿からん君が庵に
夕されば蟲の音ききに來ませ君秋野の野らと名のる我が宿
心あらば蟲のね聞きに來ませ君秋野のかどを名のる我が宿
肌寒み秋もくれぬと思ふかなこの頃たえて蟲の音もなし
今よりはつぎて夜寒になりぬらしつづれさせてふ蟲の聲する
肌寒み秋も暮れぬと思ふかな蟲の音もかる時雨する夜は
水やくまん薪やこらん菜やつまん朝の時雨の降らぬその間に
柴やこらん清水や汲まん菜やつまん時雨の雨の降らぬまぎれに
月よみの光を待ちてかへりませ山路は栗のいがの多きに
月よみの光をまちてかへりませ君が家路は遠からなくに
秋萩の枝もたををにおく露を消たずにあれや見ん人のため
秋の野の萩の初花咲きにけり尾の上の鹿の聲まちがてに
夕風になびくや園の萩が花なほも今宵の月にかざさん
萩が花今盛なりひさがたの雨は降るとも散らまくはゆめ
散りぬらば惜しくもあるか萩の花今宵の月にかざして行かん
秋風に散りみだれたる萩の花はらはば惜しきものにぞありける
たまぼこの道まどふまで秋萩は散りにけるかも行く人なしに
いその上ふる川のべの萩の花今宵の雨にうつろひぬべし
秋萩の花咲く頃は來て見ませ命またくば共にかざさん
秋萩の花のさかりも過ぎにけり契りしこともまだとけなくに
白露に咲きみだれたる萩が花錦を織れる心地こそすれ
萩の花咲くらん秋を遠みとて來ませる君が心うれしき
はぎかしは咲けば遠みとふる里の草のいほりを出で來し君か
飯こふと我れこの宿に過ぎしかば萩の盛りに逢ひにけらしも
良寛歌集 (Kashu) | ||