University of Virginia Library

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[題詞]老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首]

[原文]霊剋 内限者 [謂瞻州人<壽>一百二十年也] 平氣久 安久母阿良牟遠 事母無 裳 無母阿良牟遠 世間能 宇計久都良計久 伊等能伎提 痛伎瘡尓波 <鹹>塩遠 潅知布何其 等久 益々母 重馬荷尓 表荷打等 伊布許等能其等 老尓弖阿留 我身上尓 病遠等 加弖 阿礼婆 晝波母 歎加比久良志 夜波母 息豆伎阿可志 年長久 夜美志渡礼婆 月累 憂吟 比 許等々々波 斯奈々等思騰 五月蝿奈周 佐和久兒等遠 宇都弖々波 死波不知 見乍 阿礼婆 心波母延農 可尓<可>久尓 思和豆良比 祢能尾志奈可由
[訓読]たまきはる うちの限りは [謂瞻州人<壽>一百二十年也] 平らけく 安くもあら むを 事もなく 喪なくもあらむを 世間の 憂けく辛けく いとのきて 痛き瘡には 辛 塩を 注くちふがごとく ますますも 重き馬荷に 表荷打つと いふことのごと 老いに てある 我が身の上に 病をと 加へてあれば 昼はも 嘆かひ暮らし 夜はも 息づき明 かし 年長く 病みしわたれば 月重ね 憂へさまよひ ことことは 死ななと思へど 五 月蝿なす 騒く子どもを 打棄てては 死には知らず 見つつあれば 心は燃えぬ かにか くに 思ひ煩ひ 音のみし泣かゆ
[仮名],たまきはる,うちのかぎりは,たひらけく,やすくもあらむを,こともなく,もなく もあらむを,よのなかの,うけくつらけく,いとのきて,いたききずには,からしほを,そそ くちふがごとく,ますますも,おもきうまにに,うはにうつと,いふことのごと,おいにて ある,あがみのうへに,やまひをと,くはへてあれば,ひるはも,なげかひくらし,よるはも ,いきづきあかし,としながく,やみしわたれば,つきかさね,うれへさまよひ,ことことは ,しななとおもへど,さばへなす,さわくこどもを,うつてては,しにはしらず,みつつあれ ば,こころはもえぬ,かにかくに,おもひわづらひ,ねのみしなかゆ
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[左注](天平五年六月丙申朔三日戊戌作)
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[校異]等 → 壽 [紀][細] / け → 鹹 [矢][京] / <> → 可 [西(右書)][紀][細][温]
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[KW],作者:山上憶良,仏教,儒教,老,嘆き,子供,天平5年6月3日,年紀