1. 第一巻
雜歌
1
[題詞]泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [<大>泊瀬稚武天皇] / 天皇御製歌
[原文]篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告<紗
>根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師<吉>名倍手 吾己曽座 我<許>背齒 告目 家呼毛名雄母
[訓読]篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告ら
さね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れ しきなべて 我れこそ座せ 我
れこそば 告らめ 家をも名をも
[仮名],こもよ,みこもち,ふくしもよ,みぶくしもち,このをかに,なつますこ,いへきかな
,のらさね,そらみつ,やまとのくには,おしなべて,われこそをれ,しきなべて,われこそま
せ,われこそば,のらめ,いへをもなをも
[_]
[校異]雑歌 [元][紀] <> / 太 → 大 [紀][冷][文] / 吉 [玉小琴](塙)(楓) 告 /沙 → 紗
[元][類
][冷] / 告 → 吉 [玉小琴] / 許者 → 許 [元][類][古]
[_]
[KW],雑歌,作者:雄略天皇,朝倉宮,野遊び,演劇,妻問い,予祝,枕詞,地名,奈良
2
[題詞]高市岡本宮御宇天皇代 [息長足日廣額天皇] / 天皇登香具山望國之時御製歌
[原文]山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原
波 加萬目立多都 怜A國曽 蜻嶋 八間跡能國者
[訓読]大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は
煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
[仮名],やまとには,むらやまあれど,とりよろふ,あめのかぐやま,のぼりたち,くにみを
すれば,くにはらは,けぶりたちたつ,うなはらは,かまめたちたつ,うましくにぞ,あきづ
しま,やまとのくには
[_]
[KW],雑歌,作者:舒明天皇,飛鳥,国見,予祝,枕詞,地名,動物,奈良,土地讃美,寿歌
3
[題詞]天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌
[原文]八隅知之 我大王乃 朝庭 取撫賜 夕庭 伊縁立之 御執乃 梓弓之 奈加弭乃 音
為奈利 朝猟尓 今立須良思 暮猟尓 今他田渚良之 御執<能> <梓>弓之 奈加弭乃 音為
奈里
[訓読]やすみしし 我が大君の 朝には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし み執
らしの 梓の弓の 中弭の 音すなり 朝猟に 今立たすらし 夕猟に 今立たすらし み執
らしの 梓の弓の 中弭の 音すなり
[仮名],やすみしし,わがおほきみの,あしたには,とりなでたまひ,ゆふへには,いよりた
たしし,みとらしの,あづさのゆみの,なかはずの,おとすなり,あさがりに,いまたたすら
し,ゆふがりに,いまたたすらし,みとらしの,あづさのゆみの,なかはずの,おとすなり
[_]
[KW],雑歌,作者:中皇命:間人老,五条市,代作,弓讃め,狩猟,宴席,地名,枕詞,寿歌
4
[題詞](天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌)反歌
[原文]玉尅春 内乃大野尓 馬數而 朝布麻須等六 其草深野
[訓読]たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野
[仮名],たまきはる,うちのおほのに,うまなめて,あさふますらむ,そのくさふかの
[_]
[KW],雑歌,作者:中皇命:間人老,五条市,代作,弓讃め,狩猟,宴席,地名
5
[題詞]幸讃岐國安益郡之時軍王見山作歌
[原文]霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 村肝乃 心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠
手次 懸乃宜久 遠神 吾大王乃 行幸能 山越風乃 獨<座> 吾衣手尓 朝夕尓 還比奴礼
婆 大夫登 念有我母 草枕 客尓之有者 思遣 鶴寸乎白土 網能浦之 海處女等之 焼塩
乃 念曽所焼 吾下情
[訓読]霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ
鳥 うら泣け居れば 玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神 我が大君の 行幸の 山越す風
の ひとり居る 我が衣手に 朝夕に 返らひぬれば 大夫と 思へる我れも 草枕 旅にし
あれば 思ひ遣る たづきを知らに 網の浦の 海人娘子らが 焼く塩の 思ひぞ焼くる
我が下心
[仮名],かすみたつ,ながきはるひの,くれにける,わづきもしらず,むらきもの,こころを
いたみ,ぬえこどり,うらなけをれば,たまたすき,かけのよろしく,とほつかみ,わがおほ
きみの,いでましの,やまこすかぜの,ひとりをる,わがころもでに,あさよひに,かへらひ
ぬれば,ますらをと,おもへるわれも,くさまくら,たびにしあれば,おもひやる,たづきを
しらに,あみのうらの,あまをとめらが,やくしほの,おもひぞやくる,わがしたごころ
[_]
[左注](右檢日本書紀 無幸於讃岐國 亦軍王未詳也 但山上憶良大夫類聚歌林曰 記曰
天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午幸于伊<与>温湯宮[云々] 一<書> 是時 宮前在二
樹木 此之二樹斑鳩比米二鳥大集 時勅多挂稲穂而養之 乃作歌[云々] 若疑従此便幸之
歟)
[_]
[校異]懸 [元][類][紀] 縣 / 居 → 座 [元][類][古]
[_]
[KW],雑歌,作者:軍王,望郷,香川,行幸,羈旅,大夫,枕詞,地名
6
[題詞](讃岐國安益郡之時軍王見山作歌)反歌
[原文]山越乃 風乎時自見 寐<夜>不落 家在妹乎 懸而小竹櫃
[訓読]山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ
[仮名],やまごしの,かぜをときじみ,ぬるよおちず,いへなるいもを,かけてしのひつ
[_]
[左注]右檢日本書紀 無幸於讃岐國 亦軍王未詳也 但山上憶良大夫類聚歌林曰 記曰
天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午幸于伊<与>温湯宮[云々] 一<書> 是時 宮前在二樹
木 此之二樹斑鳩比米二鳥大集 時勅多挂稲穂而養之 乃作歌[云々] 若疑従此便幸之歟
[_]
[校異]<> → 夜 [西(右書)][元][類][冷] / 豫 → 与 [元][類][古] / 書云 → 書
[元][類][紀] / 乃
[元][紀] 仍
[_]
[KW],雑歌,作者:軍王,望郷,香川,行幸,羈旅,大夫,地名
7
[題詞]明日香川原宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇] / 額田王歌 [未詳]
[原文]金野乃 美草苅葺 屋杼礼里之 兎道乃宮子能 借五百礒所念
[訓読]秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の宮処の仮廬し思ほゆ
[仮名],あきののの,みくさかりふき,やどれりし,うぢのみやこの,かりいほしおもほゆ
[_]
[左注]右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 一書戊申年幸比良宮大御歌 但紀曰 五年春正月
己卯朔辛巳天皇至自紀温湯 三月戊寅朔天皇幸吉野宮而肆宴焉 庚辰日天皇幸近江之平
浦
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,京都,回想,羈旅,地名
8
[題詞]後岡本宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇位後即位後岡本宮] / 額田王歌
[原文]熟田津尓 船乗世武登 月待者 潮毛可奈比沼 今者許藝乞菜
[訓読]熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
[仮名],にぎたつに,ふなのりせむと,つきまてば,しほもかなひぬ,いまはこぎいでな
[_]
[左注]右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 飛鳥岡本宮御宇天皇元年己丑九年丁<酉>十二月
己巳朔壬午天皇大后幸于伊豫湯宮 後岡本宮馭宇天皇七年辛酉春正月丁酉朔<壬>寅御
船西征 始就于海路 庚戌御船泊于伊豫熟田津石湯行宮 天皇御覧昔日猶存之物 當時忽
起感愛之情 所以因製歌詠為之哀傷也 即此歌者天皇御製焉 但額田王歌者別有四首
[_]
[校異]即位 [元][冷][紀](塙) 即 / 酋 → 酉 [元][冷][紀] / 丙 → 壬 [西(右書)][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,道後温泉,愛媛,舟遊び,熟田津,代作,地名
9
[題詞]幸于紀温泉之時額田王作歌
[原文]莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本
[訓読]莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子がい立たせりけむ厳橿が本
[仮名],*****,*******,わがせこが,いたたせりけむ,いつかしがもと
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,紀州,和歌山,難訓,厳橿,斎橿,植物
10
[題詞]中皇命徃于紀温泉之時御歌
[原文]君之齒母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名
[訓読]君が代も我が代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びてな
[仮名],きみがよも,わがよもしるや,いはしろの,をかのくさねを,いざむすびてな
[_]
[左注](右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々])
[_]
[KW],雑歌,作者:中皇命:間人皇女,紀州,和歌山,羈旅,異伝,手向け,植物
11
[題詞](中皇命徃于紀温泉之時御歌)
[原文]吾勢子波 借廬作良須 草無者 小松下乃 草乎苅核
[訓読]我が背子は仮廬作らす草なくは小松が下の草を刈らさね
[仮名],わがせこは,かりほつくらす,かやなくは,こまつがしたの,かやをからさね
[_]
[左注](右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々])
[_]
[KW],雑歌,作者:中皇命:間人皇女,紀州,和歌山,異伝,羈旅,植物
12
[題詞](中皇命徃于紀温泉之時御歌)
[原文]吾欲之 野嶋波見世追 底深伎 阿胡根能浦乃 珠曽不拾 [或頭云 吾欲 子嶋羽見
遠]
[訓読]我が欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ [或頭云 我が欲りし
子島は見しを]
[仮名],わがほりし,のしまはみせつ,そこふかき,あごねのうらの,たまぞひりはぬ,[わが
ほりし,こしまはみしを]
[_]
[左注]右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々]
[_]
[KW],雑歌,作者:中皇命:間人皇女,紀州,和歌山,羈旅,異伝,魂触り
13
[題詞]中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>
[原文]高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓
有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相<挌>良思吉
[訓読]香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も し
かにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき
[仮名],かぐやまは,うねびををしと,みみなしと,あひあらそひき,かむよより,かくにあ
るらし,いにしへも,しかにあれこそ,うつせみも,つまを,あらそふらしき
[_]
[校異]三山歌一首 → 三山歌 [元][紀][古] / 格 → 挌 [元][冷][文][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:中大兄:天智,三山歌,兵庫,妻争い,羈旅,地名,伝説
14
[題詞](中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>)反歌
[原文]高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良
[訓読]香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原
[仮名],かぐやまと,みみなしやまと,あひしとき,たちてみにこし,いなみくにはら
[_]
[KW],雑歌,作者:中大兄:天智,三山歌,兵庫,妻争い,羈旅,地名,伝説
15
[題詞]((中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>)反歌)
[原文]渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比<紗>之 今夜乃月夜 清明己曽
[訓読]海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ
[仮名],わたつみの,とよはたくもに,いりひさし,こよひのつくよ,さやけくありこそ
[_]
[左注]右一首歌今案不似反歌也 但舊本以此歌載於反歌 故今猶載此次 亦紀曰 天豊財
重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子
[_]
[校異]祢 → 紗 [澤潟注釈] [元][類][冷] 弥
[_]
[KW],雑歌,作者:中大兄:天智,三山歌,兵庫,妻争い,羈旅
16
[題詞]近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇謚曰天智天皇] / 天皇詔内大臣藤原朝臣競
憐春山萬花之艶秋山千葉之彩時額田王以歌判之歌
[原文]冬木成 春去来者 不喧有之 鳥毛来鳴奴 不開有之 花毛佐家礼抒 山乎茂 入而
毛不取 草深 執手母不見 秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曽思努布 青乎者 置而
曽歎久 曽許之恨之 秋山吾者
[訓読]冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲け
れど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉
をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は
[仮名],ふゆこもり,はるさりくれば,なかずありし,とりもきなきぬ,さかずありし,はな
もさけれど,やまをしみ,いりてもとらず,くさふかみ,とりてもみず,あきやまの,このは
をみては,もみちをば,とりてぞしのふ,あをきをば,おきてぞなげく,そこしうらめし,あ
きやまわれは
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,近江朝,大津,春秋優劣,植物,枕詞,宮廷
17
[題詞]額田王下近江國時<作>歌井戸王即和歌
[原文]味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代尓 委曲毛
見管行武雄 數々毛 見放武八萬雄 情無 雲乃 隠障倍之也
[訓読]味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積も
るまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さ
ふべしや
[仮名],うまさけ,みわのやま,あをによし,ならのやまの,やまのまに,いかくるまで,みち
のくま,いつもるまでに,つばらにも,みつつゆかむを,しばしばも,みさけむやまを,ここ
ろなく,くもの,かくさふべしや
[_]
[左注](右二首歌山上憶良大夫類聚歌林曰 遷都近江國時 御覧三輪山御歌焉 日本書
紀曰 六年丙寅春三月辛酉朔己卯遷都于近江)
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,天智,代作,三輪山,鎮魂,国魂,枕詞,地名
18
[題詞](額田王下近江國時<作>歌井戸王即和歌)反歌
[原文]三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝 可苦佐布倍思哉
[訓読]三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや
[仮名],みわやまを,しかもかくすか,くもだにも,こころあらなも,かくさふべしや
[_]
[左注]右二首歌山上憶良大夫類聚歌林曰 遷都近江國時 御覧三輪山御歌焉 日本書紀
曰 六年丙寅春三月辛酉朔己卯遷都于近江
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,天智,代作,三輪山,鎮魂,国魂,地名
19
[題詞]((額田王下近江國時<作>歌井戸王即和歌)反歌)
[原文]綜麻形乃 林始乃 狭野榛能 衣尓著成 目尓都久和我勢
[訓読]綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背
[仮名],へそかたの,はやしのさきの,さのはりの,きぬにつくなす,めにつくわがせ
[_]
[左注]右一首歌今案不似和歌 但舊本載于此次 故以猶載焉
[_]
[KW],雑歌,作者:井戸王,三輪山,和歌,古歌,植物,枕詞
20
[題詞]天皇遊猟蒲生野時額田王作歌
[原文]茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流
[訓読]あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
[仮名],あかねさす,むらさきのゆき,しめのゆき,のもりはみずや,きみがそでふる
[_]
[左注](紀曰 天皇七年丁卯夏五月五日縦猟於蒲生野 于時<大>皇弟諸王内臣及群臣
皆悉従焉)
[_]
[KW],雑歌,作者:額田王,滋賀,野遊び,求婚,宴席,枕詞,植物
21
[題詞](天皇遊猟蒲生野時額田王作歌)皇太子答御歌 [明日香宮御宇天皇謚曰天武天
皇]
[原文]紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方
[訓読]紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも
[仮名],むらさきの,にほへるいもを,にくくあらば,ひとづまゆゑに,われこひめやも
[_]
[左注]紀曰 天皇七年丁卯夏五月五日縦猟於蒲生野 于時<大>皇弟諸王内臣及群臣 皆
悉従焉
[_]
[校異]天 → 大 [元][冷][紀] / 皆悉 [元][冷] 悉皆
[_]
[KW],雑歌,作者:大海人,天武,滋賀,野遊び,求婚,宴席,枕詞
22
[題詞]明日香清御原宮天皇代 [天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇] / 十市皇女参赴於伊
勢神宮時見波多横山巌吹B刀自作歌
[原文]河上乃 湯津盤村二 草武左受 常丹毛冀名 常處女煮手
[訓読]川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて
[仮名],かはのへの,ゆついはむらに,くさむさず,つねにもがもな,とこをとめにて
[_]
[左注]吹B刀自未詳也 但紀曰 天皇四年乙亥春二月乙亥朔丁亥十市皇女阿閇皇女参赴
於伊勢神宮
[_]
[KW],雑歌,作者:吹B刀自,十市皇女,阿閇皇女,三重,予祝
23
[題詞]麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌
[原文]打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等篭荷四間乃 珠藻苅麻須
[訓読]打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります
[仮名],うちそを,をみのおほきみ,あまなれや,いらごのしまの,たまもかります
[_]
[左注](右案日本紀曰 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子
流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎)
[_]
[KW],雑歌,作者:時人,麻続王,愛知,伝承,枕詞,地名,植物
24
[題詞](麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌)麻續王聞之感傷和歌
[原文]空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食
[訓読]うつせみの命を惜しみ波に濡れ伊良虞の島の玉藻刈り食む
[仮名],うつせみの,いのちををしみ,なみにぬれ,いらごのしまの,たまもかりはむ
[_]
[左注]右案日本紀曰 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子流
伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎
[_]
[KW],雑歌,作者:麻続王,愛知,伝承,歌語り,枕詞,植物,地名
25
[題詞]天皇御製歌
[原文]三吉野之 耳我嶺尓 時無曽 雪者落家留 間無曽 雨者零計類 其雪乃 時無如 其
雨乃 間無如 隈毛不落 <念>乍叙来 其山道乎
[訓読]み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間無くぞ 雨は振りける その雪
の 時なきがごと その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を
[仮名],みよしのの,みみがのみねに,ときなくぞ,ゆきはふりける,まなくぞ,あめはふり
ける,そのゆきの,ときなきがごと,そのあめの,まなきがごと,くまもおちず,おもひつつ
ぞこし,そのやまみちを
[_]
[校異]思 → 念 [元][類][紀][古]
[_]
[KW],雑歌,作者:大海人:天武,異伝,吉野,民謡,地名
26
[題詞](天皇御製歌)或本歌
[原文]三芳野之 耳我山尓 時自久曽 雪者落等言 無間曽 雨者落等言 其雪 不時如 其
雨 無間如 隈毛不堕 思乍叙来 其山道乎
[訓読]み吉野の 耳我の山に 時じくぞ 雪は降るといふ 間なくぞ 雨は降るといふ そ
の雪の 時じきがごと その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来る その山道
を
[仮名],みよしのの,みみがのやまに,ときじくぞ,ゆきはふるといふ,まなくぞ,あめはふ
るといふ,そのゆきの,ときじきがごと,そのあめの,まなきがごと,くまもおちず,おもひ
つつぞくる,そのやまみちを
[_]
[KW],雑歌,作者:大海人:天武,異伝,吉野,民謡,13/3260,13/3293,地名
27
[題詞]天皇幸于吉野宮時御製歌
[原文]淑人乃 良跡吉見而 好常言師 芳野吉見<与> 良人四来三
[訓読]淑き人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よ良き人よく見
[仮名],よきひとの,よしとよくみて,よしといひし,よしのよくみよ,よきひとよくみ
[_]
[左注]紀曰 八年己卯五月庚辰朔甲申幸于吉野宮
[_]
[校異]多 → 与 [元(朱)] [寛] 與 [西(右書)] 欲
[_]
[KW],雑歌,作者:大海人:天武,吉野,行幸,地名,土地讃美
28
[題詞]藤原宮御宇天皇代[高天原廣野姫天皇 元年丁亥十一年譲位軽太子 <尊>号曰太
上天皇] / 天皇御製歌
[原文]春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山
[訓読]春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
[仮名],はるすぎて,なつきたるらし,しろたへの,ころもほしたり,あめのかぐやま
[_]
[KW],雑歌,作者:持統天皇,飛鳥,季節,地名,枕詞
29
[題詞]過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌
[原文]玉手次 畝火之山乃 橿原乃 日知之御世従 [或云 自宮] 阿礼座師 神之<盡> 樛
木乃 弥継嗣尓 天下 所知食之乎 [或云 食来] 天尓満 倭乎置而 青丹吉 平山乎超 [或
云 虚見 倭乎置 青丹吉 平山越而] 何方 御念食可 [或云 所念計米可] 天離 夷者雖有
石走 淡海國乃 樂浪乃 大津宮尓 天下 所知食兼 天皇之 神之御言能 大宮者 此間等
雖聞 大殿者 此間等雖云 春草之 茂生有 霞立 春日之霧流 [或云 霞立 春日香霧流
夏草香 繁成奴留] 百礒城之 大宮處 見者悲<毛> [或云 見者左夫思毛]
[訓読]玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ [或云 宮ゆ] 生れましし 神のこ
とごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを [或云 めしける] そらにみ
つ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え [或云 そらみつ 大和を置き あをによし
奈良山越えて] いかさまに 思ほしめせか [或云 思ほしけめか] 天離る 鄙にはあれど
石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の
大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日
の霧れる [或云 霞立つ 春日か霧れる 夏草か 茂くなりぬる] ももしきの 大宮ところ
見れば悲しも [或云 見れば寂しも]
[仮名],たまたすき,うねびのやまの,かしはらの,ひじりのみよゆ,[みやゆ],あれましし
,かみのことごと,つがのきの,いやつぎつぎに,あめのした,しらしめししを,[めしける
],そらにみつ,やまとをおきて,あをによし,ならやまをこえ,[そらみつ,やまとをおき,あ
をによし,ならやまこえて],いかさまに,おもほしめせか,[おもほしけめか],あまざかる
,ひなにはあれど,いはばしる,あふみのくにの,ささなみの,おほつのみやに,あめのした
,しらしめしけむ,すめろきの,かみのみことの,おほみやは,ここときけども,おほとのは
,ここといへども,はるくさの,しげくおひたる,かすみたつ,はるひのきれる,[かすみたつ
,はるひかきれる,なつくさか,しげくなりぬる],ももしきの,おほみやところ,みればかな
しも,[みればさぶしも]
[_]
[校異]書 → 盡 [元][類][冷] / 母 → 毛 [元][類][冷]
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,荒都歌,大津,鎮魂,地名,枕詞,地名,滋賀
30
[題詞](過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌
[原文]樂浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津
[訓読]楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ
[仮名],ささなみの,しがのからさき,さきくあれど,おほみやひとの,ふねまちかねつ
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,荒都歌,大津,鎮魂,地名,滋賀
31
[題詞]((過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌)
[原文]左散難弥乃 志我能 [一云 比良乃] 大和太 與杼六友 昔人二 亦母相目八毛 [一
云 将會跡母戸八]
[訓読]楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも [一云
逢はむと思へや]
[仮名],ささなみの,しがの,[ひらの],おほわだ,よどむとも,むかしのひとに,またもあは
めやも,[あはむとおもへや]
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,荒都歌,大津,鎮魂,地名,滋賀
32
[題詞]高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人]
[原文]古 人尓和礼有哉 樂浪乃 故京乎 見者悲寸
[訓読]古の人に我れあれや楽浪の古き都を見れば悲しき
[仮名],いにしへの,ひとにわれあれや,ささなみの,ふるきみやこを,みればかなしき
[_]
[KW],雑歌,作者:高市黒人,荒都歌,大津,地名,滋賀
33
[題詞](高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人])
[原文]樂浪乃 國都美神乃 浦佐備而 荒有京 見者悲毛
[訓読]楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも
[仮名],ささなみの,くにつみかみの,うらさびて,あれたるみやこ,みればかなしも
[_]
[KW],雑歌,作者:高市黒人,荒都歌,大津,国魂,地名,滋賀
34
[題詞]幸于紀伊國時川嶋皇子御作歌 [或云山上臣憶良作]
[原文]白浪乃 濱松之枝乃 手向草 幾代左右二賀 年乃經去良武 [一云 年者經尓計武]
[訓読]白波の浜松が枝の手向けぐさ幾代までにか年の経ぬらむ [一云 年は経にけむ]
[仮名],しらなみの,はままつがえの,たむけくさ,いくよまでにか,としのへぬらむ,[とし
はへにけむ]
[_]
[左注]日本紀曰朱鳥四年庚寅秋九月天皇幸紀伊國也
[_]
[KW],雑歌,作者:川島皇子,山上憶良,代作,紀州,和歌山,行幸,植物,地名
35
[題詞]越勢能山時阿閇皇女御作歌
[原文]此也是能 倭尓四手者 我戀流 木路尓有云 名二負勢能山
[訓読]これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山
[仮名],これやこの,やまとにしては,あがこふる,きぢにありといふ,なにおふせのやま
[_]
[KW],雑歌,作者:阿閇皇女,羈旅,妹背,行幸,和歌山,紀州,地名,土地讃美
36
[題詞]幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌
[原文]八隅知之 吾大王之 所聞食 天下尓 國者思毛 澤二雖有 山川之 清河内跡 御心
乎 吉野乃國之 花散相 秋津乃野邊尓 宮柱 太敷座波 百礒城乃 大宮人者 船並弖 旦
川渡 舟<競> 夕河渡 此川乃 絶事奈久 此山乃 弥高<思良>珠 水激 瀧之宮子波 見礼
跡不飽可<問>
[訓読]やすみしし 我が大君の きこしめす 天の下に 国はしも さはにあれども 山川
の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば もも
しきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡る 舟競ひ 夕川渡る この川の 絶ゆることなく こ
の山の いや高知らす 水激る 瀧の宮処は 見れど飽かぬかも
[仮名],やすみしし,わがおほきみの,きこしめす,あめのしたに,くにはしも,さはにあれ
ども,やまかはの,きよきかふちと,みこころを,よしののくにの,はなぢらふ,あきづのの
へに,みやばしら,ふとしきませば,ももしきの,おほみやひとは,ふねなめて,あさかはわ
たる,ふなぎほひ,ゆふかはわたる,このかはの,たゆることなく,このやまの,いやたかし
らす,みづはしる,たきのみやこは,みれどあかぬかも
[_]
[左注](右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野
宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌)
[_]
[校異]並 [古][紀] 并 / 竟 → 競 [元][類][紀] / 良思 → 思良 [元][類][紀] / 聞 → 問
[元][類
][冷]
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,吉野,離宮,行幸,従駕,宮廷讃美,国見,地名,枕詞
37
[題詞](幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌
[原文]雖見飽奴 吉野乃河之 常滑乃 絶事無久 復還見牟
[訓読]見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む
[仮名],みれどあかぬ,よしののかはの,とこなめの,たゆることなく,またかへりみむ
[_]
[左注](右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野
宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌)
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,吉野,離宮,行幸,従駕,宮廷讃美,国見,地名
38
[題詞](幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌)
[原文]安見知之 吾大王 神長柄 神佐備世須登 <芳>野川 多藝津河内尓 高殿乎 高知
座而 上立 國見乎為<勢><婆> 疊有 青垣山 々神乃 奉御調等 春部者 花挿頭持 秋立
者 黄葉頭<刺>理 [一云 黄葉加射之] <逝>副 川之神母 大御食尓 仕奉等 上瀬尓 鵜川
乎立 下瀬尓 小網刺渡 山川母 依弖奉流 神乃御代鴨
[訓読]やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を
高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へ
は 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり [一云 黄葉かざし] 行き沿ふ 川の神も 大
御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕
ふる 神の御代かも
[仮名],やすみしし,わがおほきみ,かむながら,かむさびせすと,よしのかは,たぎつかふ
ちに,たかとのを,たかしりまして,のぼりたち,くにみをせせば,たたなはる,あをかきや
ま,やまつみの,まつるみつきと,はるへは,はなかざしもち,あきたてば,もみちかざせり
,[もみちばかざし],ゆきそふ,かはのかみも,おほみけに,つかへまつると,かみつせに,う
かはをたち,しもつせに,さでさしわたす,やまかはも,よりてつかふる,かみのみよかも
[_]
[左注](右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野
宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌)
[_]
[校異]吉 → 芳 [元][類][紀] / <> → 勢 [冷] / 波 → 婆 [元] / 判 → 刺
[元][類][紀] / 遊 → 逝
[_]
[元]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,吉野,離宮,行幸,従駕,宮廷讃美,国見,地名
39
[題詞](幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌
[原文]山川毛 因而奉流 神長柄 多藝津河内尓 船出為加母
[訓読]山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも
[仮名],やまかはも,よりてつかふる,かむながら,たぎつかふちに,ふなでせすかも
[_]
[左注]右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野宮
五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,吉野,離宮,行幸,従駕,宮廷讃美,国見,地名
40
[題詞]幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌
[原文]鳴呼見乃浦尓 船乗為良武 D嬬等之 珠裳乃須十二 四寳三都良武香
[訓読]嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが玉裳の裾に潮満つらむか
[仮名],あみのうらに,ふなのりすらむ,をとめらが,たまものすそに,しほみつらむか
[_]
[左注](右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是
中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位E上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不
従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,留京,留守,伊勢行幸,地名
41
[題詞](幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌)
[原文]釼著 手節乃埼二 今<日>毛可母 大宮人之 玉藻苅良<武>
[訓読]釧着く答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ
[仮名],くしろつく,たふしのさきに,けふもかも,おほみやひとの,たまもかるらむ
[_]
[左注](右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是
中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位E上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不
従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
[_]
[校異]<> → 日 [類][冷][紀] / 哉 → 武 [類][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,留京,留守,伊勢行幸,地名,枕詞
42
[題詞](幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌)
[原文]潮左為二 五十等兒乃嶋邊 榜船荷 妹乗良六鹿 荒嶋廻乎
[訓読]潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を
[仮名],しほさゐに,いらごのしまへ,こぐふねに,いものるらむか,あらきしまみを
[_]
[左注](右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是
中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位E上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不
従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,留京,留守,伊勢行幸,地名
43
[題詞](幸于伊勢國時)當麻真人麻呂妻作歌
[原文]吾勢枯波 何所行良武 己津物 隠乃山乎 今日香越等六
[訓読]我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ
[仮名],わがせこは,いづくゆくらむ,おきつもの,なばりのやまを,けふかこゆらむ
[_]
[左注](右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是
中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位E上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不
従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
[_]
[KW],雑歌,作者:當麻真人麻呂妻,留京,留守,伊勢行幸,妻歌,枕詞,地名
44
[題詞](幸于伊勢國時)石上大臣従駕作歌
[原文]吾妹子乎 去来見乃山乎 高三香裳 日本能不所見 國遠見可聞
[訓読]我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも
[仮名],わぎもこを,いざみのやまを,たかみかも,やまとのみえぬ,くにとほみかも
[_]
[左注]右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是中
納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位E上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不従
諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮
[_]
[校異]<> → 廣 [西(右書)][元][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:石上麻呂,伊勢,行幸,三重,羈旅,望郷,枕詞,地名
45
[題詞]軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌
[原文]八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須<等> 太敷為 京乎置而 隠
口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三
雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而
[訓読]やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 神ながら 神さびせすと 太敷かす
都を置きて 隠口の 初瀬の山は 真木立つ 荒き山道を 岩が根 禁樹押しなべ 坂鳥の
朝越えまして 玉限る 夕去り来れば み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しな
べ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ひて
[仮名],やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,ひのみこ,かむながら,かむさびせすと,ふ
としかす,みやこをおきて,こもりくの,はつせのやまは,まきたつ,あらきやまぢを,いは
がね,さへきおしなべ,さかとりの,あさこえまして,たまかぎる,ゆふさりくれば,みゆき
ふる,あきのおほのに,はたすすき,しのをおしなべ,くさまくら,たびやどりせす,いにし
へおもひて
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,軽皇子,阿騎野,遊猟,狩猟,皇子讃歌,草壁皇子,追悼,大嘗
祭,祭式,宇陀,地名,枕詞,植物
46
[題詞](軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌
[原文]阿騎乃<野>尓 宿旅人 打靡 寐毛宿良<目>八方 古部念尓
[訓読]安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやもいにしへ思ふに
[仮名],あきののに,やどるたびひと,うちなびき,いもぬらめやも,いにしへおもふに
[_]
[校異]<> → 野 [紀] / 自 → 目 [類][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,軽皇子,阿騎野,遊猟,狩猟,皇子讃歌,草壁皇子,追悼,大嘗
祭,祭式,宇陀,地名
47
[題詞]((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
[原文]真草苅 荒野者雖有 葉 過去君之 形見跡曽来師
[訓読]ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し
[仮名],まくさかる,あらのにはあれど,もみちばの,すぎにしきみが,かたみとぞこし
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,軽皇子,阿騎野,遊猟,狩猟,皇子讃歌,草壁皇子,追悼,大嘗
祭,祭式,宇陀,地名,枕詞
48
[題詞]((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
[原文]東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
[訓読]東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ
[仮名],ひむがしの,のにかぎろひの,たつみえて,かへりみすれば,つきかたぶきぬ
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,軽皇子,阿騎野,遊猟,狩猟,皇子讃歌,草壁皇子,追悼,大嘗
祭,祭式,宇陀,地名
49
[題詞]((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
[原文]日雙斯 皇子命乃 馬副而 御猟立師斯 時者来向
[訓読]日並の皇子の命の馬並めてみ狩り立たしし時は来向ふ
[仮名],ひなみしの,みこのみことの,うまなめて,みかりたたしし,ときはきむかふ
[_]
[KW],雑歌,作者:柿本人麻呂,軽皇子,阿騎野,遊猟,狩猟,皇子讃歌,草壁皇子,追悼,大嘗
祭,祭式,宇陀,地名
50
[題詞]藤原宮之役民作歌
[原文]八隅知之 吾大王 高照 日<乃>皇子 荒妙乃 藤原我宇倍尓 食國乎 賣之賜牟登
都宮者 高所知武等 神長柄 所念奈戸二 天地毛 縁而有許曽 磐走 淡海乃國之 衣手能
田上山之 真木佐苦 桧乃嬬手乎 物乃布能 八十氏河尓 玉藻成 浮倍流礼 其乎取登
散和久御民毛 家忘 身毛多奈不知 鴨自物 水尓浮居而 吾作 日之御門尓 不知國 依巨
勢道従 我國者 常世尓成牟 圖負留 神龜毛 新代登 泉乃河尓 持越流 真木乃都麻手乎
百不足 五十日太尓作 泝須<良>牟 伊蘇波久見者 神随尓有之
[訓読]やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が上に 食す国を 見し
たまはむと みあらかは 高知らさむと 神ながら 思ほすなへに 天地も 寄りてあれこ
そ 石走る 近江の国の 衣手の 田上山の 真木さく 桧のつまでを もののふの 八十宇
治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると 騒く御民も 家忘れ 身もたな知らず 鴨
じもの 水に浮き居て 我が作る 日の御門に 知らぬ国 寄し巨勢道より 我が国は 常
世にならむ 図負へる くすしき亀も 新代と 泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを
百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば 神ながらにあらし
[仮名],やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,ひのみこ,あらたへの,ふぢはらがうへに
,をすくにを,めしたまはむと,みあらかは,たかしらさむと,かむながら,おもほすなへに
,あめつちも,よりてあれこそ,いはばしる,あふみのくにの,ころもでの,たなかみやまの
,まきさく,ひのつまでを,もののふの,やそうぢがはに,たまもなす,うかべながせれ,そを
とると,さわくみたみも,いへわすれ,みもたなしらず,かもじもの,みづにうきゐて,わが
つくる,ひのみかどに,しらぬくに,よしこせぢより,わがくには,とこよにならむ,あやお
へる,くすしきかめも,あらたよと,いづみのかはに,もちこせる,まきのつまでを,ももた
らず,いかだにつくり,のぼすらむ,いそはくみれば,かむながらにあらし
[_]
[左注]右日本紀曰 朱鳥七年癸巳秋八月幸藤原宮地 八年甲午春正月幸藤原宮 冬十二
月庚戌朔乙卯遷居藤原宮
[_]
[校異]之 → 乃 [元][類][冷][紀] / 郎 → 良 [元][類][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:役民,藤原,枕詞,地名
51
[題詞]従明日香宮遷居藤原宮之後志貴皇子御作歌
[原文]F女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久
[訓読]采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く
[仮名],うねめの,そでふきかへす,あすかかぜ,みやこをとほみ,いたづらにふく
[_]
[KW],雑歌,作者:志貴皇子,荒都歌,飛鳥,地名
52
[題詞]藤原宮御井歌
[原文]八隅知之 和期大王 高照 日之皇子 麁妙乃 藤井我原尓 大御門 始賜而 埴安乃
堤上尓 在立之 見之賜者 日本乃 青香具山者 日經乃 大御門尓 春山<跡> 之美佐備
立有 畝火乃 此美豆山者 日緯能 大御門尓 弥豆山跡 山佐備伊座 耳<為>之 青菅山者
背友乃 大御門尓 宣名倍 神佐備立有 名細 吉野乃山者 影友乃 大御門<従> 雲居尓
曽 遠久有家留 高知也 天之御蔭 天知也 日<之>御影乃 水許曽婆 常尓有米 御井之清
水
[訓読]やすみしし 我ご大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤井が原に 大御門 始めた
まひて 埴安の 堤の上に あり立たし 見したまへば 大和の 青香具山は 日の経の 大
御門に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さ
びいます 耳成の 青菅山は 背面の 大御門に よろしなへ 神さび立てり 名ぐはし 吉
野の山は かげともの 大御門ゆ 雲居にぞ 遠くありける 高知るや 天の御蔭 天知る
や 日の御蔭の 水こそば とこしへにあらめ 御井のま清水
[仮名],やすみしし,わごおほきみ,たかてらす,ひのみこ,あらたへの,ふぢゐがはらに,お
ほみかど,はじめたまひて,はにやすの,つつみのうへに,ありたたし,めしたまへば,やま
との,あをかぐやまは,ひのたての,おほみかどに,はるやまと,しみさびたてり,うねびの
,このみづやまは,ひのよこの,おほみかどに,みづやまと,やまさびいます,みみなしの,あ
をすがやまは,そともの,おほみかどに,よろしなへ,かむさびたてり,なぐはし,よしのの
やまは,かげともの,おほみかどゆ,くもゐにぞ,とほくありける,たかしるや,あめのみか
げ,あめしるや,ひのみかげの,みづこそば,とこしへにあらめ,みゐのましみづ
[_]
[校異]路 → 跡 [古] / 高 → 為 [万葉考] / 徒 → 従 [元][類][紀] / <> → 之
[元][類][古][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,藤原,宮廷讃美,御井,枕詞,地名,奈良
53
[題詞](藤原宮御井歌)短歌
[原文]藤原之 大宮都加倍 安礼衝哉 處女之友者 <乏>吉<呂>賀聞
[訓読]藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも
[仮名],ふぢはらの,おほみやつかへ,あれつくや,をとめがともは,ともしきろかも
[_]
[校異]之 → 乏 [玉の小琴] / 召 → 呂 [元][類][紀]
[_]
[KW],雑歌,藤原,宮廷讃美,御井,地名,奈良
54
[題詞]大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀<伊>國時歌
[原文]巨勢山乃 列々椿 都良々々尓 見乍思奈 許湍乃春野乎
[訓読]巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を
[仮名],こせやまの,つらつらつばき,つらつらに,みつつしのはな,こせのはるのを
[_]
[校異]紀国 → 紀伊国 [元][類][紀]
[_]
[KW],雑歌,大宝1年9月,年紀,作者:坂門人足,紀伊行幸,和歌山,巨勢,従駕,羈旅,土地
讃美,地名
55
[題詞](大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀<伊>國時歌)
[原文]朝毛吉 木人乏母 亦打山 行来跡見良武 樹人友師母
[訓読]あさもよし紀人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも
[仮名],あさもよし,きひとともしも,まつちやま,ゆきくとみらむ,きひとともしも
[_]
[KW],雑歌,大宝1年9月,年紀,作者:調首淡海,紀伊行幸,和歌山,亦打山,従駕,羈旅,土
地讃美,地名,枕詞
56
[題詞](大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀<伊>國時歌)或本歌
[原文]河上乃 列々椿 都良々々尓 雖見安可受 巨勢能春野者
[訓読]川上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は
[仮名],かはかみの,つらつらつばき,つらつらに,みれどもあかず,こせのはるのは
[_]
[KW],雑歌,大宝1年9月,年紀,作者:春日蔵首老,或本歌,巨勢,羈旅,土地讃美,地名,植
物
57
[題詞]二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌
[原文]引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓
[訓読]引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
[仮名],,ひくまのに,にほふはりはら,いりみだれ,ころもにほはせ,たびのしるしに
[_]
[KW],雑歌,大宝2年,年紀,作者:長忌寸意吉麻呂,三河行幸,愛知,従駕,持統,羈旅,土地
讃美,地名,植物
58
[題詞](二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌)
[原文]何所尓可 船泊為良武 安礼乃埼 榜多味行之 棚無小舟
[訓読]いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟
[仮名],いづくにか,ふなはてすらむ,あれのさき,こぎたみゆきし,たななしをぶね
[_]
[KW],雑歌,大宝2年,年紀,作者:高市黒人,三河行幸,愛知,従駕,持統,羈旅,地名
59
[題詞]譽謝女王作歌
[原文]流經 妻吹風之 寒夜尓 吾勢能君者 獨香宿良<武>
[訓読]流らふる妻吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ
[仮名],ながらふる,つまふくかぜの,さむきよに,わがせのきみは,ひとりかぬらむ
[_]
[校異]哉 → 武 [西(訂正左書)][元][類][紀]
60
[題詞]長皇子御歌
[原文]暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武
[訓読]宵に逢ひて朝面無み名張にか日長く妹が廬りせりけむ
[仮名],よひにあひて,あしたおもなみ,なばりにか,けながくいもが,いほりせりけむ
61
[題詞]舎人娘子従駕作歌
[原文]<大>夫之 得物矢手挿 立向 射流圓方波 見尓清潔之
[訓読]大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし
[仮名],ますらをの,さつやたばさみ,たちむかひ,いるまとかたは,みるにさやけし
[_]
[KW],雑歌,作者:舎人娘子,伊勢行幸,三重,従駕,国見,羈旅,土地讃美,地名
62
[題詞]三野連[名闕]入唐時春日蔵首老作歌
[原文]在根良 對馬乃渡 々中尓 <幣>取向而 早還許年
[訓読]在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね
[仮名],ありねよし,つしまのわたり,わたなかに,ぬさとりむけて,はやかへりこね
[_]
[KW],雑歌,作者:春日老,三野連,入唐,餞別,地名,対馬
63
[題詞]山上臣憶良在大唐時憶本郷作歌
[原文]去来子等 早日本邊 大伴乃 御津乃濱松 待戀奴良武
[訓読]いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ
[仮名],いざこども,はやくやまとへ,おほともの,みつのはままつ,まちこひぬらむ
[_]
[KW],雑歌,作者:山上憶良,唐,望郷,地名
64
[題詞]慶雲三年丙午幸于難波宮時 / 志貴皇子御作歌
[原文]葦邊行 鴨之羽我比尓 霜零而 寒暮夕 <倭>之所念
[訓読]葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ
[仮名],あしへゆく,かものはがひに,しもふりて,さむきゆふへは,やまとしおもほゆ
[_]
[KW],雑歌,慶雲3年,年紀,作者:志貴皇子,難波,行幸,従駕,大阪,望郷,文武,羈旅,動物
,植物,地名
65
[題詞](慶雲三年丙午幸于難波宮時)長皇子御歌
[原文]霰打 安良礼松原 住吉<乃> 弟日娘与 見礼常不飽香聞
[訓読]霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも
[仮名],あられうつ,あられまつばら,すみのえの,おとひをとめと,みれどあかぬかも
[_]
[校異]之 → 乃 [元][類][古][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,慶雲3年,年紀,作者:長皇子,難波,行幸,従駕,大阪,地名讃美,文武,枕詞,地名
66
[題詞]太上天皇幸于難波宮時歌
[原文]大伴乃 高師能濱乃 松之根乎 枕宿杼 家之所偲由
[訓読]大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ
[仮名],おほともの,たかしのはまの,まつがねを,まくらきぬれど,いへししのはゆ
[_]
[KW],雑歌,作者:置始東人,難波,行幸,従駕,大阪,持統,望郷,羈旅,地名,植物
67
[題詞](太上天皇幸于難波宮時歌)
[原文]旅尓之而 物戀<之伎><尓 鶴之>鳴毛 不所聞有世者 孤悲而死萬思
[訓読]旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえずありせば恋ひて死なまし
[仮名],たびにして,ものこほしきに,たづがねも,きこえずありせば,こひてしなまし
[_]
[校異]<> → 之伎<乃> [西(左右書)] / 乃 → 尓鶴之 [全註釈][注釈] /
鳴(事)[西(左書)
] → 鳴 [元][類][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:高安大嶋,難波,行幸,従駕,大阪,持統,望郷,羈旅,地名,動物
68
[題詞](太上天皇幸于難波宮時歌)
[原文]大伴乃 美津能濱尓有 忘貝 家尓有妹乎 忘而念哉
[訓読]大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや
[仮名],おほともの,みつのはまなる,わすれがひ,いへなるいもを,わすれておもへや
[_]
[KW],雑歌,作者:身人部王,難波,行幸,従駕,大阪,持統,望郷,地名,序詞
69
[題詞](太上天皇幸于難波宮時歌)
[原文]草枕 客去君跡 知麻世婆 <崖>之<埴>布尓 仁寶播散麻思<呼>
[訓読]草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを
[仮名],くさまくら,たびゆくきみと,しらませば,きしのはにふに,にほはさましを
[_]
[左注]右一首清江娘子進長皇子[姓氏未詳]
[_]
[校異]婆 [元][類][紀] 波 / 岸 → 崖 [元][類] / 垣 → 埴 [元][類] / 乎 → 呼 [元][類]
[_]
[KW],雑歌,作者:清江娘子,長皇子,遊行女婦,難波,大阪,持統,恋歌,旅,地名
70
[題詞]太上天皇幸于吉野宮時高市連黒人作歌
[原文]倭尓者 鳴而歟来良武 呼兒鳥 象乃中山 呼曽越奈流
[訓読]大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる
[仮名],やまとには,なきてかくらむ,よぶこどり,きさのなかやま,よびぞこゆなる
[_]
[KW],雑歌,作者:高市黒人,吉野,持統,行幸,大阪,従駕,望郷,地名,動物
71
[題詞]大行天皇幸于難波宮時歌
[原文]倭戀 寐之不所宿尓 情無 此渚崎<未>尓 多津鳴倍思哉
[訓読]大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや
[仮名],やまとこひ,いのねらえぬに,こころなく,このすさきみに,たづなくべしや
[_]
[校異]<> → 未 [元][類][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:忍坂部乙麻呂,文武,難波,行幸,大阪,従駕,望郷,動物,地名
72
[題詞](大行天皇幸于難波宮時歌)
[原文]玉藻苅 奥敝波不<榜> 敷妙<乃> 枕之邊人 忘可祢津藻
[訓読]玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも
[仮名],たまもかる,おきへはこがじ,しきたへの,まくらのあたり,わすれかねつも
[_]
[校異]G → 榜 [元] / 之 → 乃 [元][類][紀]
[_]
[KW],雑歌,作者:藤原宇合,難波,文武,行幸,大阪,従駕,植物,枕詞
73
[題詞](大行天皇幸于難波宮時歌)長皇子御歌
[原文]吾妹子乎 早見濱風 倭有 吾松椿 不吹有勿勤
[訓読]我妹子を早見浜風大和なる我を松椿吹かざるなゆめ
[仮名],わぎもこを,はやみはまかぜ,やまとなる,あをまつつばき,ふかざるなゆめ
[_]
[KW],雑歌,作者:長皇子,望郷,難波,大阪,文武,従駕,行幸,地名,植物
74
[題詞]大行天皇幸于吉野宮時歌
[原文]見吉野乃 山下風之 寒久尓 為當也今夜毛 我獨宿牟
[訓読]み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝む
[仮名],みよしのの,やまのあらしの,さむけくに,はたやこよひも,わがひとりねむ
[_]
[KW],雑歌,作者:文武,吉野,行幸,望郷,妹,異伝,地名
75
[題詞](大行天皇幸于吉野宮時歌)
[原文]宇治間山 朝風寒之 旅尓師手 衣應借 妹毛有勿久尓
[訓読]宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに
[仮名],うぢまやま,あさかぜさむし,たびにして,ころもかすべき,いももあらなくに
[_]
[KW],雑歌,作者:長屋王,吉野,行幸,妹,地名
76
[題詞]和銅元年戊申 / 天皇<御製>
[原文]大夫之 鞆乃音為奈利 物部乃 大臣 楯立良思母
[訓読]ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも
[仮名],ますらをの,とものおとすなり,もののふの,おほまへつきみ,たてたつらしも
[_]
[KW],雑歌,和銅1年,年紀,作者:元明,和銅,儀式
77
[題詞](和銅元年戊申 / 天皇<御製>)御名部皇女奉和御歌
[原文]吾大王 物莫御念 須賣神乃 嗣而賜流 吾莫勿久尓
[訓読]吾が大君ものな思ほし皇神の継ぎて賜へる我なけなくに
[仮名],わがおほきみ,ものなおもほし,すめかみの,つぎてたまへる,われなけなくに
[_]
[KW],雑歌,和銅1年,年紀,作者:御名部皇女,奉和
78
[題詞]和銅三年庚戌春二月従藤原宮遷于寧樂宮時御輿停長屋原<廻>望古郷<作歌> [一
書云 太上天皇御製]
[原文]飛鳥 明日香能里乎 置而伊奈婆 君之當者 不所見香聞安良武 [一云 君之當乎
不見而香毛安良牟]
[訓読]飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ [一云 君
があたりを見ずてかもあらむ]
[仮名],とぶとりの,あすかのさとを,おきていなば,きみがあたりは,みえずかもあらむ
,[きみがあたりを,みずてかもあらむ]
[_]
[校異]迥 → 廻 [元][類] / 御作歌 → 作歌 [類][古][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,和銅3年,年紀,作者:元明,持統,古歌,転用,遷都,望郷,恋情,枕詞,愛惜
79
[題詞]或本従藤原<京>遷于寧樂宮時歌
[原文]天皇乃 御命畏美 柔備尓之 家乎擇 隠國乃 泊瀬乃川尓 H浮而 吾行河乃 川隈
之 八十阿不落 万段 顧為乍 玉桙乃 道行晩 青<丹>吉 楢乃京師乃 佐保川尓 伊去至
而 我宿有 衣乃上従 朝月夜 清尓見者 栲乃穂尓 夜之霜落 磐床等 川之<水>凝 冷夜
乎 息言無久 通乍 作家尓 千代二手 来座多公与 吾毛通武
[訓読]大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟浮けて 我が行
く川の 川隈の 八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをに
よし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見
れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の水凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作
れる家に 千代までに 来ませ大君よ 我れも通はむ
[仮名],おほきみの,みことかしこみ,にきびにし,いへをおき,こもりくの,はつせのかは
に,ふねうけて,わがゆくかはの,かはくまの,やそくまおちず,よろづたび,かへりみしつ
つ,たまほこの,みちゆきくらし,あをによし,ならのみやこの,さほかはに,いゆきいたり
て,わがねたる,ころものうへゆ,あさづくよ,さやかにみれば,たへのほに,よるのしもふ
り,いはとこと,かはのみづこり,さむきよを,やすむことなく,かよひつつ,つくれるいへ
に,ちよまでに,きませおほきみよ,われもかよはむ
[_]
[校異]宮京 → 京 [元][類][冷][紀] / 川 [類][古] 河 / <> → 丹
[西(右書)][類][古][冷][紀] /
氷 → 水 [類][冷] / 来 [万葉考](塙)(楓) 尓
[_]
[KW],雑歌,遷都,藤原,奈良,地名,枕詞
80
[題詞](或本従藤原<京>遷于寧樂宮時歌)反歌
[原文]青丹吉 寧樂乃家尓者 万代尓 吾母将通 忘跡念勿
[訓読]あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな
[仮名],あをによし,ならのいへには,よろづよに,われもかよはむ,わするとおもふな
[_]
[校異]<> → 作 [西(右書)][冷][紀][文]
[_]
[KW],雑歌,遷都,藤原,奈良,枕詞,地名
81
[題詞]和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井<作>歌
[原文]山邊乃 御井乎見我弖利 神風乃 伊勢處女等 相見鶴鴨
[訓読]山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも
[仮名],やまのへの,みゐをみがてり,かむかぜの,いせをとめども,あひみつるかも
[_]
[KW],雑歌,和銅5年4月,年紀,作者:長田王,伊勢,三重,御井,土地讃美,和銅,地名,枕詞
82
[題詞](和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井<作>歌)
[原文]浦佐夫流 情佐麻<祢>之 久堅乃 天之四具礼能 流相見者
[訓読]うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流らふ見れば
[仮名],うらさぶる,こころさまねし,ひさかたの,あめのしぐれの,ながらふみれば
[_]
[左注](右二首今案不似御井所<作> 若疑當時誦之古歌歟)
[_]
[KW],雑歌,和銅5年4月,年紀,作者:長田王,伊勢,三重,御井,古歌,転用,和銅,枕詞
83
[題詞](和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井<作>歌)
[原文]海底 奥津白波 立田山 何時鹿越奈武 妹之當見武
[訓読]海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む
[仮名],わたのそこ,おきつしらなみ,たつたやま,いつかこえなむ,いもがあたりみむ
[_]
[左注]右二首今案不似御井所<作> 若疑當時誦之古歌歟
[_]
[校異]<> → 作 [西(訂正)][冷][紀]
[_]
[KW],雑歌,和銅5年4月,年紀,作者:長田王,伊勢,三重,御井,古歌,転用,和銅,羈旅,望郷
,地名,序詞
84
[題詞]寧樂宮 / 長皇子與志貴皇子於佐紀宮倶宴歌
[原文]秋去者 今毛見如 妻戀尓 鹿将鳴山曽 高野原之宇倍
[訓読]秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上
[仮名],あきさらば,いまもみるごと,つまごひに,かなかむやまぞ,たかのはらのうへ
[_]
[KW],雑歌,作者:長皇子,志貴皇子,宴席,屏風歌,奈良,動物,地名