University of Virginia Library

1.1. 老女のかくれ家

美女は命を斷斧と古人もいへり。心の花散ゆふべの燒木となれるは何れか是をの がれじ。されども時節の外なる朝の嵐とは。色道におぼれ若死の人こそ愚なれ。其種 はつきもせず人の日のはじめ。都のにし嵯峨に行事ありしに。春も今ぞと花の口びる うごく梅津川を渡りし時うつくしげなる當世男の采體しどけなく。色青ざめて戀に貌 をせめられ行末頼みすくなく。追付親に跡やるべき人の願ひ。我萬の事に何の不足も なかりき。此川の流れのごとく契水絶ずもあらまほしきといへば。友とせし人驚き我 は又女のなき國もがな。其所に行て閑居を極め惜き身をながらへ。移り替れる世のさ ま%\を見る事もといふ。此二人生死各別のおもはく違ひ人命短長の間。今に見果ぬ 夢に歩み現に言葉をかはすがごとく。邪氣亂つのつて縹行れし道は一筋の岸根づたひ に。防風莇など萌出るを用捨もなく踏分。里離なる北の山陰に入られしに何とやらゆ かしく。其跡をしたひしに女松村立萩の枯垣まばらに。笹の編戸に犬のくゞり道のあ らけなく。それより奥に自然の岩の洞静に片びさしをおろして軒はしのぶ草すぎにし 秋の蔦の葉殘れり。東の柳がもとに筧音なしてまかせ水の清げに。爰に住なせるある じはいかなる御法師ぞと見しに。思ひの外なる女のらふ蘭て三輪組。髪は霜を抓つて 眼は入かたの月影かすかに。天色のむかし小袖に八重菊の鹿子紋をちらし。大内菱の 中幅帯前にむすびて。今でも此よそひさりとては醜からず。寢間とおもふなげしのう へに瀑板の額掛て好色菴としるせり。いつ燒捨のすがりまでも聞傳へし初音是なるべ し。なほ心も窓より飛いるおもひに成て。しばし覗しうちに最前の二人の男。案内し つた皃にものもも乞ずして入ける。老女忍笑てけふも亦我を問れし。世には惱の深き 調謔もあるに。なんぞ朽木に音信の風聞に耳うとく語るに口おもければ。今の世間む つかしく爰に引籠て七とせ。開ける梅暦に春を覺え。青山かはつて白雪の埋む時冬と はしられぬ。邂逅にも人を見る事絶たり。いかにして尋ねわたられしといへば。それ は戀に責られ是はおもひに沈み。いまだ諸色のかぎりをわきまへがたし。或人傳て此 道にきたるなれば。身のうへの昔を時勢に語り給へと。竹葉の一滴を玉なす金盃に移 し。是非の斷りなしに進めけるに老女いつとなく亂れて。常弄し繩ならして戀慕の詩 をうたへる事しばらくなり。其あまりに一代の身のいたづらさま%\になりかはりし 事ども。夢のごとくに語る。自そも/\はいやしからず。母こそ筋なけれ父は後花園 院の御時。殿上のまじはり近き人のすゑ%\。世のならひとておとろひあるにも甲斐 なかりしに我自然と面子逶やかにうまれ付しとて大内のまたうへもなき官女につかへ て。花車なる事ども有増にくらからず。なほ年をかさね勤めての後は。かならず惡か るまじき身を十一歳の夏はじめより。わけもなく取亂して人まかせの髪結すがたも氣 にいらず。つとなしのなげしまだ隱しむすびの浮世髻といふ事も我改ての物好み。御 所染の時花しも明暮雛形に心をつくせし以來なり。されば公家がたの御暮しは哥のさ ま鞠も色にちかく。枕隙なきその事のみ見るに浮れ聞にときめき。おのづと戀を求し 情にもとづく折から。あなたこなたの通はせ文皆あはれにかなしく。後は捨置所もな く物毎いはぬ衞士を頼みてあだなる煙となすに。諸神書込し所は消ずも吉田の御社に 散行ぬ。戀程をかしきはなし我をしのぶ人。色作りて美男ならざるはなかりしに。是 にはさもなくて去御方の青侍共身はしたなくて。いやらしき事なるに初通よりして文 章命も取程に次第/\に書越ぬ。いつの比かもだ/\とおもひ初逢れぬ首尾をかしこ く。それに身をまかせて浮名の立事をやめかたく。ある朝ぼらけにあらはれ渡り。宇 治橋の邊に追出されて身をこらしめけるに。墓なや其男は此事に命をとられし。其四 五日は現にもあらず寢もせぬ枕に。物はいはざる姿を幾度かおそろしく。心にこたへ 身も捨んとおもふうちに。又日數をふりて其人の事はさらにわすれける是を思ふに女 程あさましく心の變るものはなし。自其時は十三なれば人も見ゆるして。よもやそん な事はとおもはるゝこそをかしけれ。古代は縁付の首途には親里の別れをかなしみ。 泪に袖をしたしけるに。今時の娘さかしくなりて仲人をもどかしく。身拵へ取いそぎ 駕籠待兼。尻がるに乘移りて悦喜鼻の先にあらはなり。此四十年跡迄は女子十八九ま でも。竹馬に乘りて門に遊び。男の子も定まつて廿五にて元服せしに。かくもまたせ はしく變る世や。我も戀のつほみより色しる山吹の瀬/\に氣を濁して。おもふまゝ 身を持くすしてすむもよしなし