University of Virginia Library

一八 西歸

 たまたまの下向なれば、遊覽の志、切々なれども、經廻わづかに一旬にして、上洛すでに五更になりぬれば、なごりの莚を卷きて出でなんことをいそぐ。時に入合の鐘のこゑ、うちおどろかせば、永しと思ひつる夏の日も、今日はあへなく暮れぬ。一樹の蔭、宿縁あさからず、拾謁のむつび、芳約ふかき人あり。暫く別れを惜みて志をのぶ。

きてもとへ今日ばかりなる旅衣
あすには都にたちかへりなん

 返事

たびごろもなれきて惜むなごりには
かへらぬ袖もうらみをぞする

 五月の短夜、郭公の一聲の間に明けなんとすれども、あやめの一夜の枕、再會不定の契を結びて捨てて出でぬ。

かりふしの枕なりともあやめ草
ひとよのちぎり思ひ忘るな

 由井の濱をかへり行けば、浪のおもかげ立ちそひて、野にも山にも、はなれがたき心ちして、

馴れにけり歸る濱路にみつしほの
さすがなごりにぬるる袖かな