海道記 (Kaidoki) | ||
五 市腋より萱津
七日、市腋をたちて津島のわたりといふ處、舟にて下れば、蘆の若葉、青みわたりて、つながぬ駒も立ちはなれず。菱の浮葉に浪はかくれども、つれなき蛙はさわぐけもなし。取りこす棹のしづく、袖にかかりたれば、
さして物を思ふとなしにみなれざを
みなれぬなみに袖はぬらしつ
みなれぬなみに袖はぬらしつ
渡りはつれば尾張の國に移りぬ。片岡には朝日の影うちにさして燒野の草に雉なきあがり、小篠が原に駒あれて、なづみし景色、ひきかへて見ゆ。見ればまた園の中に桑あり、桑の下に宅あり、宅には蓬頭なる女、蠶簀に向ひて蠶養をいとなみ、園には潦倒たる翁、鋤をついて農業をつとむ。おほかた禿なる小童部といへども、手を習ふ心なく、ただ足をひぢりこにする思のみあり。わかくよりして業をならふ有樣、あはれにこそおぼゆれ。げに父兄の教へ、つつしまざれども、至孝の志、おのづからあひなるものか。
山田うつ卯月になれば夏引の
いとけなき子も足ひぢにけり
いとけなき子も足ひぢにけり
幽月、影あらはれて旅店に人定まりぬれば、草の枕をしめて萱津の宿に泊りぬ。
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