竹取物語 (Taketori monogatari) | ||
火鼠の裘
右大臣阿倍御主人は、財豐に家廣き人にぞおはしける。その年渡りける唐土船の王卿といふ者の許に、文を書きて、「火鼠の裘といふなるもの買ひておこせよ」とて、仕う奉る人の中に、心確なるを選びて、小野房守といふ人を附けて遣はす。持て到りて、かの浦に居る王卿に金を取らす。王卿文をひろげて見て、返事書く。
といへり。かの唐土船來けり。小野房守まうで來てまう上る、といふことを聞きて、歩み疾うする馬をもちて、走らせ迎へさせ給ふ時に、馬に乘りて筑紫より唯七日に上りまうで來たり。文を見るに、いはく、
といへる事を見て、「何思す。いま金少しの事にこそあなれ。必ず送るべき物にこそあなれ。嬉しくして遣せたる哉」とて、唐土の方に向ひて伏し拜み給ふ。
この裘入れたる箱を見れば、種々のうるはしき瑠璃を綺へて作れり。裘を見れば紺青の色なり。毛の末には金の光輝きたり。げに寶と見え、うるはしき事比ぶべき物なし、火に燒けぬ事よりも、清らなる事比なし。「うべ、赫映姫の好もしがり給ふにこそありけれ」と宣ひて、「あなかしこ」とて、箱に入れ給ひて、物の枝につけて、御身の化粧いといたくして、やがて泊りなむものぞ、と思して、歌詠み加へて持ちていましたり。その歌は、
といへり。家の門に持て到りて立てり。竹取出で來て取り入れて、赫映姫に見す。赫映姫、かの裘を見ていはく、「うるはしき皮なめり。わきて眞の皮ならむとも知らず」。竹取答へていはく、「とまれかくまれ、先づ請じ入れ奉らむ。世の中に見えぬ裘の樣なれば、これを眞と思ひ給ひね。人ないたく侘びさせ奉らせ給ひそ」といひて、呼びすゑ奉れり。
斯く呼びすゑて、この度は必ず婚はむ、と嫗の心にも思ひ居り。この翁は、赫映姫の寡なるを歡かしければ、よき人に婚はせむと思ひはかれども、切に否といふことなれば、え強ひぬは理なり。赫映姫、翁にいはく、「この裘は、火に燒かむに、燒けずはこそ眞ならむと思ひて、人の言ふことにも負けめ。世に無き物なれば、それを眞と疑なく思はむと宣へ。猶これを燒きて見む」といふ。翁、「それ然も言はれたり」といひて、大臣に「斯くなむ申す」といふ。大臣答へていはく、「この皮は唐土にも無かりけるを、辛うじて覓め尋ね得たるなり。何の疑かあらむ。」「然は申すとも、早燒きて見給へ」といへば、火の中にうちくべて燒かせ給ふに、めら/\と燒けぬ。「さればこそ異物の皮なりけり」といふ。大臣これを見給ひて、御顏は草の葉の色して居給へり。赫映姫は、あな嬉しと喜びて居たり。かの詠み給ひける歌の返し、箱に入れて返す。
とぞありける。されば歸りいましにけり。世の人々、「安倍大臣は、火鼠の裘を持ていまして、赫映姫に住み給ふとな。此處にやいます」など問ふ。或人のいはく、「裘は火にくべて燒きたりしかば、めら/\と燒けにしかば、赫映姫婚ひ給はず」といひければ、これを聞きてぞ、利氣なきものをば、あへなしとはいひける。
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