University of Virginia Library

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僕はだんだん河童の使ふ日常の言葉を覺えて來ました。從つて河童の風俗や習 慣ものみこめるやうになつて來ました。その中でも一番不思議だつたのは河童は我々 人間の眞面目に思ふことを可笑しがる、同時に我々人間の可笑しがることを眞面目に 思ふ――かう云ふとんちんかんな習慣です。たとへば我々人間は正義とか人道とか云 ふことを眞面目に思ふ、しかし河童はそんなことを聞くと、腹をかかへて笑ひ出すの です。つまり彼等の滑稽と云ふ觀念は我々の滑稽と云ふ觀念と全然標準を異にしてゐ るのでせう。僕は或時醫者のチヤツクと産兒制限の話をしてゐました。するとチヤツ クは大口をあいて、鼻目金の落ちるほど笑ひ出しました。僕は勿論腹が立ちましたか ら、何が可笑しいかと詰問しました。何でもチヤツクの返答は大體かうだつたやうに 覺えてゐます。尤も多少細かい所は間違つてゐるかも知れません。何しろまだその頃 は僕も河童の使ふ言葉をすつかり理解してゐなかつたのですから。

「しかし兩親の都合ばかり考へてゐるのは可笑しいですからね。どうも餘り手前 勝手ですからね。」

その代りに我々人間から見れば、實際又河童のお産位、可笑しいものはありま せん。現に僕は暫くたつてから、バツグの細君のお産をする所をバツグの小屋へ見物 に行きました。河童もお産をする時には我々人間と同じことです。やはり醫者や産婆 などの助けを借りてお産をするのです。けれどもお産をするとなると、父親は電話で もかけるやうに母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生れて來るかどうか、 よく考へた上で返事をしろ」と大きな聲で尋ねるのです。バツグもやはり膝をつきな がら、何度も繰り返してかう言ひました。それからテエブルの上にあつた消毒用の水 藥で嗽ひをしました。すると細君の腹の中の子は多少氣兼でもしてゐると見え、かう 小聲に返事をしました。

「僕は生れたくはありません。第一僕のお父さんの遺傳は精神病だけでも大へん です。その上僕は河童的存在を惡いと信じてゐますから。」

バツグはこの返事を聞いた時、てれたやうに頭を掻いてゐました。が、そこに ゐ合せた産婆は忽ち細君の生殖器へ太い硝子の管を突きこみ、何か液體を注射しまし た。すると細君はほつとしたやうに太い息を洩らしました。同時に又今まで大きかつ た腹は水素瓦斯を拔いた風船のやうにへたへたと縮んでしまひました。

かう云ふ返事をする位ですから、河童の子供は生れるが早いか、勿論歩いたり しやべつたりするのです。何でもチヤツクの話では出産後二十六日目に神の有無に就 いて講演をした子供もあつたとか云ふことです。尤もその子供は二月目には死んでし まつたと云ふことですが。

お産の話をした次手ですから、僕がこの國へ來た三月目に偶然或街の角で見か けた、大きいポスタアの話をしませう。その大きいポスタアの下には喇叭を吹いてゐ る河童だの劍を持つてゐる河童だのが十二三匹描いてありました。それから又上には 河童の使ふ、丁度時計のゼンマイに似た螺旋文字が一面に竝べてありました。この螺 旋文字を飜譯すると、大體かう云ふ意味になるのです。これも或は細かい所は間違つ てゐるかも知れません。が、兎に角僕としては僕と一しよに歩いてゐた、ラツプと云 ふ河童の學生が大聲に讀み上げてくれる言葉を一々ノオトにとつて置いたのです。

 
 















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僕は勿論その時にもそんなことの行はれないことをラツプに話して聞かせまし た。するとラツプばかりではない、ポスタアの近所にゐた河童は悉くげらげら笑ひ出 しました。

「行はれない? だつてあなたの話ではあなたがたもやはり我々のやうに行つ てゐると思ひますがね。あなたは令息が女中に惚れたり、令孃が運轉手に惚れたりす るのは何の爲だと思つてゐるのです? あれは皆無意識的に惡遺傳を撲滅してゐるの ですよ。第一この間あなたの話したあなたがた人間の義勇隊よりも、――一本の鐡道 を奪ふ爲に互に殺し合ふ義勇隊ですね、――ああ云ふ義勇隊に比べれば、ずつと僕た ちの義勇隊は高尚ではないかと思ひますがね。」

ラツプは眞面目にかう言ひながら、しかも太い腹だけは可笑しさうに絶えず浪 立たせてゐました。が、僕は笑ふどころか、慌てて或河童を掴まへようとしました。 それは僕の油斷を見すまし、その河童が僕の萬年筆を盗んだことに氣がついたからで す。しかし皮膚の滑かな河童は容易に我々には掴まりません。その河童もぬらりと辷 り拔けるが早いか一散に逃げ出してしまひました。丁度蚊のやうに痩せた體を倒れる かと思ふ位のめらせながら。