University of Virginia Library

[_]
(K)

また麓に一つの柴の庵あり。すなはちこの山もりが居る所なり。 かしこに小童あり。時々來りてあひとぶらふ。もしつれづれなる 時は、これを友としてあそびありく。かれは十六歳、われは六 十、その齡ことの外なれど、心を慰むることはこれおなじ。ある はつばなをぬき、いはなしをとる(りイ)り。またぬかごをもり、 芹をつむ。或はすそわの田井に至りて、おちほを拾ひてほぐみを つくる。 もし日うらゝかなれば、嶺によぢのぼりて、はるかにふるさとの 空を望み、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。勝地はぬし なければ、心を慰むるにさはりなし。あゆみわづらひなく、志遠 くいたる時は、これより峯つゞき炭山を越え、笠取を過ぎて、 石間にまうで、或は石山ををがむ。もしは、粟津の原を分けて、 蝉丸翁が迹をとぶらひ、田上川をわたりて、猿丸大夫が墓をたづ ぬ。歸るさには、をりにつけつゝ櫻をかり、紅葉をもとめ、わら びを折り、木の實を拾ひて、かつは佛に奉りかつは家づとにす。 もし夜しづかなれば、窓の月に故人を忍び、猿の聲に袖をうるほ す。