University of Virginia Library

秋は日ぐらしの聲耳に充てり。うつせみの世をかなしむかと聞 ゆ。冬は雪をあはれむ。つもりきゆるさま、罪障にたとへつべ し。もしねんぶつものうく、どきゃうまめならざる時は、みづか ら休み、みづからをこたるにさまたぐる人もなく、また恥づべき 友もなし。殊更に無言をせざれども、ひとり居ればくごふををさ めつべし。必ず禁戒をまもるとしもなけれども、境界なければ 何につけてか破らむ。もしあとの白波に身をよするあしたには、 岡のやに行きかふ船をながめて、滿沙彌が風情をぬすみ、もし桂 の風、葉をならすゆふべには、潯陽の江をおもひやりて、源都督 (經信)のながれをならふ。もしあまりの興あれば、しばしば松の ひゞきに秋風の樂をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。 藝はこれつたなけれども、人の耳を悦ばしめむとにもあらず。 ひとりしらべ、ひとり詠じて、みづから心を養ふばかりなり。』