University of Virginia Library

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また治承四年卯月廿九日のころ、中の御門京極のほどより、 大なるつじかぜ起りて、六條わたりまで、いかめしく吹きける こと 侍りき。三四町をかけて吹きまくるに、その中にこもれる家 ども、大なるもちひさきも、一つとしてやぶれざるはなし。さな がらひらにたふれたるもあり。けたはしらばかり殘れるもあり。 又門の上を吹き放ちて、四五町がほど(ほかイ)に置き、又垣を吹 き拂ひて隣と一つになせり。いはむや家の内のたから、數をつく して空にあがり、ひはだぶき板のたぐひ、冬の木の葉の風に亂 るゝがごとし。塵を煙のごとく吹き立てたれば、すべて目も見え ず。おびたゞしくなりとよむ音に、物いふ聲も聞えず。かの地獄 の業風なりとも、かばかりにとぞ覺ゆる。家の損亡するのみなら ず、これをとり繕ふ間に、身をそこなひて、かたはづけるもの數 を知らず。 この風ひつじさるのかたに移り行きて、多くの人のなげきをなせ り。つじかぜはつねに吹くものなれど、かゝることやはある。 たゞごとにあらず。さるべき物のさとしかなとぞ疑ひ侍りし。』