University of Virginia Library

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(A)

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに 浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。 世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中に むねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひ は、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれ ば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは 造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。 所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が 中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに 生 るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる 人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりの やどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむ る。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝 顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへど も朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずと いへども、ゆふべを待つことなし。』