万葉集 (Manyoshu) | ||
相聞
3248
[題詞]相聞
[原文]式嶋之 山跡之土丹 人多 満而雖有 藤浪乃 思纒 若草乃 思就西 君<目>二 戀
八将明 長此夜乎
[訓読]磯城島の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども 藤波の 思ひまつはり 若草の
思ひつきにし 君が目に 恋ひや明かさむ 長きこの夜を
[仮名],しきしまの,やまとのくにに,ひとさはに,みちてあれども,ふぢなみの,おもひま
つはり,わかくさの,おもひつきにし,きみがめに,こひやあかさむ,ながきこのよを
3249
[題詞]反歌
[原文]式嶋乃 山跡乃土丹 人二 有年念者 難可将嗟
[訓読]磯城島の大和の国に人ふたりありとし思はば何か嘆かむ
[仮名],しきしまの,やまとのくにに,ひとふたり,ありとしおもはば,なにかなげかむ
3250
[題詞]
[原文]蜻嶋 倭之國者 神柄跡 言擧不為國 雖然 吾者事上為 天地之 神<文>甚 吾念
心不知哉 徃影乃 月<文>經徃者 玉限 日<文>累 念戸鴨 胸不安 戀烈鴨 心痛 末逐尓
君丹不會者 吾命乃 生極 戀乍<文> 吾者将度 犬馬鏡 正目君乎 相見天者社 吾戀八鬼
目
[訓読]蜻蛉島 大和の国は 神からと 言挙げせぬ国 しかれども 我れは言挙げす 天地
の 神もはなはだ 我が思ふ 心知らずや 行く影の 月も経ゆけば 玉かぎる 日も重な
りて 思へかも 胸の苦しき 恋ふれかも 心の痛き 末つひに 君に逢はずは 我が命の
生けらむ極み 恋ひつつも 我れは渡らむ まそ鏡 直目に君を 相見てばこそ 我が恋や
まめ
[仮名],あきづしま,やまとのくには,かむからと,ことあげせぬくに,しかれども,われは
ことあげす,あめつちの,かみもはなはだ,わがおもふ,こころしらずや,ゆくかげの,つき
もへゆけば,たまかぎる,ひもかさなりて,おもへかも,むねのくるしき,こふれかも,ここ
ろのいたき,すゑつひに,きみにあはずは,わがいのちの,いけらむきはみ,こひつつも,わ
れはわたらむ,まそかがみ,ただめにきみを,あひみてばこそ,あがこひやまめ
3251
[題詞]反歌
[原文]大舟能 思憑 君故尓 盡心者 惜雲梨
[訓読]大船の思ひ頼める君ゆゑに尽す心は惜しけくもなし
[仮名],おほぶねの,おもひたのめる,きみゆゑに,つくすこころは,をしけくもなし
3252
[題詞]
[原文]久堅之 王都乎置而 草枕 羈徃君乎 何時可将待
[訓読]ひさかたの都を置きて草枕旅行く君をいつとか待たむ
[仮名],ひさかたの,みやこをおきて,くさまくら,たびゆくきみを,いつとかまたむ
3253
[題詞]柿本朝臣人麻呂歌集歌曰
[原文]葦原 水穂國者 神在随 事擧不為國 雖然 辞擧叙吾為 言幸 真福座跡 恙無 福
座者 荒礒浪 有毛見登 百重波 千重浪尓敷 言上為吾 <[言上為吾]>
[訓読]葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 しかれども 言挙げぞ我がする 言
幸く ま幸くませと 障みなく 幸くいまさば 荒礒波 ありても見むと 百重波 千重波
しきに 言挙げす我れは <[言挙げす我れは]>
[仮名],あしはらの,みづほのくには,かむながら,ことあげせぬくに,しかれども,ことあ
げぞわがする,ことさきく,まさきくませと,つつみなく,さきくいまさば,ありそなみ,あ
りてもみむと,ももへなみ,ちへなみしきに,ことあげすわれは [ことあげすわれは]
3254
[題詞]反歌
[原文]志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具
[訓読]磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
[仮名],しきしまの,やまとのくには,ことだまの,たすくるくにぞ,まさきくありこそ
3255
[題詞]
[原文]従古 言續来口 戀為者 不安物登 玉緒之 継而者雖云 處女等之 心乎胡粉 其将
知 因之無者 夏麻引 命<方>貯 借薦之 心文小竹荷 人不知 本名曽戀流 氣之緒丹四天
[訓読]古ゆ 言ひ継ぎけらく 恋すれば 苦しきものと 玉の緒の 継ぎては言へど 娘子
らが 心を知らに そを知らむ よしのなければ 夏麻引く 命かたまけ 刈り薦の 心も
しのに 人知れず もとなぞ恋ふる 息の緒にして
[仮名],いにしへゆ,いひつぎけらく,こひすれば,くるしきものと,たまのをの,つぎては
いへど,をとめらが,こころをしらに,そをしらむ,よしのなければ,なつそびく,いのちか
たまけ,かりこもの,こころもしのに,ひとしれず,もとなぞこふる,いきのをにして
3256
[題詞]反歌
[原文]數々丹 不思人z 雖有 ま<文>吾者 忘枝沼鴨
[訓読]しくしくに思はず人はあるらめどしましくも我は忘らえぬかも
[仮名],しくしくに,おもはずひとは,あるらめど,しましくもわは,わすらえぬかも
3257
[題詞]
[原文]直不来 自此巨勢道柄 石椅跡 名積序吾来 戀天窮見
[訓読]直に来ずこゆ巨勢道から岩せ踏みなづみぞ我が来し恋ひてすべなみ
[仮名],ただにこず,こゆこせぢから,いはせふみ,なづみぞわがこし,こひてすべなみ
3257S
[題詞]或本以此歌一首為之
[原文]紀伊國之 濱尓縁云 鰒珠 拾尓登謂而 徃之君 何時到来
[訓読]紀の国の 浜に寄るとふ あわび玉 拾ひにと言ひて 行きし君 いつ来まさむ
[仮名],きのくにの,はまによるとふ,あはびたま,ひりひにといひて,ゆきしきみ,いつき
まさむ
3258
[題詞]
[原文]荒玉之 年者来去而 玉梓之 使之不来者 霞立 長春日乎 天地丹 思足椅 帶乳根
笶 母之養蚕之 眉隠 氣衝渡 吾戀 心中<少> 人丹言 物西不有者 松根 松事遠 天傳 日
之闇者 白木綿之 吾衣袖裳 通手沾沼
[訓読]あらたまの 年は来ゆきて 玉梓の 使の来ねば 霞立つ 長き春日を 天地に 思
ひ足らはし たらちねの 母が飼ふ蚕の 繭隠り 息づきわたり 我が恋ふる 心のうちを
人に言ふ ものにしあらねば 松が根の 待つこと遠み 天伝ふ 日の暮れぬれば 白栲の
我が衣手も 通りて濡れぬ
[仮名],あらたまの,としはきゆきて,たまづさの,つかひのこねば,かすみたつ,ながきは
るひを,あめつちに,おもひたらはし,たらちねの,ははがかふこの,まよごもり,いきづき
わたり,あがこふる,こころのうちを,ひとにいふ,ものにしあらねば,まつがねの,まつこ
ととほみ,あまつたふ,ひのくれぬれば,しろたへの,わがころもでも,とほりてぬれぬ
3259
[題詞]反歌
[原文]如是耳師 相不思有者 天雲之 外衣君者 可有々来
[訓読]かくのみし相思はずあらば天雲の外にぞ君はあるべくありける
[仮名],かくのみし,あひおもはずあらば,あまくもの,よそにぞきみは,あるべくありけ
る
3260
[題詞]
[原文]小<治>田之 年魚道之水乎 問無曽 人者は云 時自久曽 人者飲云 は人之 無間
之如 飲人之 不時之如 吾妹子尓 吾戀良久波 已時毛無
[訓読]小治田の 年魚道の水を 間なくぞ 人は汲むといふ 時じくぞ 人は飲むといふ
汲む人の 間なきがごと 飲む人の 時じきがごと 我妹子に 我が恋ふらくは やむ時も
なし
[仮名],をはりだの,あゆぢのみづを,まなくぞ,ひとはくむといふ,ときじくぞ,ひとはの
むといふ,くむひとの,まなきがごと,のむひとの,ときじきがごと,わぎもこに,あがこふ
らくは,やむときもなし
3261
[題詞]反歌
[原文]思遣 為便乃田付毛 今者無 於君不相而 <年>之歴去者
[訓読]思ひ遣るすべのたづきも今はなし君に逢はずて年の経ぬれば
[仮名],おもひやる,すべのたづきも,いまはなし,きみにあはずて,としのへぬれば
3261S
[題詞](反歌)今案 此反歌謂之於君不相者於理不合也
[原文]妹不相
[訓読]妹に会わず
[仮名],いもにあはず
3262
[題詞]或本反歌曰
[原文]ゐ垣 久時従 戀為者 吾帶緩 朝夕毎
[訓読]瑞垣の久しき時ゆ恋すれば我が帯緩ふ朝宵ごとに
[仮名],みづかきの,ひさしきときゆ,こひすれば,わがおびゆるふ,あさよひごとに
3263
[題詞]
[原文]己母理久乃 泊瀬之河之 上瀬尓 伊杭乎打 下湍尓 真杭乎挌 伊杭尓波 鏡乎懸
真杭尓波 真玉乎懸 真珠奈須 我念妹毛 鏡成 我念妹毛 有跡謂者社 國尓毛 家尓毛由
可米 誰故可将行
[訓読]こもりくの 泊瀬の川の 上つ瀬に 斎杭を打ち 下つ瀬に 真杭を打ち 斎杭には
鏡を懸け 真杭には 真玉を懸け 真玉なす 我が思ふ妹も 鏡なす 我が思ふ妹も あり
といはばこそ 国にも 家にも行かめ 誰がゆゑか行かむ
[仮名],こもりくの,はつせのかはの,かみつせに,いくひをうち,しもつせに,まくひをう
ち,いくひには,かがみをかけ,まくひには,またまをかけ,またまなす,あがおもふいもも
,かがみなす,あがおもふいもも,ありといはばこそ,くににも,いへにもゆかめ,たがゆゑ
かゆかむ
3264
[題詞]反歌
[原文]年渡 麻弖尓毛人者 有云乎 何時之間曽母 吾戀尓来
[訓読]年渡るまでにも人はありといふをいつの間にぞも我が恋ひにける
[仮名],としわたる,までにもひとは,ありといふを,いつのまにぞも,あがこひにける
3265
[題詞]或書反歌曰
[原文]世間乎 倦迹思而 家出為 吾哉難二加 還而将成
[訓読]世の中を憂しと思ひて家出せし我れや何にか還りてならむ
[仮名],よのなかを,うしとおもひて,いへでせし,われやなににか,かへりてならむ
3266
[題詞]
[原文]春去者 花咲乎呼里 秋付者 丹之穂尓黄色 味酒乎 神名火山之 帶丹為留 明日
香之河乃 速瀬尓 生玉藻之 打靡 情者因而 朝露之 消者可消 戀久毛 知久毛相 隠都
麻鴨
[訓読]春されば 花咲ををり 秋づけば 丹のほにもみつ 味酒を 神奈備山の 帯にせる
明日香の川の 早き瀬に 生ふる玉藻の うち靡き 心は寄りて 朝露の 消なば消ぬべ
く 恋ひしくも しるくも逢へる 隠り妻かも
[仮名],はるされば,はなさきををり,あきづけば,にのほにもみつ,うまさけを,かむなび
やまの,おびにせる,あすかのかはの,はやきせに,おふるたまもの,うちなびき,こころは
よりて,あさつゆの,けなばけぬべく,こひしくも,しるくもあへる,こもりづまかも
3267
[題詞]反歌
[原文]明日香河 瀬湍之珠藻之 打靡 情者妹尓 <因>来鴨
[訓読]明日香川瀬々の玉藻のうち靡き心は妹に寄りにけるかも
[仮名],あすかがは,せぜのたまもの,うちなびき,こころはいもに,よりにけるかも
3268
[題詞]
[原文]三諸之 神奈備山従 登能陰 雨者落来奴 雨霧相 風左倍吹奴 大口乃 真神之原
従 思管 還尓之人 家尓到伎也
[訓読]みもろの 神奈備山ゆ との曇り 雨は降り来ぬ 天霧らひ 風さへ吹きぬ 大口の
真神の原ゆ 思ひつつ 帰りにし人 家に至りきや
[仮名],みもろの,かむなびやまゆ,とのぐもり,あめはふりきぬ,あまぎらひ,かぜさへふ
きぬ,おほくちの,まかみのはらゆ,おもひつつ,かへりにしひと,いへにいたりきや
3269
[題詞]反歌
[原文]還尓之 人乎念等 野干玉之 彼夜者吾毛 宿毛寐金<手>寸
[訓読]帰りにし人を思ふとぬばたまのその夜は我れも寐も寝かねてき
[仮名],かへりにし,ひとをおもふと,ぬばたまの,そのよはわれも,いもねかねてき
3270
[題詞]
[原文]刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所<挌>将折 鬼之四忌手乎 指易而
将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨
[訓読]さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて 打ち折らむ 醜の醜手
を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに
この床の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも
[仮名],さしやかむ,こやのしこやに,かきうてむ,やれごもをしきて,うちをらむ,しこの
しこてを,さしかへて,ぬらむきみゆゑ,あかねさす,ひるはしみらに,ぬばたまの,よるは
すがらに,このとこの,ひしとなるまで,なげきつるかも
3271
[題詞]反歌
[原文]我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄
[訓読]我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から
[仮名],わがこころ,やくもわれなり,はしきやし,きみにこふるも,わがこころから
3272
[題詞]
[原文]打延而 思之小野者 不遠 其里人之 標結等 聞手師日従 立良久乃 田付毛不知
居久乃 於久鴨不知 親<之> 己<之>家尚乎 草枕 客宿之如久 思空 不安物乎 嗟空 過之
不得物乎 天雲之 行莫々 蘆垣乃 思乱而 乱麻乃 麻笥乎無登 吾戀流 千重乃一重母 人
不令知 本名也戀牟 氣之緒尓為而
[訓読]うちはへて 思ひし小野は 遠からぬ その里人の 標結ふと 聞きてし日より 立
てらくの たづきも知らず 居らくの 奥処も知らず にきびにし 我が家すらを 草枕
旅寝のごとく 思ふそら 苦しきものを 嘆くそら 過ぐしえぬものを 天雲の ゆくらゆ
くらに 葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻の をけをなみと 我が恋ふる 千重の一重も 人知れ
ず もとなや恋ひむ 息の緒にして
[仮名],うちはへて,おもひしをのは,とほからぬ,そのさとびとの,しめゆふと,ききてし
ひより,たてらくの,たづきもしらず,をらくの,おくかもしらず,にきびにし,わがいへす
らを,くさまくら,たびねのごとく,おもふそら,くるしきものを,なげくそら,すぐしえぬ
ものを,あまくもの,ゆくらゆくらに,あしかきの,おもひみだれて,みだれをの,をけをな
みと,あがこふる,ちへのひとへも,ひとしれず,もとなやこひむ,いきのをにして
3273
[題詞]反歌
[原文]二無 戀乎思為者 常帶乎 三重可結 我身者成
[訓読]二つなき恋をしすれば常の帯を三重結ぶべく我が身はなりぬ
[仮名],ふたつなき,こひをしすれば,つねのおびを,みへむすぶべく,あがみはなりぬ
3274
[題詞]
[原文]為須部乃 田付S不知 石根乃 興凝敷道乎 石床笶 根延門S 朝庭 出居而嘆 夕
庭 入居而思 白桍乃 吾衣袖S 折反 獨之寐者 野干玉 黒髪布而 人寐 味眠不睡而 大
舟乃 徃良行羅二 思乍 吾睡夜等呼 <讀文>将敢鴨
[訓読]為むすべの たづきを知らに 岩が根の こごしき道を 岩床の 根延へる門を 朝
には 出で居て嘆き 夕には 入り居て偲ひ 白栲の 我が衣手を 折り返し ひとりし寝
れば ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひ
つつ 我が寝る夜らを 数みもあへむかも
[仮名],せむすべの,たづきをしらに,いはがねの,こごしきみちを,いはとこの,ねばへる
かどを,あしたには,いでゐてなげき,ゆふへには,いりゐてしのひ,しろたへの,わがころ
もでを,をりかへし,ひとりしぬれば,ぬばたまの,くろかみしきて,ひとのぬる,うまいは
ねずて,おほぶねの,ゆくらゆくらに,おもひつつ,わがぬるよらを,よみもあへむかも
3275
[題詞]反歌
[原文]一眠 夜t跡 雖思 戀茂二 情利文梨
[訓読]ひとり寝る夜を数へむと思へども恋の繁きに心どもなし
[仮名],ひとりぬる,よをかぞへむと,おもへども,こひのしげきに,こころどもなし
3276
[題詞]
[原文]百不足 山田道乎 浪雲乃 愛妻跡 不語 別之来者 速川之 徃<文>不知 衣袂笶
反裳不知 馬自物 立而爪衝 為須部乃 田付乎白粉 物部乃 八十乃心S 天地二 念足橋
玉相者 君来益八跡 吾嗟 八尺之嗟 玉<桙>乃 道来人乃 立留 何常問者 答遣 田付乎
不知 散釣相 君名日者 色出 人<可>知 足日木能 山従出 月待跡 人者云而 君待吾乎
[訓読]百足らず 山田の道を 波雲の 愛し妻と 語らはず 別れし来れば 早川の 行き
も知らず 衣手の 帰りも知らず 馬じもの 立ちてつまづき 為むすべの たづきを知ら
に もののふの 八十の心を 天地に 思ひ足らはし 魂合はば 君来ますやと 我が嘆く
八尺の嘆き 玉桙の 道来る人の 立ち留まり いかにと問はば 答へ遣る たづきを知ら
に さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ あしひきの 山より出づる 月
待つと 人には言ひて 君待つ我れを
[仮名],ももたらず,やまたのみちを,なみくもの,うつくしづまと,かたらはず,わかれし
くれば,はやかはの,ゆきもしらず,ころもでの,かへりもしらず,うまじもの,たちてつま
づき,せむすべの,たづきをしらに,もののふの,やそのこころを,あめつちに,おもひたら
はし,たまあはば,きみきますやと,わがなげく,やさかのなげき,たまほこの,みちくるひ
との,たちとまり,いかにととはば,こたへやる,たづきをしらに,さにつらふ,きみがない
はば,いろにいでて,ひとしりぬべみ,あしひきの,やまよりいづる,つきまつと,ひとには
いひて,きみまつわれを
3277
[題詞]反歌
[原文]眠不睡 吾思君者 何處邊 今<夜>誰与可 雖待不来
[訓読]寐も寝ずに我が思ふ君はいづくへに今夜誰れとか待てど来まさぬ
[仮名],いもねずに,あがおもふきみは,いづくへに,こよひたれとか,まてどきまさぬ
3278
[題詞]
[原文]赤駒 厩立 黒駒 厩立而 彼乎飼 吾徃如 思妻 心乗而 高山 峯之手折丹 射目立
十六待如 床敷而 吾待君 犬莫吠行<年>
[訓読]赤駒を 馬屋に立て 黒駒を 馬屋に立てて そを飼ひ 我が行くがごと 思ひ妻
心に乗りて 高山の 嶺のたをりに 射目立てて 鹿猪待つがごと 床敷きて 我が待つ君
を 犬な吠えそね
[仮名],あかごまを,うまやにたて,くろこまを,うまやにたてて,そをかひ,わがゆくがご
と,おもひづま,こころにのりて,たかやまの,みねのたをりに,いめたてて,ししまつがご
と,とこしきて,わがまつきみを,いぬなほえそね
3279
[題詞]反歌
[原文]蘆垣之 末掻別而 君越跡 人丹勿告 事者棚知
[訓読]葦垣の末かき分けて君越ゆと人にな告げそ事はたな知れ
[仮名],あしかきの,すゑかきわけて,きみこゆと,ひとになつげそ,ことはたなしれ
3280
[題詞]
[原文]<妾>背兒者 雖待来不益 天原 振左氣見者 黒玉之 夜毛深去来 左夜深而 荒風
乃吹者 立<待留> 吾袖尓 零雪者 凍渡奴 今更 公来座哉 左奈葛 後毛相得 名草武類
心乎持而 <二>袖持 床打拂 卯管庭 君尓波不相 夢谷 相跡所見社 天之足夜<乎>
[訓読]我が背子は 待てど来まさず 天の原 振り放け見れば ぬばたまの 夜も更けに
けり さ夜更けて あらしの吹けば 立ち待てる 我が衣手に 降る雪は 凍りわたりぬ
今さらに 君来まさめや さな葛 後も逢はむと 慰むる 心を持ちて ま袖もち 床うち
掃ひ うつつには 君には逢はず 夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足り夜を
[仮名],わがせこは,まてどきまさず,あまのはら,ふりさけみれば,ぬばたまの,よもふけ
にけり,さよふけて,あらしのふけば,たちまてる,わがころもでに,ふるゆきは,こほりわ
たりぬ,いまさらに,きみきまさめや,さなかづら,のちもあはむと,なぐさむる,こころを
もちて,まそでもち,とこうちはらひ,うつつには,きみにはあはず,いめにだに,あふとみ
えこそ,あめのたりよを
3281
[題詞]或本歌曰
[原文]吾背子者 待跡不来 鴈音<文> 動而寒 烏玉乃 宵文深去来 左夜深跡 阿下乃吹
者 立待尓 吾衣袖尓 置霜<文> 氷丹左叡渡 落雪母 凍渡奴 今更 君来目八 左奈葛 後
<文>将會常 大舟乃 思憑迹 現庭 君者不相 夢谷 相所見欲 天之足夜尓
[訓読]我が背子は 待てど来まさず 雁が音も 響みて寒し ぬばたまの 夜も更けにけ
り さ夜更くと あらしの更けば 立ち待つに 我が衣手に 置く霜も 氷にさえわたり
降る雪も 凍りわたりぬ 今さらに 君来まさめや さな葛 後も逢はむと 大船の 思ひ
頼めど うつつには 君には逢はず 夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足り夜に
[仮名],わがせこは,まてどきまさず,かりがねも,とよみてさむし,ぬばたまの,よもふけ
にけり,さよふくと,あらしのふけば,たちまつに,わがころもでに,おくしもも,ひにさえ
わたり,ふるゆきも,こほりわたりぬ,いまさらに,きみきまさめや,さなかづら,のちもあ
はむと,おほぶねの,おもひたのめど,うつつには,きみにはあはず,いめにだに,あふとみ
えこそ,あめのたりよに
3282
[題詞]反歌
[原文]衣袖丹 山下吹而 寒夜乎 君不来者 獨鴨寐
[訓読]衣手にあらしの吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む
[仮名],ころもでに,あらしのふきて,さむきよを,きみきまさずは,ひとりかもねむ
3283
[題詞]
[原文]今更 戀友君<二> 相目八毛 眠夜乎不落 夢所見欲
[訓読]今さらに恋ふとも君に逢はめやも寝る夜をおちず夢に見えこそ
[仮名],いまさらに,こふともきみに,あはめやも,ぬるよをおちず,いめにみえこそ
3284
[題詞]
[原文]菅根之 根毛一伏三向凝呂尓 吾念有 妹尓緑而者 言之禁毛 無在乞常 齊戸乎
石相穿居 竹珠乎 無間貫垂 天地之 神祇乎曽吾祈 甚毛為便無見
[訓読]菅の根の ねもころごろに 我が思へる 妹によりては 言の忌みも なくありこ
そと 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ 天地の 神をぞ我が祷む いたも
すべなみ
[仮名],すがのねの,ねもころごろに,あがおもへる,いもによりては,ことのいみも,なく
ありこそと,いはひへを,いはひほりすゑ,たかたまを,まなくぬきたれ,あめつちの,かみ
をぞわがのむ,いたもすべなみ,,,,,,いもによりては,,,きみにより,きみがまにまに
3285
[題詞]反歌
[原文]足千根乃 母尓毛不謂 L有之 心者縦 <公>之随意
[訓読]たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに
[仮名],たらちねの,ははにもいはず,つつめりし,こころはよしゑ,きみがまにまに
3286
[題詞]或本歌曰
[原文]玉手<次> 不懸時無 吾念有 君尓依者 倭<文>幣乎 手取持而 竹珠S 之自二貫
垂 天地之 神S曽吾乞 痛毛須部奈見
[訓読]玉たすき 懸けぬ時なく 我が思へる 君によりては しつ幣を 手に取り持ちて
竹玉を 繁に貫き垂れ 天地の 神をぞ我が祷む いたもすべなみ
[仮名],たまたすき,かけぬときなく,あがおもへる,きみによりては,しつぬさを,てにと
りもちて,たかたまを,しじにぬきたれ,あめつちの,かみをぞわがのむ,いたもすべなみ
3287
[題詞]反歌
[原文]乾坤乃 神乎祷而 吾戀 公以必 不相在目八
[訓読]天地の神を祈りて我が恋ふる君いかならず逢はずあらめやも
[仮名],あめつちの,かみをいのりて,あがこふる,きみいかならず,あはずあらめやも
3288
[題詞]或本歌曰
[原文]大船之 思憑而 木<妨>己 弥遠長 我念有 君尓依而者 言之故毛 無有欲得 木綿
手次 肩荷取懸 忌戸乎 齊穿居 玄黄之 神祇二衣吾祈 甚毛為便無見
[訓読]大船の 思ひ頼みて さな葛 いや遠長く 我が思へる 君によりては 言の故も
なくありこそと 木綿たすき 肩に取り懸け 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 天地の 神にぞ我が
祷む いたもすべなみ
[仮名],おほぶねの,おもひたのみて,さなかづら,いやとほながく,あがおもへる,きみに
よりては,ことのゆゑも,なくありこそと,ゆふたすき,かたにとりかけ,いはひへを,いは
ひほりすゑ,あめつちの,かみにぞわがのむ,いたもすべなみ
3289
[題詞]
[原文]御佩乎 劔池之 蓮葉尓 渟有水之 徃方無 我為時尓 應相登 相有君乎 莫寐等
母寸巨勢友 吾情 清隅之池之 池底 吾者不<忘> 正相左右二
[訓読]み佩かしを 剣の池の 蓮葉に 溜まれる水の ゆくへなみ 我がする時に 逢ふべ
しと 逢ひたる君を な寐ねそと 母聞こせども 我が心 清隅の池の 池の底 我れは忘
れじ 直に逢ふまでに
[仮名],みはかしを,つるぎのいけの,はちすばに,たまれるみづの,ゆくへなみ,わがする
ときに,あふべしと,あひたるきみを,ないねそと,ははきこせども,あがこころ,きよすみ
のいけの,いけのそこ,われはわすれじ,ただにあふまでに
3290
[題詞]反歌
[原文]古之 神乃時従 會計良思 今心<文> 常不所<忘>
[訓読]いにしへの神の時より逢ひけらし今の心も常忘らえず
[仮名],いにしへの,かみのときより,あひけらし,いまのこころも,つねわすらえず
3291
[題詞]
[原文]三芳野之 真木立山尓 青生 山菅之根乃 慇懃 吾念君者 天皇之 遣之万々 [或
本云 王 命恐] 夷離 國治尓登 [或本云 天踈 夷治尓等] 群鳥之 朝立行者 後有 我可将
戀奈 客有者 君可将思 言牟為便 将為須便不知 [或書有 足日木 山之木末尓 句也] 延
津田乃 歸之 [或本無歸之句也] 別之數 惜物可聞
[訓読]み吉野の 真木立つ山に 青く生ふる 山菅の根の ねもころに 我が思ふ君は 大
君の 任けのまにまに [或本云 大君の 命かしこみ] 鄙離る 国治めにと [或本云 天離
る 鄙治めにと] 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我れか恋ひむな 旅ならば 君か偲は
む 言はむすべ 為むすべ知らに [或書有 あしひきの 山の木末に 句也] 延ふ蔦の 行き
の [或本無歸之句也] 別れのあまた 惜しきものかも
[仮名],みよしのの,まきたつやまに,あをくおふる,やますがのねの,ねもころに,あがお
もふきみは,おほきみの,まけのまにまに,[おほきみの,みことかしこみ],ひなざかる,くに
をさめにと,[あまざかる,ひなをさめにと],むらとりの,あさだちいなば,おくれたる,あれ
かこひむな,たびならば,きみかしのはむ,いはむすべ,せむすべしらに,[あしひきの,やま
のこぬれに],はふつたの,ゆきの,わかれのあまた,をしきものかも
3292
[題詞]反歌
[原文]打蝉之 命乎長 有社等 留吾者 五十羽旱将待
[訓読]うつせみの命を長くありこそと留まれる我れは斎ひて待たむ
[仮名],うつせみの,いのちをながく,ありこそと,とまれるわれは,いはひてまたむ
3293
[題詞]
[原文]三吉野之 御金高尓 間無序 雨者落云 不時曽 雪者落云 其雨 無間如 彼雪 不
時如 間不落 吾者曽戀 妹之正香尓
[訓読]み吉野の 御金が岳に 間なくぞ 雨は降るといふ 時じくぞ 雪は降るといふ そ
の雨の 間なきがごと その雪の 時じきがごと 間もおちず 我れはぞ恋ふる 妹が直香
に
[仮名],みよしのの,みかねがたけに,まなくぞ,あめはふるといふ,ときじくぞ,ゆきはふ
るといふ,そのあめの,まなきがごと,そのゆきの,ときじきがごと,まもおちず,あれはぞ
こふる,いもがただかに
3294
[題詞]反歌
[原文]三雪落 吉野之高二 居雲之 外丹見子尓 戀度可聞
[訓読]み雪降る吉野の岳に居る雲の外に見し子に恋ひわたるかも
[仮名],みゆきふる,よしののたけに,ゐるくもの,よそにみしこに,こひわたるかも
3295
[題詞]
[原文]打久津 三宅乃原従 常土 足迹貫 夏草乎 腰尓魚積 如何有哉 人子故曽 通簀
<文>吾子 諾々名 母者不知 諾々名 父者不知 蜷腸 香黒髪丹 真木綿持 阿邪左結垂 日
本之 黄<楊>乃小櫛乎 抑刺 <卜>細子 彼曽吾つ
[訓読]うちひさつ 三宅の原ゆ 直土に 足踏み貫き 夏草を 腰になづみ いかなるや
人の子ゆゑぞ 通はすも我子 うべなうべな 母は知らじ うべなうべな 父は知らじ 蜷
の腸 か黒き髪に 真木綿もち あざさ結ひ垂れ 大和の 黄楊の小櫛を 押へ刺す うら
ぐはし子 それぞ我が妻
[仮名],うちひさつ,みやけのはらゆ,ひたつちに,あしふみぬき,なつくさを,こしになづ
み,いかなるや,ひとのこゆゑぞ,かよはすもあこ,うべなうべな,はははしらじ,うべなう
べな,ちちはしらじ,みなのわた,かぐろきかみに,まゆふもち,あざさゆひたれ,やまとの
,つげのをぐしを,おさへさす,うらぐはしこ,それぞわがつま
3296
[題詞]反歌
[原文]父母尓 不令知子故 三宅道乃 夏野草乎 菜積来鴨
[訓読]父母に知らせぬ子ゆゑ三宅道の夏野の草をなづみ来るかも
[仮名],ちちははに,しらせぬこゆゑ,みやけぢの,なつののくさを,なづみけるかも
3297
[題詞]
[原文]玉田次 不懸時無 吾念 妹西不會波 赤根刺 日者之弥良尓 烏玉之 夜者酢辛二
眠不睡尓 妹戀丹 生流為便無
[訓読]玉たすき 懸けぬ時なく 我が思ふ 妹にし逢はねば あかねさす 昼はしみらに
ぬばたまの 夜はすがらに 寐も寝ずに 妹に恋ふるに 生けるすべなし
[仮名],たまたすき,かけぬときなく,あがおもふ,いもにしあはねば,あかねさす,ひるは
しみらに,ぬばたまの,よるはすがらに,いもねずに,いもにこふるに,いけるすべなし
3298
[題詞]反歌
[原文]縦恵八師 二々火四吾妹 生友 各鑿社吾 戀度七目
[訓読]よしゑやし死なむよ我妹生けりともかくのみこそ我が恋ひわたりなめ
[仮名],よしゑやし,しなむよわぎも,いけりとも,かくのみこそあが,こひわたりなめ
3299
[題詞]
[原文]見渡尓 妹等者立志 是方尓 吾者立而 思虚 不安國 嘆虚 不安國 左丹と之 小
舟毛鴨 玉纒之 小楫毛鴨 榜渡乍毛 相語妻遠
[訓読]見わたしに 妹らは立たし この方に 我れは立ちて 思ふそら 安けなくに 嘆く
そら 安けなくに さ丹塗りの 小舟もがも 玉巻きの 小楫もがも 漕ぎ渡りつつも 語
らふ妻を
[仮名],みわたしに,いもらはたたし,このかたに,われはたちて,おもふそら,やすけなく
に,なげくそら,やすけなくに,さにぬりの,をぶねもがも,たままきの,をかぢもがも,こぎ
わたりつつも,かたらふつまを
3299S
[題詞]或本歌頭句云
[原文]己母理久乃 波都世乃加波乃 乎知可多尓 伊母良波多々志 己乃加多尓 和礼波
多知弖
[訓読]こもりくの 泊瀬の川の 彼方に 妹らは立たし この方に 我れは立ちて
[仮名],こもりくの,はつせのかはの,をちかたに,いもらはたたし,このかたに,われはた
ちて
3300
[題詞]
[原文]忍照 難波乃埼尓 引登 赤曽朋舟 曽朋舟尓 綱取繋 引豆良比 有雙雖為 日豆良
賓 有雙雖為 有雙不得叙 所言西我身
[訓読]おしてる 難波の崎に 引き泝る 赤のそほ舟 そほ舟に 網取り懸け 引こづらひ
ありなみすれど 言ひづらひ ありなみすれど ありなみえずぞ 言はえにし我が身
[仮名],おしてる,なにはのさきに,ひきのぼる,あかのそほぶね,そほぶねに,あみとりか
け,ひこづらひ,ありなみすれど,いひづらひ,ありなみすれど,ありなみえずぞ,いはえに
しあがみ
3301
[題詞]
[原文]神風之 伊勢<乃>海之 朝奈伎尓 来依深海松 暮奈藝尓 来因俣海松 深海松乃
深目師吾乎 俣海松乃 復去反 都麻等不言登可聞 思保世流君
[訓読]神風の 伊勢の海の 朝なぎに 来寄る深海松 夕なぎに 来寄る俣海松 深海松の
深めし我れを 俣海松の また行き帰り 妻と言はじとかも 思ほせる君
[仮名],かむかぜの,いせのうみの,あさなぎに,きよるふかみる,ゆふなぎに,きよるまた
みる,ふかみるの,ふかめしわれを,またみるの,またゆきかへり,つまといはじとかも,お
もほせるきみ
3302
[題詞]
[原文]紀伊國之 室之江邊尓 千<年>尓 障事無 万世尓 如是将<在>登 大舟之 思恃而
出立之 清瀲尓 朝名寸二 来依深海松 夕難岐尓 来依縄法 深海松之 深目思子等遠 縄
法之 引者絶登夜 散度人之 行之屯尓 鳴兒成 行取左具利 梓弓 弓腹振起 志乃岐羽矣
二手<狭> 離兼 人斯悔 戀思者
[訓読]紀の国の 牟婁の江の辺に 千年に 障ることなく 万代に かくしもあらむと 大
船の 思ひ頼みて 出立の 清き渚に 朝なぎに 来寄る深海松 夕なぎに 来寄る縄海苔
深海松の 深めし子らを 縄海苔の 引けば絶ゆとや 里人の 行きの集ひに 泣く子なす
行き取り探り 梓弓 弓腹振り起し しのぎ羽を 二つ手挟み 放ちけむ 人し悔しも 恋
ふらく思へば
[仮名],きのくにの,むろのえのへに,ちとせに,さはることなく,よろづよに,かくしもあ
らむと,おほぶねの,おもひたのみて,いでたちの,きよきなぎさに,あさなぎに,きよるふ
かみる,ゆふなぎに,きよるなはのり,ふかみるの,ふかめしこらを,なはのりの,ひけばた
ゆとや,さとびとの,ゆきのつどひに,なくこなす,ゆきとりさぐり,あづさゆみ,ゆばらふ
りおこし,しのぎはを,ふたつたばさみ,はなちけむ,ひとしくやしも,こふらくおもへば
3303
[題詞]
[原文]里人之 吾丹告樂 <汝>戀 愛妻者 黄葉之 散乱有 神名火之 此山邊柄 [或本云
彼山邊] 烏玉之 黒馬尓乗而 河瀬乎 七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴
[訓読]里人の 我れに告ぐらく 汝が恋ふる うつくし夫は 黄葉の 散り乱ひたる 神な
びの この山辺から [或本云 その山辺] ぬばたまの 黒馬に乗りて 川の瀬を 七瀬渡り
て うらぶれて 夫は逢ひきと 人ぞ告げつる
[仮名],さとびとの,あれにつぐらく,ながこふる,うつくしづまは,もみちばの,ちりまが
ひたる,かむなびの,このやまへから,[そのやまへ],ぬばたまの,くろまにのりて,かはのせ
を,ななせわたりて,うらぶれて,つまはあひきと,ひとぞつげつる
3304
[題詞]反歌
[原文]不聞而 黙然有益乎 何如文 <公>之正香乎 人之告鶴
[訓読]聞かずして黙もあらましを何しかも君が直香を人の告げつる
[仮名],きかずして,もだもあらましを,なにしかも,きみがただかを,ひとのつげつる
万葉集 (Manyoshu) | ||