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万葉集 (Manyoshu) | ||
正述心緒
2368
[題詞]正述心緒
[原文]垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國
[訓読]たらちねの母が手離れかくばかりすべなきことはいまだせなくに
[仮名],たらちねの,ははがてはなれ,かくばかり,すべなきことは,いまだせなくに
2369
[題詞](正述心緒)
[原文]人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆 [或本歌云 公矣思尓 暁来鴨]
[訓読]人の寝る味寐は寝ずてはしきやし君が目すらを欲りし嘆かむ [或本歌云 君を
思ふに明けにけるかも]
[仮名],ひとのぬる,うまいはねずて,はしきやし,きみがめすらを,ほりしなげかむ,[きみ
をおもふに,あけにけるかも]
2370
[題詞](正述心緒)
[原文]戀死 戀死耶 玉鉾 路行人 事告<無>
[訓読]恋ひしなば恋ひも死ねとや玉桙の道行く人の言も告げなく
[仮名],こひしなば,こひもしねとや,たまほこの,みちゆくひとの,こともつげなく
2371
[題詞](正述心緒)
[原文]心 千遍雖念 人不云 吾戀つ 見依鴨
[訓読]心には千重に思へど人に言はぬ我が恋妻を見むよしもがも
[仮名],こころには,ちへにおもへど,ひとにいはぬ,あがこひづまを,みむよしもがも
2372
[題詞](正述心緒)
[原文]是量 戀物 知者 遠可見 有物
[訓読]かくばかり恋ひむものぞと知らませば遠くも見べくあらましものを
[仮名],かくばかり,こひむものぞと,しらませば,とほくもみべく,あらましものを
2373
[題詞](正述心緒)
[原文]何時 不戀時 雖不有 夕方<任> 戀無乏
[訓読]いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
[仮名],いつはしも,こひぬときとは,あらねども,ゆふかたまけて,こひはすべなし
2374
[題詞](正述心緒)
[原文]是耳 戀度 玉切 不知命 歳經管
[訓読]かくのみし恋ひやわたらむたまきはる命も知らず年は経につつ
[仮名],かくのみし,こひやわたらむ,たまきはる,いのちもしらず,としはへにつつ
2375
[題詞](正述心緒)
[原文]吾以後 所生人 如我 戀為道 相与勿湯目
[訓読]我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
[仮名],われゆのち,うまれむひとは,あがごとく,こひするみちに,あひこすなゆめ
2376
[題詞](正述心緒)
[原文]健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度
[訓読]ますらをの現し心も我れはなし夜昼といはず恋ひしわたれば
[仮名],ますらをの,うつしごころも,われはなし,よるひるといはず,こひしわたれば
2377
[題詞](正述心緒)
[原文]何為 命継 吾妹 不戀前 死物
[訓読]何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
[仮名],なにせむに,いのちつぎけむ,わぎもこに,こひぬさきにも,しなましものを
2378
[題詞](正述心緒)
[原文]吉恵哉 不来座公 何為 不Q吾 戀乍居
[訓読]よしゑやし来まさぬ君を何せむにいとはず我れは恋ひつつ居らむ
[仮名],よしゑやし,きまさぬきみを,なにせむに,いとはずあれは,こひつつをらむ
2379
[題詞](正述心緒)
[原文]見度 近渡乎 廻 今哉来座 戀居
[訓読]見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る
[仮名],みわたせば,ちかきわたりを,たもとほり,いまかきますと,こひつつぞをる
2380
[題詞](正述心緒)
[原文]早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不来座
[訓読]はしきやし誰が障ふれかも玉桙の道見忘れて君が来まさぬ
[仮名],はしきやし,たがさふれかも,たまほこの,みちみわすれて,きみがきまさぬ
2381
[題詞](正述心緒)
[原文]公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉
[訓読]君が目を見まく欲りしてこの二夜千年のごとも我は恋ふるかも
[仮名],きみがめを,みまくほりして,このふたよ,ちとせのごとも,あはこふるかも
2382
[題詞](正述心緒)
[原文]打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人
[訓読]うち日さす宮道を人は満ち行けど我が思ふ君はただひとりのみ
[仮名],うちひさす,みやぢをひとは,みちゆけど,あがおもふきみは,ただひとりのみ
2383
[題詞](正述心緒)
[原文]世中 常如 雖念 半手不<忘> 猶戀在
[訓読]世の中は常かくのみと思へどもはたた忘れずなほ恋ひにけり
[仮名],よのなかは,つねかくのみと,おもへども,はたたわすれず,なほこひにけり
2384
[題詞](正述心緒)
[原文]我勢古波 幸座 遍来 我告来 人来鴨
[訓読]我が背子は幸くいますと帰り来と我れに告げ来む人も来ぬかも
[仮名],わがせこは,さきくいますと,かへりくと,あれにつげこむ,ひともこぬかも
2385
[題詞](正述心緒)
[原文]<麁>玉 五年雖經 吾戀 跡無戀 不止恠
[訓読]あらたまの五年経れど我が恋の跡なき恋のやまなくあやし
[仮名],あらたまの,いつとせふれど,あがこひの,あとなきこひの,やまなくあやし
2386
[題詞](正述心緒)
[原文]石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在
[訓読]巌すら行き通るべきますらをも恋といふことは後悔いにけり
[仮名],いはほすら,ゆきとほるべき,ますらをも,こひといふことは,のちくいにけり
2387
[題詞](正述心緒)
[原文]日<位> 人可知 今日 如千歳 有与鴨
[訓読]日並べば人知りぬべし今日の日は千年のごともありこせぬかも
[仮名],ひならべば,ひとしりぬべし,けふのひは,ちとせのごとも,ありこせぬかも
2388
[題詞](正述心緒)
[原文]立座 <態>不知 雖念 妹不告 間使不来
[訓読]立ちて居てたづきも知らず思へども妹に告げねば間使も来ず
[仮名],たちてゐて,たづきもしらず,おもへども,いもにつげねば,まつかひもこず
2389
[題詞](正述心緒)
[原文]烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
[訓読]ぬばたまのこの夜な明けそ赤らひく朝行く君を待たば苦しも
[仮名],ぬばたまの,このよなあけそ,あからひく,あさゆくきみを,またばくるしも
2390
[題詞](正述心緒)
[原文]戀為 死為物 有<者> 我身千遍 死反
[訓読]恋するに死するものにあらませば我が身は千たび死にかへらまし
[仮名],こひするに,しにするものに,あらませば,あがみはちたび,しにかへらまし
2391
[題詞](正述心緒)
[原文]玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
[訓読]玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
[仮名],たまかぎる,きのふのゆふへ,みしものを,けふのあしたに,こふべきものか
2392
[題詞](正述心緒)
[原文]中々 不見有 従相見 戀心 益念
[訓読]なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
[仮名],なかなかに,みずあらましを,あひみてゆ,こほしきこころ,ましておもほゆ
2393
[題詞](正述心緒)
[原文]玉桙 道不行為有者 惻隠 此有戀 不相
[訓読]玉桙の道行かずあらばねもころのかかる恋には逢はざらましを
[仮名],たまほこの,みちゆかずあらば,ねもころの,かかるこひには,あらざらましを
2394
[題詞](正述心緒)
[原文]朝影 吾身成 玉垣入 風所見 去子故
[訓読]朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
[仮名],あさかげに,あがみはなりぬ,たまかきる,ほのかにみえて,いにしこゆゑに
2395
[題詞](正述心緒)
[原文]行々 不相妹故 久方 天露霜 <沾>在哉
[訓読]行き行きて逢はぬ妹ゆゑひさかたの天露霜に濡れにけるかも
[仮名],ゆきゆきて,あはぬいもゆゑ,ひさかたの,あまつゆしもに,ぬれにけるかも
2396
[題詞](正述心緒)
[原文]玉坂 吾見人 何有 依以 亦一目見
[訓読]たまさかに我が見し人をいかならむよしをもちてかまた一目見む
[仮名],たまさかに,わがみしひとを,いかならむ,よしをもちてか,またひとめみむ
2397
[題詞](正述心緒)
[原文]ま 不見戀 吾妹 日々来 事繁
[訓読]しましくも見ぬば恋ほしき我妹子を日に日に来れば言の繁けく
[仮名],しましくも,みぬばこほしき,わぎもこを,ひにひにくれば,ことのしげけく
2398
[題詞](正述心緒)
[原文]<玉>切 及世定 恃 公依 事繁
[訓読]たまきはる世までと定め頼みたる君によりてし言の繁けく
[仮名],たまきはる,よまでとさだめ,たのみたる,きみによりてし,ことのしげけく
2399
[題詞](正述心緒)
[原文]朱引 秦不經 雖寐 心異 我不念
[訓読]赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに
[仮名],あからひく,はだもふれずて,いぬれども,こころをけには,わがおもはなくに
2400
[題詞](正述心緒)
[原文]伊田何 極太甚 利心 及失念 戀故
[訓読]いで何かここだはなはだ利心の失するまで思ふ恋ゆゑにこそ
[仮名],いでなにか,ここだはなはだ,とごころの,うするまでおもふ,こひゆゑにこそ
2401
[題詞](正述心緒)
[原文]戀死 戀死哉 我妹 吾家門 過行
[訓読]恋ひ死なば恋ひも死ねとか我妹子が我家の門を過ぎて行くらむ
[仮名],こひしなば,こひもしねとか,わぎもこが,わぎへのかどを,すぎてゆくらむ
2402
[題詞](正述心緒)
[原文]妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無
[訓読]妹があたり遠くも見ればあやしくも我れは恋ふるか逢ふよしなしに
[仮名],いもがあたり,とほくもみれば,あやしくも,あれはこふるか,あふよしなしに
2403
[題詞](正述心緒)
[原文]玉久世 清川原 身秡為 齊命 妹為
[訓読]玉くせの清き川原にみそぎして斎ふ命は妹がためこそ
[仮名],たまくせの,きよきかはらに,みそぎして,いはふいのちは,いもがためこそ
2404
[題詞](正述心緒)
[原文]思依 見依 物有 一日間 忘念
[訓読]思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
[仮名],おもひより,みてはよりにし,ものにあれば,ひとひのあひだも,わすれておもへ
や
2405
[題詞](正述心緒)
[原文]垣廬鳴 人雖云 狛錦 紐解開 公無
[訓読]垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
[仮名],かきほなす,ひとはいへども,こまにしき,ひもときあけし,きみならなくに
2406
[題詞](正述心緒)
[原文]狛錦 紐解開 夕<谷> 不知有命 戀有
[訓読]高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
[仮名],こまにしき,ひもときあけて,ゆふへだに,しらずあるいのち,こひつつかあらむ
2407
[題詞](正述心緒)
[原文]百積 船潜納 八占刺 母雖問 其名不謂
[訓読]百積の船隠り入る八占さし母は問ふともその名は告らじ
[仮名],ももさかの,ふねかくりいる,やうらさし,はははとふとも,そのなはのらじ
2408
[題詞](正述心緒)
[原文]眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念<吾>
[訓読]眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
[仮名],まよねかき,はなひひもとけ,まつらむか,いつかもみむと,おもへるわれを
2409
[題詞](正述心緒)
[原文]君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒
[訓読]君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも我が下紐の結ふ手いたづらに
[仮名],きみにこひ,うらぶれをれば,くやしくも,わがしたびもの,ゆふていたづらに
2410
[題詞](正述心緒)
[原文]璞之 年者竟杼 敷白之 袖易子少 忘而念哉
[訓読]あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
[仮名],あらたまの,としははつれど,しきたへの,そでかへしこを,わすれておもへや
2411
[題詞](正述心緒)
[原文]白細布 袖小端 見柄 如是有戀 吾為鴨
[訓読]白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
[仮名],しろたへの,そでをはつはつ,みしからに,かかるこひをも,あれはするかも
2412
[題詞](正述心緒)
[原文]我妹 戀無乏 夢見 吾雖念 不所寐
[訓読]我妹子に恋ひすべながり夢に見むと我れは思へど寐ねらえなくに
[仮名],わぎもこに,こひすべながり,いめにみむと,われはおもへど,いねらえなくに
2413
[題詞](正述心緒)
[原文]故無 吾裏紐 令解 人莫知 及正逢
[訓読]故もなく我が下紐を解けしめて人にな知らせ直に逢ふまでに
[仮名],ゆゑもなく,わがしたびもを,とけしめて,ひとになしらせ,ただにあふまでに
2414
[題詞](正述心緒)
[原文]戀事 意追不得 出行者 山川 不知来
[訓読]恋ふること慰めかねて出でて行けば山を川をも知らず来にけり
[仮名],こふること,なぐさめかねて,いでてゆけば,やまをかはをも,しらずきにけり
万葉集 (Manyoshu) | ||