University of Virginia Library

4.2. 墨繪浮氣袖

女の衣服の縫樣は。仁和四十六代孝謙てんわうの御時。はじめて是を定めさせ給 ひ。和國の風俗見よげにはなりぬ。惣じて貴人の御小袖など仕立あげけるには。そも /\鍼刺の數を改め置て。仕舞時又針を讀て萬を大事に掛。殊更に身を清めさはりあ る女は。此座敷出べき事にあらず。自もいつとなく手のきゝければ。お物師役の勤め をせしに。心静に身ををさめ色道は氣さんじにやみて南明の窓をたのしみ。石菖蒲に 目をよろこばし。中間買の安部茶飯田町の鶴屋がまんぢゆう。女ばかりの一日暮し何 の罪もなく。心にかゝる山の手の月も曇なく。是が佛常樂我浄の身ぞとおもひしに。 若殿樣の御下に召とてねり島のうら形にいかなる繪師か筆をうごかせし。男女

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のまじはり裸身のしゝをき、女は妖淫き肌を白地になし、跟を空に指 先かゞめ、其戲れ
見るに瞬くなつてさながら人形とはおもはれず。
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うごかぬ口から睦語をもいふかと嫌疑れ、もや/\と上氣して
しばし針筥に靠りて殿心の發り。指貫糸巻も手につかずして。御小袖縫事は外 になしうか/\と思ひ暮してまだ惜夜を。今から獨寢もさびしく。ありこしぬるむか しの事ひとつひとつおもふに。我心ながら哀れにかなしく。潜然しは實笑ふは僞りな りしが虚實のふたつ共に皆惡からぬ男のみ。いと愛あまりて契の程なく。婬酒美食に 身を捨させ。ながき浮世を短く見せしを今おもへばうたてし。子細ありて思ひ出す程 の男も。數折につきず世には一生の間に男ひとりの外をしらず。縁なき別れに後夫を 求めず無常の別れに出家となり。かく身をかためて愛別離苦のことはりをしる女も有 に。我口惜きこゝろさし今迄の事さへかぎりのなきに。是非堪忍と心中を極めしうち に。夜も曙になりて同し枕の女ほうばいも目覺して。手づから寢道具を疊揚て一合食 を待かね宵の燃杭さがして莨宕はしたなく呑ちらし誰に見すべき姿にもあらぬ。黒髪 の亂しをそこ/\に取集て。古もとゆひかけていそがし態にゆがむもかまはず。鬢水 を捨る時窓のくれ竹の陰より覗ば。長屋住ゐの侍衆にめしつかはれし。中間と見えし が朝の買物芝肴をかごに入。片手に酢徳利付木を持添。人の見るをもしらず立ながら 紺のだいなしの
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妻をまくりあげて、逆手に持て小便をする
音羽の瀧のごとく溝石をこかし。地のほるゝ事おもひの淵となりて。あゝあの 男目あたら
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鑓先
を都の嶋原陣の役にも立ず何の高名もなく 其まゝに年の寄なむ事ををしみ悔みて。忽に此事募て御奉公も成難く。季中に病つく りて御暇請て。本郷六丁目の裏棚へ宿下をして。露路口の柱に此奥に萬物ぬひ仕立屋 と張札をして。そればかりに身を自由に持て。いかなる男成とも來るを幸とおもひし に。無用の女らう衆斗たづねよりて。當世衣裳の縫好みいやながら請とりて。一丁三 所にくけてやりしも無理なり。明暮こゝろだまにいたづらおこれど。さながらそれと は云がたく。或時思ひ出して。下女に小袋もたせて。本町に行て我勤めし時屋形へお 出入申されし越後屋といへる呉服所に尋ねよりて。自牢人の身となり今程は獨暮せし が。内には猫もなく東隣は不斷留守。にし隣は七十あまりの姥然も耳遠し。向ひは五 加木の生垣にて人ぎれなし。あの筋の屋敷へ商にお出あらば。かならずお寄なされて 休みて御座れと申て。兩加賀半疋紅の片袖龍門のおひ一筋取て行。棚商に掛はかたく せぬ事なれども。此女にほだされ若い口からいやとは云兼て。代銀のとんじやくなし に遣しける。其程なく九月八日になりて此賣掛とれなどいひて。十四五人の手代此物 縫屋へ行事をあらそひける。其中に年がまへなる男戀も情もわきまへず。夢にも十露 盤現にも掛硯をわすれず。京の旦那の爲に白鼠といはれて。大黒柱に寄添て人の善惡 を見て。其のかしこさ又もなき人なるが。おの/\が沙汰するを聞てもどかしく。其 女の掛銀は我にまかせよ。濟さすば首ひきぬいても取て歸らんと。こらへずたづね行 てあらけなく言葉をあらせば。彼女さはぐけしきもなく。すこしの事に遠く歩ませま して。近比/\迷惑なりといひもあへず。梅がへしの着物をぬぎて。物好に染まして きのふけふ二日ならでは肌につけず。帯も是なりとなげ出し。さし當りて銀子もなけ れば御ふしやうながら是をと泪ぐみて。
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丸裸になつて、くれなゐ の二布ばかりになりし。其身のうるはしくしろ%\と肥もせずやせもせず
灸の 跡さへ脂きつたる有樣を見て。隨分物がたき男じた/\とふるひ出し。そもやそも是 がとつてかへらるゝ物か。風かなひかうとおもうてと彼着物をとりて着するを。
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はや女手に入て、「神ぞ情しりさま」と、もたれかゝれば
此親仁颯出して久六呼て。挾筥を明させこまがね五匁四五分抓出し。是を汝に とらするなり下谷通に行て。吉原を見てまゐれしばらくの隙を出すといへば。久六胸 動かし更に眞言にはおもはれず。赤面してお返事も申かねつるが。やう/\合點ゆき て扨は此人
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やりくりの間
我をじやまとや日比のこまかさね だる折を得て。いかにしても分里へもめんふんどしにてはかゝられずといふ。さもあ るべしとてひのぎぬの幅廣を中づもりにして。とらせければはし縫なしに先かきて。 心のゆくにまかせてはしり出ける。其跡は戸に掛がね窓に菅笠を蓋して
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媒もなき戀を取むすびて其後は欲徳外になりて取乱し
若げの至 りとも申されず。江戸棚さん%\にしほうけて京へのぼされける。女も御物師と名に 寄てあなたこなたの御氣を取。一日一歩に定め針筥持せて行ながら。つひにそれはせ ずして手をよく世をわたりけるが。是も尻をむすばぬ糸なるべし

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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