1.3. 國主の艶妾
松の風江戸をならさす。東國づめのとしある大名の御前死去の後。家中は若殿な
き事をかなしみ。色よき女の筋目たゞしきを四十餘人。おつぼねの才覺にて御機嫌程
見合。御寢間ちかく戀を仕掛奉りしに。皆初櫻の花のまへかた一雨のぬれに。ひらき
て盛を見する面影いづれか詠めあくべきにあらず。されども此うちの獨も御氣にいら
ざる事をなげきぬ。是をおもふに東そだちのすゑ%\の女は。あまねくふつゝかに足
ひらたく。くびすぢかならずふとく肌へかたく。心に如在もなくて情にうとく。欲を
しらす物に恐れず。心底まことはありながらかつて色道の慰みにはなりがたし。女は
都にまして何國を沙汰すべし。ひとつは物越程可愛はなし。是わざとならず王城に傳
へていひならへり。其ためしは八雲立國中の男女。言葉のあやぎれせぬ事のみ多し。
是よりはなれ嶋の隱岐の國の人は。その貌はひなびたれども。物いひ都の人にかはる
事なし。やさしくも女の琴碁香歌の道にも心ざしのありしは。むかし此嶋に二の宮親
王流れまし/\。萬其時の風義今に殘れり。よき事は京にあるべしと家ひさしき奥横
目。七十餘歳をすぎて物見るには目がねを掛。向齒まばらにして鮹の風味をわすれ。
かうの物さへ細におろさせ世に樂しみなき朝夕をおくり。ましてや色の道ふんどしか
きながら。女中同前の男心のうき立程大口いふより外はなし。然ども武士の勤め迚袴
かた絹刀わきざしはゆるさず。腰ぬけ役の銀錠をあづかりける。是を京女の目利にの
ぼさるゝは猫に石佛そばに置てから何の氣遣もなし。若ければ釋迦にも預られぬ道具
ぞかし。寂光の都室町の呉服所笹屋の何がしにつきて。此度の御用は若代の手代衆に
は申渡さじ。御隱居夫婦にひそかなる内談と申出さるる迄は何事かと心元なし。律義
千萬なる皃つきして殿樣お目掛を見立にと申されけれは。それはいづれの大名がたに
もある事なり。扨いかなる風俗を御望みと尋ねければ。彼親仁しま梧の掛物筥より女
繪を取出し。大かたは是にあはせて抱へたきとの品好み。是を見るに先年は十五より
十八迄。當世皃はすこし丸く色は薄花櫻にして面道具の四つふそくなく揃へて。目は
細きを好まず眉あつく。鼻の間せはしからず次第高に。口ちひさく齒並あら/\とし
て白く。耳長みあつて縁あさく身をはなれて根迄見えすき。額はわざとならずじねん
のはへどまり。首筋立のびておくれなしの後髪。手の指はたよはく長みあつて爪薄く。
足は八もん三分に定め親指反てうらすきて。胴間つねの人よりながく腰しまりて肉置
たくましからず尻付ゆたやかに。物越衣しやうつきよく。姿に位そなはり心立おとな
しく。女に定まりし藝すぐれて萬にくらからず。身にほくろひとつもなきをのぞみと
あれば。都は廣く女はつきせざる中にも。是程の御物好み稀なるべし。然ども國の守
の御願ひ千金に替させ給へば。世にさへあらばさがし出す。其道を鍛錬したる人置竹
屋町の花屋角右衞門に内證を申わたしぬ。そも/\奉公人の肝煎渡世とする事。捨金
百兩の内拾兩とるなり。此十兩の内を又銀にして拾匁使する口鼻が取ぞかし。目見え
の間衣類なき人はかり衣しやう自由なる事也。白小袖ひとつあるひは黒りんず上着に
惣鹿子。帯は唐織の大幅にひぢりめんのふたの物。御所被に乘物ぶとん迄揃て一日を
銀貳拾目にて借なり。其女御奉公濟ば銀壹枚とる事なり。いやしき者の娘には取親と
て。小家持し町人を頼み其子分にして出すなり。此徳はあなたよりの御祝義をもらひ。
すゑずゑ若殿などもふけ御持米の出し時も取親の仕合也。奉公人もよろしき事をのぞ
めば目見えするもむつかし。小袖のそんりやう貳十目六尺二人の乘物三匁五分。京の
うちはいづかた迄も同じ事なり。小女六分大女八分二度の食は手前にて振舞也。折角
目見えをしても首尾せされば。二十四匁九分のそん銀かなしき世渡りぞかし。あるは
又興に乘じ大坂堺の町衆嶋原四条川原ぐるひの隙に太皷持の坊主を西國衆に仕立。京
中の見せ女を集め慰にせられける。目に入しを引とゞめしめやかに亭主をたのみ。當
座ばかりの執心さりとはおもひよらず。口惜く立歸るをさま/\いひふせられて。さ
もしくも欲にひかれかりなる枕にしたがひ。其諸分とて金子貳分に身を切賣是非もな
き事のみ。それもまづしからぬ人の息女はさもなし。彼人置のかたより兼て見立し美
女を百七十餘見せけれども。ひとりも氣に入ざる事をなげき。我を傳へ聞て小幡の里
人より。住隱れし宇治にきて我を迎て歸り。とりつくろひなしについ見せけるに。江
戸より持てまゐりし女繪にまさりければ。外又せんさくやめて此方のぞみの通万事を
定めて濟ける是を國上らふといへり。はる%\武藏につれくだられ淺草のお下屋しき
に入て。晝夜たのしみ唐のよし野を移す花に暮し。堺町の芝居を呼寄笑ひ明し。世に
また望みはなき榮花なりしに。女はあさましくその事をわすれがたし。されども武士
は掟ただしく奥なる女中は。男見るさへ稀なればましてふんどしの匂ひもしらず。
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菱川が書しこきみのよき姿枕を見ては、我を覺ず上氣して、いた
づら心もなき足の跟手のたか/\指を引なびけ、ひとりあそびも
むつかしくま
ことなる戀をお願ひし。惣じて大名は面むきの御勤めしげく。朝夕ちかうめしつかは
れし前髪に。いつとなく御ふびんかゝり女には各別の哀ふかく。御本妻の御事外にな
りける。是をおもふに下%\のごとくりんきといふ事もなきゆゑぞかし。上下萬人戀
をとがめる女程世におそろしきはなし。我薄命の身なから殿樣の御情あさからずして。
うれしく
その甲斐もなく。いまた御年も若
うして地黄丸の御せんせく。ひとつも埓の明ざる事のみ。此上ながらの不仕合人には
語られず明暮是を悔むうちに。殿次第にやせさせ給ひ御風情醜かりしに。都の女のす
きなるゆゑぞと。思ひの外にうたがはれて。戀しらずの家老どもが心得にして。俄に
御暇出され又親里におくられける。世間を見るにかならず生れつきて。男のよわ藏は
女の身にしてはかなしき物ぞかし
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
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