University of Virginia Library

読書と家政

 婦人に読書を勧めることに対して、婦人を家政から遠ざからしめるものだとの批難があるかも知れませんが、近頃米国で婦人の参政権を許した各州の成績を男子側から公式に報告せられた所では、どの州の婦人も一斉に予期以上の良好な成績を挙げていて、家政を ( おろそ ) かにした婦人は選挙の時にさえ一人もなかったといいます。智力の優った米国婦人の行為を私どもが一足飛びに学ぶことは困難でしょうが、屋外行動の伴う政治に関係するのでなく、私どもは家庭内にあって読書の時間を得ようとするのですから、心掛次第で十分家事と並行させることが出来ると確信しています。日本婦人の平生は家政以外のくだらない事で随分だらだらと無駄な時間を費しています。その家政というのも少し努力すれば簡易に済ますことの出来る余地がいくらもあります。また茶の湯とか、 挿花 ( そうか ) とか、遊芸とかの 稽古事 ( けいこごと ) で過当な時間と精力を費しているのも非現代的だと考えます。私どもは 倫敦 ( ロンドン ) の婦人が少しの暇さえあれば家庭でも電車の中でも書物を ( ひら ) いている熱心と聡明とを学ばねばなりません。

 それから私ども婦人の互に戒めねばならぬことは、どんなに読書をしても、またどんな物事に理解が出来初めても、それを誇るべきことのように思ってはならないことです。私どもはあくまでも謙譲と慎重とで終始しなくてはなりません。さなきだに婦人の性情には少し学問でもすると 半可通 ( はんかつう ) を振廻したがる悪習が潜んでおります。そういう女性の悪習を一掃することも私どもが智力を養う理由の一つであることを自覚して掛りたいと思います。 仏蘭西 ( フランス ) 未来派のサンポワン女史が三、四年来、婦人自ら内にある女性を絶滅せねばならぬと叫んでいるのも、女性の一切を不純不良な物として誇張した ( きらい ) はありますが、婦人がとかく見て見ぬ ( ふり ) をしていた自分の最大欠点を暴露してそれを絶滅しようとする誠意と勇気とは私どもの学ぶべき所です。

 高度の智力は婦人をして自重と謙譲と貞淑との必要を明かに理解させますから、家庭及び社会がその程度にまで婦人みずから教育しようとする気風を奨励擁護して頂きたいと思います。その程度にまで達しない粗末至極な教育を施して置きながら、学問が一概に婦人を生意気にし徳操的に堕落させる物のように臆断する世人の多いのは心外です。低級な学問をした者が軽挙妄動し諸種の誘惑に身を誤りやすいのは男も同じ事でしょう。婦人の智力の向上は婦人自身の発奮が何より太切ですけれど、周囲もまた男女に由って教育の待遇を分つ悪習を自ら反省して頂かねばなりません。(一九一五年十二月)