University of Virginia Library

       四

 今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き 椿 ( つばき ) が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り広げて吸い込んでいる。君の住む岩内の港の水は、まだ流れこむ 雪解 ( ゆきげ ) の水に薄濁るほどにもなってはいまい。鋼鉄を水で溶かしたような海面が、ややもすると 角立 ( かどだ ) った波をあげて、岸を目がけて終日攻めよせているだろう。それにしてももう老いさらぼえた雪道を器用に拾いながら、金魚売りが 天秤棒 ( てんびんぼう ) をになって、無理にも春をよび ( ) ますような売り声を立てる季節にはなったろう。浜には 津軽 ( つがる ) 秋田 ( あきた ) へんから集まって来た 旅雁 ( りょがん ) のような漁夫たちが、 ( にしん ) 建網 ( たてあみ ) の修繕をしたり、 大釜 ( おおがま ) ( ) ( ) けをしたりして、黒ずんだ自然の中に、毛布の甲がけや 外套 ( がいとう ) のけばけばしい赤色をまき散らす季節にはなったろう。このころ私はまた妙に君を思い出す。君の張り切った生活のありさまを頭に描く。君はまざまざと私の想像の視野に現われ出て来て、見るように君の生活とその周囲とを私に見せてくれる。芸術家にとっては夢と ( うつつ ) との ( しきい ) はないと言っていい。彼は現実を見ながら眠っている事がある。夢を見ながら目を見開いている事がある。私が私の想像にまかせて、ここに君の姿を写し出してみる事を君は拒むだろうか。私の鈍い頭にも同感というものの力がどのくらい働きうるかを私は自分でためしてみたいのだ。君の寛大はそれを許してくれる事と私はきめてかかろう。

 君を思い出すにつけて、私の頭にすぐ浮かび出て来るのは、なんと言ってもさびしく物すさまじい北海道の冬の光景だ。