万葉集 (Manyoshu) | ||
問答
3305
[題詞]問答
[原文]物不念 道行去毛 青山乎 振放見者 茵花 香<未>通女 櫻花 盛未通女 汝乎曽母
吾丹依云 吾S毛曽 汝丹依云 荒山毛 人師依者 余所留跡序云 汝心勤
[訓読]物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花
栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをもぞ 汝れに寄すといふ 荒山も 人し
寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ
[仮名],ものもはず,みちゆくゆくも,あをやまを,ふりさけみれば,つつじばな,にほえを
とめ,さくらばな,さかえをとめ,なれをぞも,われによすといふ,われをもぞ,なれによす
といふ,あらやまも,ひとしよすれば,よそるとぞいふ,ながこころゆめ
3306
[題詞]反歌
[原文]何為而 戀止物序 天地乃 神乎祷迹 吾八思益
[訓読]いかにして恋やむものぞ天地の神を祈れど我れは思ひ増す
[仮名],いかにして,こひやむものぞ,あめつちの,かみをいのれど,われはおもひます
3307
[題詞]
[原文]然有社 <年>乃八歳S 鑚髪乃 吾同子S過 橘 末枝乎過而 此河能 下<文>長 汝
情待
[訓読]しかれこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝を過ぎて この川
の 下にも長く 汝が心待て
[仮名],しかれこそ,としのやとせを,きりかみの,よちこをすぎ,たちばなの,ほつえをす
ぎて,このかはの,したにもながく,ながこころまて
3308
[題詞]反歌
[原文]天地之 神尾母吾者 祷而寸 戀云物者 都不止来
[訓読]天地の神をも我れは祈りてき恋といふものはかつてやまずけり
[仮名],あめつちの,かみをもわれは,いのりてき,こひといふものは,かつてやまずけり
3309
[題詞]柿本朝臣人麻呂之集歌
[原文]物不念 路行去裳 青山乎 振酒見者 都追慈花 尓太遥越賣 作樂花 佐可遥越賣
汝乎叙母 吾尓依云 吾乎叙物 汝尓依云 汝者如何念也 念社 歳八<年>乎 斬髪 与知子
乎過 橘之 末枝乎須具里 此川之 下母長久 汝心待
[訓読]物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花
栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをぞも 汝れに寄すといふ 汝はいかに
思ふや 思へこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝をすぐり この川
の 下にも長く 汝が心待て
[仮名],ものもはず,みちゆくゆくも,あをやまを,ふりさけみれば,つつじばな,にほえを
とめ,さくらばな,さかえをとめ,なれをぞも,われによすといふ,われをぞも,なれによす
といふ,なはいかにおもふや,おもへこそ,としのやとせを,きりかみの,よちこをすぎ,た
ちばなの,ほつえをすぐり,このかはの,したにもながく,ながこころまて
3310
[題詞]
[原文]隠口乃 泊瀬乃國尓 左結婚丹 吾来者 棚雲利 雪者零来 左雲理 雨者落来 野鳥
雉動 家鳥 可鶏毛鳴 左夜者明 此夜者昶奴 入而<且>将眠 此戸開為
[訓読]隠口の 泊瀬の国に さよばひに 我が来れば たな曇り 雪は降り来 さ曇り 雨
は降り来 野つ鳥 雉は響む 家つ鳥 鶏も鳴く さ夜は明け この夜は明けぬ 入りてか
つ寝む この戸開かせ
[仮名],こもりくの,はつせのくにに,さよばひに,わがきたれば,たなぐもり,ゆきはふり
く,さぐもり,あめはふりく,のつとり,きぎしはとよむ,いへつとり,かけもなく,さよはあ
け,このよはあけぬ,いりてかつねむ,このとひらかせ
3311
[題詞]反歌
[原文]隠来乃 泊瀬小國丹 妻有者 石者履友 猶来々
[訓読]隠口の泊瀬小国に妻しあれば石は踏めどもなほし来にけり
[仮名],こもりくの,はつせをぐにに,つましあれば,いしはふめども,なほしきにけり
3312
[題詞]
[原文]隠口乃 長谷小國 夜延為 吾天皇寸与 奥床仁 母者睡有 外床丹 父者寐有 起立
者 母可知 出行者 父可知 野干<玉>之 夜者昶去奴 幾許雲 不念如 隠つ香聞
[訓読]隠口の 泊瀬小国に よばひせす 我が天皇よ 奥床に 母は寐ねたり 外床に 父
は寐ねたり 起き立たば 母知りぬべし 出でて行かば 父知りぬべし ぬばたまの 夜は
明けゆきぬ ここだくも 思ふごとならぬ 隠り妻かも
[仮名],こもりくの,はつせをぐにに,よばひせす,わがすめろきよ,おくとこに,はははい
ねたり,とどこに,ちちはいねたり,おきたたば,ははしりぬべし,いでてゆかば,ちちしり
ぬべし,ぬばたまの,よはあけゆきぬ,ここだくも,おもふごとならぬ,こもりづまかも
3313
[題詞]反歌
[原文]川瀬之 石迹渡 野干玉之 黒馬之来夜者 常二有沼鴨
[訓読]川の瀬の石踏み渡りぬばたまの黒馬来る夜は常にあらぬかも
[仮名],かはのせの,いしふみわたり,ぬばたまの,くろまくるよは,つねにあらぬかも
3314
[題詞]
[原文]次嶺經 山背道乎 人都末乃 馬従行尓 己夫之 歩従行者 毎見 哭耳之所泣 曽許
思尓 心之痛之 垂乳根乃 母之形見跡 吾持有 真十見鏡尓 蜻領巾 負並持而 馬替吾背
[訓読]つぎねふ 山背道を 人夫の 馬より行くに 己夫し 徒歩より行けば 見るごとに
音のみし泣かゆ そこ思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と 我が持てる まそみ
鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へ我が背
[仮名],つぎねふ,やましろぢを,ひとづまの,うまよりゆくに,おのづまし,かちよりゆけ
ば,みるごとに,ねのみしなかゆ,そこおもふに,こころしいたし,たらちねの,ははがかた
みと,わがもてる,まそみかがみに,あきづひれ,おひなめもちて,うまかへわがせ
3315
[題詞]反歌
[原文]泉<川> 渡瀬深見 吾世古我 旅行衣 蒙沾鴨
[訓読]泉川渡り瀬深み我が背子が旅行き衣ひづちなむかも
[仮名],いづみがは,わたりぜふかみ,わがせこが,たびゆきごろも,ひづちなむかも
3316
[題詞]或本反歌曰
[原文]清鏡 雖持吾者 記無 君之歩行 名積去見者
[訓読]まそ鏡持てれど我れは験なし君が徒歩よりなづみ行く見れば
[仮名],まそかがみ,もてれどわれは,しるしなし,きみがかちより,なづみゆくみれば
3317
[題詞]
[原文]馬替者 妹歩行将有 縦恵八子 石者雖履 吾二行
[訓読]馬買はば妹徒歩ならむよしゑやし石は踏むとも我はふたり行かむ
[仮名],うまかはば,いもかちならむ,よしゑやし,いしはふむとも,わはふたりゆかむ
3318
[題詞]
[原文]木國之 濱因云 <鰒>珠 将拾跡云而 妹乃山 勢能山越而 行之君 何時来座跡 玉
桙之 道尓出立 夕卜乎 吾問之可婆 夕卜之 吾尓告良久 吾妹兒哉 汝待君者 奥浪 来因
白珠 邊浪之 緑<流>白珠 求跡曽 君之不来益 拾登曽 公者不来益 久有 今七日許 早
有者 今二日許 将有等曽 君<者>聞之二々 勿戀吾妹
[訓読]紀の国の 浜に寄るといふ 鰒玉 拾はむと言ひて 妹の山 背の山越えて 行きし
君 いつ来まさむと 玉桙の 道に出で立ち 夕占を 我が問ひしかば 夕占の 我れに告
らく 我妹子や 汝が待つ君は 沖つ波 来寄る白玉 辺つ波の 寄する白玉 求むとぞ 君
が来まさぬ 拾ふとぞ 君は来まさぬ 久ならば いま七日ばかり 早くあらば いま二日
ばかり あらむとぞ 君は聞こしし な恋ひそ我妹
[仮名],きのくにの,はまによるといふ,あはびたま,ひりはむといひて,いものやま,せの
やまこえて,ゆきしきみ,いつきまさむと,たまほこの,みちにいでたち,ゆふうらを,わが
とひしかば,ゆふうらの,われにつぐらく,わぎもこや,ながまつきみは,おきつなみ,きよ
るしらたま,へつなみの,よするしらたま,もとむとぞ,きみがきまさぬ,ひりふとぞ,きみ
はきまさぬ,ひさならば,いまなぬかばかり,はやくあらば,いまふつかばかり,あらむと
ぞ,きみはきこしし,なこひそわぎも
3319
[題詞]反歌
[原文]杖衝毛 不衝毛吾者 行目友 公之将来 道之不知苦
[訓読]杖つきもつかずも我れは行かめども君が来まさむ道の知らなく
[仮名],つゑつきも,つかずもわれは,ゆかめども,きみがきまさむ,みちのしらなく
3320
[題詞]
[原文]直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見
[訓読]直に行かずこゆ巨勢道から石瀬踏み求めぞ我が来し恋ひてすべなみ
[仮名],ただにゆかず,こゆこせぢから,いはせふみ,もとめぞわがこし,こひてすべなみ
3321
[題詞]
[原文]左夜深而 今者明奴登 開戸手 木部行君乎 何時可将待
[訓読]さ夜更けて今は明けぬと戸を開けて紀へ行く君をいつとか待たむ
[仮名],さよふけて,いまはあけぬと,とをあけて,きへゆくきみを,いつとかまたむ
3322
[題詞]
[原文]門座 郎子内尓 雖至 痛之戀者 今還金
[訓読]門に居る我が背は宇智に至るともいたくし恋ひば今帰り来む
[仮名],かどにゐる,わがせはうちに,いたるとも,いたくしこひば,いまかへりこむ
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