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 その の十二時に近い時分、遠藤は独り婆さんの家の前にたたずみながら、二階の硝子窓に映る 火影 ほかげ 口惜 くや しそうに見つめていました。

「折角御嬢さんの りかをつきとめながら、とり戻すことが出来ないのは残念だな。一そ警察へ訴えようか? いや、いや、支那の警察が手ぬるいことは、香港でもう懲り懲りしている。万一今度も逃げられたら、又探すのが一苦労だ。といってあの魔法使には、ピストルさえ役に立たないし、――」

 遠藤がそんなことを考えていると、突然高い二階の窓から、ひらひら落ちて来た紙切れがあります。

「おや、紙切れが落ちて来たが、――もしや御嬢さんの手紙じゃないか?」

 こう つぶや いた遠藤は、その紙切れを、拾い上げながらそっと隠した懐中電燈を出して、まん まる な光に照らして見ました。すると果して紙切れの上には、妙子が書いたのに違いない、消えそうな鉛筆の跡があります。

「遠藤サン。コノ うち ノオ婆サンハ、恐シイ魔法使デス。時々真夜中ニ わたくし ノ体ヘ、『アグニ』トイウ印度ノ神ヲ乗リ移ラセマス。私ハソノ神ガ乗リ移ッテイル間中、死ンダヨウニナッテイルノデス。デスカラドンナ事ガ起ルカ知リマセンガ、何デモオ婆サンノ話デハ、『アグニ』ノ神ガ私ノ口ヲ借リテ、イロイロ予言ヲスルノダソウデス。今夜モ十二時ニハオ婆サンガ又『アグニ』ノ神ヲ乗リ移ラセマス。イツモダト私ハ知ラズ知ラズ、気ガ遠クナッテシマウノデスガ、今夜ハソウナラナイ内ニ、ワザト魔法ニカカッタ 真似 まね ヲシマス。ソウシテ私ヲオ父様ノ所ヘ返サナイト『アグニ』ノ神ガオ婆サンノ命ヲトルト言ッテヤリマス。オ婆サンハ何ヨリモ『アグニ』ノ神ガ こわ イノデスカラ、ソレヲ聞ケバキット私ヲ返スダロウト思イマス。ドウカ 明日 あした ノ朝モウ一度、オ婆サンノ所ヘ来テ下サイ。コノ計略ノ ほか ニハオ婆サンノ手カラ、逃ゲ出スミチハアリマセン。サヨウナラ」

 遠藤は手紙を読み終ると、懐中時計を出して見ました。時計は十二時五分前です。

「もうそろそろ時刻になるな、相手はあんな魔法使だし、御嬢さんはまだ子供だから、余程運が好くないと、――」

 遠藤の言葉が終らない内に、もう魔法が始まるのでしょう。今まで明るかった二階の窓は、急にまっ暗になってしまいました。と同時に不思議な こう におい が、町の敷石にも みる程、どこからか しずか に漂って来ました。