University of Virginia Library

いはむや所により、身のほどにしたがひて、心をなやますこと、 あげてかぞふべからず。もしおのづから身かずならずして、權門 のかたはらに居るものは深く悦ぶことあれども、大にたのしぶに あたはず。なげきある時も、聲をあげて泣くことなし。進退やす からず、たちゐにつけて恐れをのゝくさま、たとへば、雀の鷹の 巣に近づけるがごとし。もし貧しくして富める家の隣にをるもの は、朝夕すぼき姿を恥ぢてへつらひつゝ出で入る妻子、僮僕のう らやめるさまを見るにも、富める家のひとのないがしろなるけし きを聞くにも、心念々にうごきて時としてやすからず。 もしせばき地に居れば、近く炎上する時、その害をのがるゝこと なし。もし邊地にあれば、往反わづらひ多く、盜賊の難はなれが たし。いきほひあるものは貪欲ふかく、ひとり身なるものは人に かろしめらる。寶あればおそれ多く、貧しければなげき切なり。 人を頼めば身他のやつことなり、人をはごくめば心恩愛につかは る。世にしたがへば身くるし。またしたがはねば狂へるに似た り。いづれの所をしめ、いかなるわざをしてか、しばしもこの身 をやどし玉ゆらも心をなぐさむべき。』