University of Virginia Library

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(D)

又おなじ年の六月の頃、にはかに都うつり侍りき。いと思ひの外 なりし事なり。大かたこの京のはじめを聞けば、嵯峨の天皇の 御時、都とさだまりにけるより後、既に數百歳を經たり。 異なるゆゑなくて、たやすく改まるべくもあらねば、これを世の 人、たやすからずうれへあへるさま、ことわりにも過ぎたり。 されどとかくいふかひなくて、みかどよりはじめ奉りて、大臣公 卿ことごとく攝津國難波の京に(八字イ無)うつり給ひぬ。 世に仕ふるほどの人、誰かひとりふるさとに殘り居らむ。官位に 思ひをかけ、主君のかげを頼むほどの人は、一日なりとも、とく うつらむとはげみあへり。時を失ひ世にあまされて、ごする所な きものは、愁へながらとまり居れり。