University of Virginia Library

くさむらの螢は、遠く眞木の島の篝火にまがひ、曉の雨は,おのづ から木の葉吹くあらしに似たり。山鳥のほろほろと鳴くを聞きて も、父か母かとうたがひ、みねのかせきの近くなれたるにつけて も、世にとほざかる程を知る。 或は埋火をかきおこして、老の寢 覺の友とす。おそろしき山ならねど、ふくろふの聲をあはれむに つけても、山中の景氣、折につけてつくることなし。いはむや深 く思ひ、深く知れらむ人のためには、これにしもかぎるべから ず。大かた此所に住みそめしは、あからさまとおもひしかど、今 ま(すイ)でに五とせを經たり。假の庵もやゝふる屋となりて、軒 にはくちばふかく、土居に苔むせり。 おのづから事とのたよりに都を聞けば、この山にこもり居て後、 やごとなき人の、かくれ給へるもあまた聞ゆ。ましてその數なら ぬたぐひ、つくしてこれを知るべからず。