万葉集 (Manyoshu) | ||
夏雜歌
1937
[題詞]詠鳥
[原文]大夫<之> 出立向 故郷之 神名備山尓 明来者 柘之左枝尓 暮去者 小松之若末
尓 里人之 聞戀麻田 山彦乃 答響萬田 霍公鳥 都麻戀為良思 左夜中尓鳴
[訓読]大夫の 出で立ち向ふ 故郷の 神なび山に 明けくれば 柘のさ枝に 夕されば
小松が末に 里人の 聞き恋ふるまで 山彦の 相響むまで 霍公鳥 妻恋ひすらし さ夜
中に鳴く
[仮名],ますらをの,いでたちむかふ,ふるさとの,かむなびやまに,あけくれば,つみのさ
えだに,ゆふされば,こまつがうれに,さとびとの,ききこふるまで,やまびこの,あひとよ
むまで,ほととぎす,つまごひすらし,さよなかになく
1938
[題詞](詠鳥)反歌
[原文]客尓為而 妻戀為良思 霍公鳥 神名備山尓 左夜深而鳴
[訓読]旅にして妻恋すらし霍公鳥神なび山にさ夜更けて鳴く
[仮名],たびにして,つまごひすらし,ほととぎす,かむなびやまに,さよふけてなく
1939
[題詞](詠鳥)
[原文]霍公鳥 汝始音者 於吾欲得 五月之珠尓 交而将貫
[訓読]霍公鳥汝が初声は我れにもが五月の玉に交へて貫かむ
[仮名],ほととぎす,ながはつこゑは,われにもが,さつきのたまに,まじへてぬかむ
1940
[題詞](詠鳥)
[原文]朝霞 棚引野邊 足桧木乃 山霍公鳥 何時来将鳴
[訓読]朝霞たなびく野辺にあしひきの山霍公鳥いつか来鳴かむ
[仮名],あさかすみ,たなびくのへに,あしひきの,やまほととぎす,いつかきなかむ
1941
[題詞](詠鳥)
[原文]旦<霧> 八重山越而 喚孤鳥 吟八汝来 屋戸母不有九<二>
[訓読]朝霧の八重山越えて呼子鳥鳴きや汝が来る宿もあらなくに
[仮名],あさぎりの,やへやまこえて,よぶこどり,なきやながくる,やどもあらなくに
1942
[題詞](詠鳥)
[原文]霍公鳥 <鳴>音聞哉 宇能花乃 開落岳尓 田葛引D嬬
[訓読]霍公鳥鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岡に葛引く娘女
[仮名],ほととぎす,なくこゑきくや,うのはなの,さきちるをかに,くずひくをとめ
1943
[題詞](詠鳥)
[原文]月夜吉 鳴霍公鳥 欲見 吾草取有 見人毛欲得
[訓読]月夜よみ鳴く霍公鳥見まく欲り我れ草取れり見む人もがも
[仮名],つくよよみ,なくほととぎす,みまくほり,われくさとれり,みむひともがも
1944
[題詞](詠鳥)
[原文]藤浪之 散巻惜 霍公鳥 今城岳S 鳴而越奈利
[訓読]藤波の散らまく惜しみ霍公鳥今城の岡を鳴きて越ゆなり
[仮名],ふぢなみの,ちらまくをしみ,ほととぎす,いまきのをかを,なきてこゆなり
1945
[題詞](詠鳥)
[原文]旦霧 八重山越而 霍公鳥 宇能花邊柄 鳴越来
[訓読]朝霧の八重山越えて霍公鳥卯の花辺から鳴きて越え来ぬ
[仮名],あさぎりの,やへやまこえて,ほととぎす,うのはなへから,なきてこえきぬ
1946
[題詞](詠鳥)
[原文]木高者 曽木不殖 霍公鳥 来鳴令響而 戀令益
[訓読]木高くはかつて木植ゑじ霍公鳥来鳴き響めて恋まさらしむ
[仮名],こだかくは,かつてきうゑじ,ほととぎす,きなきとよめて,こひまさらしむ
1947
[題詞](詠鳥)
[原文]難相 君尓逢有夜 霍公鳥 他時従者 今<社>鳴目
[訓読]逢ひかたき君に逢へる夜霍公鳥他時よりは今こそ鳴かめ
[仮名],あひかたき,きみにあへるよ,ほととぎす,ことときよりは,いまこそなかめ
1948
[題詞](詠鳥)
[原文]木晩之 暮闇有尓 [一云 有者] 霍公鳥 何處乎家登 鳴渡良<武>
[訓読]木の暗の夕闇なるに [一云 なれば] 霍公鳥いづくを家と鳴き渡るらむ
[仮名],このくれの,ゆふやみなるに[なれば],ほととぎす,いづくをいへと,なきわたるら
む
1949
[題詞](詠鳥)
[原文]霍公鳥 今朝之旦明尓 鳴都流波 君将聞可 朝宿疑将寐
[訓読]霍公鳥今朝の朝明に鳴きつるは君聞きけむか朝寐か寝けむ
[仮名],ほととぎす,けさのあさけに,なきつるは,きみききけむか,あさいかねけむ
1950
[題詞](詠鳥)
[原文]霍公鳥 花橘之 枝尓居而 鳴響者 花波散乍
[訓読]霍公鳥花橘の枝に居て鳴き響もせば花は散りつつ
[仮名],ほととぎす,はなたちばなの,えだにゐて,なきとよもせば,はなはちりつつ
1951
[題詞](詠鳥)
[原文]慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 来喧響目
[訓読]うれたきや醜霍公鳥今こそば声の嗄るがに来鳴き響めめ
[仮名],うれたきや,しこほととぎす,いまこそば,こゑのかるがに,きなきとよめめ
1952
[題詞](詠鳥)
[原文]今夜乃 於保束無荷 霍公鳥 喧奈流聲之 音乃遥左
[訓読]今夜のおほつかなきに霍公鳥鳴くなる声の音の遥けさ
[仮名],こよひの,おほつかなきに,ほととぎす,なくなるこゑの,おとのはるけさ
1953
[題詞](詠鳥)
[原文]五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨
[訓読]五月山卯の花月夜霍公鳥聞けども飽かずまた鳴かぬかも
[仮名],さつきやま,うのはなづくよ,ほととぎす,きけどもあかず,またなかぬかも
1954
[題詞](詠鳥)
[原文]霍公鳥 来居裳鳴香 吾屋前乃 花橘乃 地二落六見牟
[訓読]霍公鳥来居も鳴かぬか我がやどの花橘の地に落ちむ見む
[仮名],ほととぎす,きゐもなかぬか,わがやどの,はなたちばなの,つちにおちむみむ
1955
[題詞](詠鳥)
[原文]霍公鳥 厭時無 菖蒲 蘰将為日 従此鳴度礼
[訓読]霍公鳥いとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ
[仮名],ほととぎす,いとふときなし,あやめぐさ,かづらにせむひ,こゆなきわたれ
1956
[題詞](詠鳥)
[原文]山跡庭 啼而香将来 霍公鳥 汝鳴毎 無人所念
[訓読]大和には鳴きてか来らむ霍公鳥汝が鳴くごとになき人思ほゆ
[仮名],やまとには,なきてかくらむ,ほととぎす,ながなくごとに,なきひとおもほゆ
1957
[題詞](詠鳥)
[原文]宇能花乃 散巻惜 霍公鳥 野出山入 来鳴令動
[訓読]卯の花の散らまく惜しみ霍公鳥野に出で山に入り来鳴き響もす
[仮名],うのはなの,ちらまくをしみ,ほととぎす,のにいでやまにいり,きなきとよもす
1958
[題詞](詠鳥)
[原文]橘之 林乎殖 霍公鳥 常尓冬及 住度金
[訓読]橘の林を植ゑむ霍公鳥常に冬まで棲みわたるがね
[仮名],たちばなの,はやしをうゑむ,ほととぎす,つねにふゆまで,すみわたるがね
1959
[題詞](詠鳥)
[原文]雨へ之 雲尓副而 霍公鳥 指春日而 従此鳴度
[訓読]雨晴れの雲にたぐひて霍公鳥春日をさしてこゆ鳴き渡る
[仮名],あまばれの,くもにたぐひて,ほととぎす,かすがをさして,こゆなきわたる
1960
[題詞](詠鳥)
[原文]物念登 不宿旦開尓 霍公鳥 鳴而左度 為便無左右二
[訓読]物思ふと寐ねぬ朝明に霍公鳥鳴きてさ渡るすべなきまでに
[仮名],ものもふと,いねぬあさけに,ほととぎす,なきてさわたる,すべなきまでに
1961
[題詞](詠鳥)
[原文]吾衣 於君令服与登 霍公鳥 吾乎領 袖尓来居管
[訓読]我が衣を君に着せよと霍公鳥我れをうながす袖に来居つつ
[仮名],わがきぬを,きみにきせよと,ほととぎす,われをうながす,そでにきゐつつ
1962
[題詞](詠鳥)
[原文]本人 霍公鳥乎八 希将見 今哉汝来 戀乍居者
[訓読]本つ人霍公鳥をやめづらしく今か汝が来る恋ひつつ居れば
[仮名],もとつひと,ほととぎすをや,めづらしく,いまかながくる,こひつつをれば
1963
[題詞](詠鳥)
[原文]如是許 雨之零尓 霍公鳥 宇<乃>花山尓 猶香将鳴
[訓読]かくばかり雨の降らくに霍公鳥卯の花山になほか鳴くらむ
[仮名],かくばかり,あめのふらくに,ほととぎす,うのはなやまに,なほかなくらむ
1964
[題詞]詠蝉
[原文]黙然毛将有 時母鳴奈武 日晩乃 物念時尓 鳴管本名
[訓読]黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな
[仮名],もだもあらむ,ときもなかなむ,ひぐらしの,ものもふときに,なきつつもとな
1965
[題詞]詠榛
[原文]思子之 衣将摺尓 々保比与 嶋之榛原 秋不立友
[訓読]思ふ子が衣摺らむににほひこそ島の榛原秋立たずとも
[仮名],おもふこが,ころもすらむに,にほひこそ,しまのはりはら,あきたたずとも
1966
[題詞]詠花
[原文]風散 花橘S 袖受而 為君御跡 思鶴鴨
[訓読]風に散る花橘を袖に受けて君がみ跡と偲ひつるかも
[仮名],かぜにちる,はなたちばなを,そでにうけて,きみがみあとと,しのひつるかも
1967
[題詞](詠花)
[原文]香細寸 花橘乎 玉貫 将送妹者 三礼而毛有香
[訓読]かぐはしき花橘を玉に貫き贈らむ妹はみつれてもあるか
[仮名],かぐはしき,はなたちばなを,たまにぬき,おくらむいもは,みつれてもあるか
1968
[題詞](詠花)
[原文]霍公鳥 来鳴響 橘之 花散庭乎 将見人八孰
[訓読]霍公鳥来鳴き響もす橘の花散る庭を見む人や誰れ
[仮名],ほととぎす,きなきとよもす,たちばなの,はなちるにはを,みむひとやたれ
1969
[題詞](詠花)
[原文]吾屋前之 花橘者 落尓家里 悔時尓 相在君鴨
[訓読]我が宿の花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも
[仮名],わがやどの,はなたちばなは,ちりにけり,くやしきときに,あへるきみかも
1970
[題詞](詠花)
[原文]見渡者 向野邊乃 石竹之 落巻惜毛 雨莫零行年
[訓読]見わたせば向ひの野辺のなでしこの散らまく惜しも雨な降りそね
[仮名],みわたせば,むかひののへの,なでしこの,ちらまくをしも,あめなふりそね
1971
[題詞](詠花)
[原文]雨間開而 國見毛将為乎 故郷之 花橘者 散家<武>可聞
[訓読]雨間明けて国見もせむを故郷の花橘は散りにけむかも
[仮名],あままあけて,くにみもせむを,ふるさとの,はなたちばなは,ちりにけむかも
1972
[題詞](詠花)
[原文]野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母
[訓読]野辺見ればなでしこの花咲きにけり我が待つ秋は近づくらしも
[仮名],のへみれば,なでしこのはな,さきにけり,わがまつあきは,ちかづくらしも
1973
[題詞](詠花)
[原文]吾妹子尓 相市乃花波 落不過 今咲有如 有与奴香聞
[訓読]我妹子に楝の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも
[仮名],わぎもこに,あふちのはなは,ちりすぎず,いまさけるごと,ありこせぬかも
1974
[題詞](詠花)
[原文]春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而将挿頭
[訓読]春日野の藤は散りにて何をかもみ狩の人の折りてかざさむ
[仮名],かすがのの,ふぢはちりにて,なにをかも,みかりのひとの,をりてかざさむ
1975
[題詞](詠花)
[原文]不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有
[訓読]時ならず玉をぞ貫ける卯の花の五月を待たば久しくあるべみ
[仮名],ときならず,たまをぞぬける,うのはなの,さつきをまたば,ひさしくあるべみ
1976
[題詞]問答
[原文]宇能花乃 咲落岳従 霍公鳥 鳴而沙<度> 公者聞津八
[訓読]卯の花の咲き散る岡ゆ霍公鳥鳴きてさ渡る君は聞きつや
[仮名],うのはなの,さきちるをかゆ,ほととぎす,なきてさわたる,きみはききつや
1977
[題詞](問答)
[原文]聞津八跡 君之問世流 霍公鳥 小竹野尓所沾而 従此鳴綿類
[訓読]聞きつやと君が問はせる霍公鳥しののに濡れてこゆ鳴き渡る
[仮名],ききつやと,きみがとはせる,ほととぎす,しののにぬれて,こゆなきわたる
1978
[題詞]譬喩歌
[原文]橘 花落里尓 通名者 山霍公鳥 将令響鴨
[訓読]橘の花散る里に通ひなば山霍公鳥響もさむかも
[仮名],たちばなの,はなちるさとに,かよひなば,やまほととぎす,とよもさむかも
万葉集 (Manyoshu) | ||