万葉集 (Manyoshu) | ||
相聞
1766
[題詞]振田向宿祢退筑紫國時歌一首
[原文]吾妹兒者 久志呂尓有奈武 左手乃 吾奥手<二> 纒而去麻師乎
[訓読]我妹子は釧にあらなむ左手の我が奥の手に巻きて去なましを
[仮名],わぎもこは,くしろにあらなむ,ひだりての,わがおくのてに,まきていなましを
1767
[題詞]抜氣大首任筑紫時娶豊前國娘子紐兒作歌三首
[原文]豊國乃 加波流波吾宅 紐兒尓 伊都我里座者 革流波吾家
[訓読]豊国の香春は我家紐児にいつがり居れば香春は我家
[仮名],とよくにの,かはるはわぎへ,ひものこに,いつがりをれば,かはるはわぎへ
1768
[題詞](抜氣大首任筑紫時娶豊前國娘子紐兒作歌三首)
[原文]石上 振乃早田乃 穂尓波不出 心中尓 戀流<比>日
[訓読]石上布留の早稲田の穂には出でず心のうちに恋ふるこのころ
[仮名],いそのかみ,ふるのわさだの,ほにはいでず,こころのうちに,こふるこのころ
1769
[題詞](抜氣大首任筑紫時娶豊前國娘子紐兒作歌三首)
[原文]如是耳志 戀思度者 霊剋 命毛吾波 惜雲奈師
[訓読]かくのみし恋ひしわたればたまきはる命も我れは惜しけくもなし
[仮名],かくのみし,こひしわたれば,たまきはる,いのちもわれは,をしけくもなし
1770
[題詞]大神大夫任長門守時集三輪河邊宴歌二首
[原文]三諸乃 <神>能於婆勢流 泊瀬河 水尾之不断者 吾忘礼米也
[訓読]みもろの神の帯ばせる泊瀬川水脈し絶えずは我れ忘れめや
[仮名],みもろの,かみのおばせる,はつせがは,みをしたえずは,われわすれめや
1771
[題詞](大神大夫任長門守時集三輪河邊宴歌二首)
[原文]於久礼居而 吾波也将戀 春霞 多奈妣久山乎 君之越去者
[訓読]後れ居て我れはや恋ひむ春霞たなびく山を君が越え去なば
[仮名],おくれゐて,あれはやこひむ,はるかすみ,たなびくやまを,きみがこえいなば
1772
[題詞]大神大夫任筑紫國時阿倍大夫作歌一首
[原文]於久礼居而 吾者哉将戀 稲見野乃 秋芽子見都津 去奈武子故尓
[訓読]後れ居て我れはや恋ひむ印南野の秋萩見つつ去なむ子故に
[仮名],おくれゐて,あれはやこひむ,いなみのの,あきはぎみつつ,いなむこゆゑに
1773
[題詞]獻弓削皇子歌一首
[原文]神南備 神依<板>尓 為杉乃 念母不過 戀之茂尓
[訓読]神なびの神寄せ板にする杉の思ひも過ぎず恋の繁きに
[仮名],かむなびの,かみよせいたに,するすぎの,おもひもすぎず,こひのしげきに
1774
[題詞]獻舎人皇子歌二首
[原文]垂乳根乃 母之命乃 言尓有者 年緒長 憑過武也
[訓読]たらちねの母の命の言にあらば年の緒長く頼め過ぎむや
[仮名],たらちねの,ははのみことの,ことにあらば,としのをながく,たのめすぎむや
1775
[題詞](獻舎人皇子歌二首)
[原文]泊瀬河 夕渡来而 我妹兒何 家門 近舂二家里
[訓読]泊瀬川夕渡り来て我妹子が家の金門に近づきにけり
[仮名],はつせがは,ゆふわたりきて,わぎもこが,いへのかなとに,ちかづきにけり
1776
[題詞]石川大夫遷任上京時播磨娘子贈歌二首
[原文]絶等寸笶 山之<峯>上乃 櫻花 将開春部者 君<之>将思
[訓読]絶等寸の山の峰の上の桜花咲かむ春へは君し偲はむ
[仮名],たゆらきの,やまのをのへの,さくらばな,さかむはるへは,きみをしのはむ
1777
[題詞](石川大夫遷任上京時播磨娘子贈歌二首)
[原文]君無者 奈何身将装餝 匣有 黄楊之小梳毛 将取跡毛不念
[訓読]君なくはなぞ身装はむ櫛笥なる黄楊の小櫛も取らむとも思はず
[仮名],きみなくは,なぞみよそはむ,くしげなる,つげのをぐしも,とらむともおもはず
1778
[題詞]藤井連遷任上京時娘子贈歌一首
[原文]従明日者 吾波孤悲牟奈 名欲<山 石>踏平之 君我越去者
[訓読]明日よりは我れは恋ひむな名欲山岩踏み平し君が越え去なば
[仮名],あすよりは,あれはこひむな,なほりやま,いはふみならし,きみがこえいなば
1779
[題詞]藤井連和歌一首
[原文]命乎志 麻勢久可願 名欲山 石踐平之 復亦毛来武
[訓読]命をしま幸くもがも名欲山岩踏み平しまたまたも来む
[仮名],いのちをし,まさきくもがも,なほりやま,いはふみならし,またまたもこむ
1780
[題詞]鹿嶋郡苅野橋別大伴卿歌一首[并短歌]
[原文]<牡>牛乃 三宅之<滷>尓 指向 鹿嶋之埼尓 狭丹塗之 小船儲 玉纒之 小梶繁貫
夕塩之 満乃登等美尓 三船子呼 阿騰母比立而 喚立而 三船出者 濱毛勢尓 後奈<美
>居而 反側 戀香裳将居 足垂之 泣耳八将哭 海上之 其津乎指而 君之己藝歸者
[訓読]ことひ牛の 三宅の潟に さし向ふ 鹿島の崎に さ丹塗りの 小舟を設け 玉巻き
の 小楫繁貫き 夕潮の 満ちのとどみに 御船子を 率ひたてて 呼びたてて 御船出で
なば 浜も狭に 後れ並み居て こいまろび 恋ひかも居らむ 足すりし 音のみや泣かむ
海上の その津を指して 君が漕ぎ行かば
[仮名],ことひうしの,みやけのかたに,さしむかふ,かしまのさきに,さにぬりの,をぶね
をまけ,たままきの,をかぢしじぬき,ゆふしほの,みちのとどみに,みふなこを,あどもひ
たてて,よびたてて,みふねいでなば,はまもせに,おくれなみゐて,こいまろび,こひかも
をらむ,あしすりし,ねのみやなかむ,うなかみの,そのつをさして,きみがこぎゆかば
1781
[題詞](鹿嶋郡苅野橋別大伴卿歌一首[并短歌])反歌
[原文]海津路乃 名木名六時毛 渡七六 加九多都波二 船出可為八
[訓読]海つ道のなぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや
[仮名],うみつぢの,なぎなむときも,わたらなむ,かくたつなみに,ふなですべしや
1782
[題詞]与妻歌一首
[原文]雪己曽波 春日消良米 心佐閇 消失多列夜 言母不徃来
[訓読]雪こそば春日消ゆらめ心さへ消え失せたれや言も通はぬ
[仮名],ゆきこそば,はるひきゆらめ,こころさへ,きえうせたれや,こともかよはぬ
1783
[題詞]妻和歌一首
[原文]松反 四臂而有八羽 三栗 中上不来 麻呂等言八子
[訓読]松返りしひてあれやは三栗の中上り来ぬ麻呂といふ奴
[仮名],まつがへり,しひてあれやは,みつぐりの,なかのぼりこぬ,まろといふやつこ
1784
[題詞]贈入唐使歌一首
[原文]海若之 何神乎 齊祈者歟 徃方毛来方毛 <船>之早兼
[訓読]海神のいづれの神を祈らばか行くさも来さも船の早けむ
[仮名],わたつみの,いづれのかみを,いのらばか,ゆくさもくさも,ふねのはやけむ
1785
[題詞]神龜五年戊辰秋八月歌一首[并短歌]
[原文]人跡成 事者難乎 和久良婆尓 成吾身者 死毛生毛 <公>之随意常 念乍 有之間
尓 虚蝉乃 代人有者 大王之 御命恐美 天離 夷治尓登 朝鳥之 朝立為管 群鳥之 群立
行者 留居而 吾者将戀奈 不見久有者
[訓読]人となる ことはかたきを わくらばに なれる我が身は 死にも生きも 君がま
にまと 思ひつつ ありし間に うつせみの 世の人なれば 大君の 命畏み 天離る 鄙治
めにと 朝鳥の 朝立ちしつつ 群鳥の 群立ち行かば 留まり居て 我れは恋ひむな 見
ず久ならば
[仮名],ひととなる,ことはかたきを,わくらばに,なれるあがみは,しにもいきも,きみが
まにまと,おもひつつ,ありしあひだに,うつせみの,よのひとなれば,おほきみの,みこと
かしこみ,あまざかる,ひなをさめにと,あさとりの,あさだちしつつ,むらとりの,むらだ
ちゆかば,とまりゐて,あれはこひむな,みずひさならば
1786
[題詞](神龜五年戊辰秋八月歌一首[并短歌])反歌
[原文]三越道之 雪零山乎 将越日者 留有吾乎 懸而小竹葉背
[訓読]み越道の雪降る山を越えむ日は留まれる我れを懸けて偲はせ
[仮名],みこしぢの,ゆきふるやまを,こえむひは,とまれるわれを,かけてしのはせ
1787
[題詞]天平元年己巳冬十二月歌一首[并短歌]
[原文]虚蝉乃 世人有者 大王之 御命恐弥 礒城嶋能 日本國乃 石上 振里尓 紐不解
丸寐乎為者 吾衣有 服者奈礼奴 毎見 戀者雖益 色二山上復有山者 一可知美 冬夜之
明毛不得呼 五十母不宿二 吾歯曽戀流 妹之直香仁
[訓読]うつせみの 世の人なれば 大君の 命畏み 敷島の 大和の国の 石上 布留の里
に 紐解かず 丸寝をすれば 我が着たる 衣はなれぬ 見るごとに 恋はまされど 色に
出でば 人知りぬべみ 冬の夜の 明かしもえぬを 寐も寝ずに 我れはぞ恋ふる 妹が直
香に
[仮名],うつせみの,よのひとなれば,おほきみの,みことかしこみ,しきしまの,やまとの
くにの,いそのかみ,ふるのさとに,ひもとかず,まろねをすれば,あがきたる,ころもはな
れぬ,みるごとに,こひはまされど,いろにいでば,ひとしりぬべみ,ふゆのよの,あかしも
えぬを,いもねずに,あれはぞこふる,いもがただかに
1788
[題詞](天平元年己巳冬十二月歌一首[并短歌])反歌
[原文]振山従 直見渡 京二曽 寐不宿戀流 遠不有尓
[訓読]布留山ゆ直に見わたす都にぞ寐も寝ず恋ふる遠くあらなくに
[仮名],ふるやまゆ,ただにみわたす,みやこにぞ,いもねずこふる,とほくあらなくに
1789
[題詞]((天平元年己巳冬十二月歌一首[并短歌])反歌)
[原文]吾妹兒之 結手師紐乎 将解八方 絶者絶十方 直二相左右二
[訓読]我妹子が結ひてし紐を解かめやも絶えば絶ゆとも直に逢ふまでに
[仮名],わぎもこが,ゆひてしひもを,とかめやも,たえばたゆとも,ただにあふまでに
1790
[題詞]天平五年癸酉遣唐使舶發難波入海之時親母贈子歌一首[并短歌]
[原文]秋芽子乎 妻問鹿許曽 一子二 子持有跡五十戸 鹿兒自物 吾獨子之 草枕 客二
師徃者 竹珠乎 密貫垂 齊戸尓 木綿取四手而 忌日管 吾思吾子 真好去有欲得
[訓読]秋萩を 妻どふ鹿こそ 独り子に 子持てりといへ 鹿子じもの 我が独り子の 草
枕 旅にし行けば 竹玉を 繁に貫き垂れ 斎瓮に 木綿取り垂でて 斎ひつつ 我が思ふ
我子 ま幸くありこそ
[仮名],あきはぎを,つまどふかこそ,ひとりこに,こもてりといへ,かこじもの,あがひと
りこの,くさまくら,たびにしゆけば,たかたまを,しじにぬきたれ,いはひへに,ゆふとり
しでて,いはひつつ,あがおもふあこ,まさきくありこそ
1791
[題詞](天平五年癸酉遣唐使舶發難波入海之時親母贈子歌一首[并短歌])反歌
[原文]客人之 宿将為野尓 霜降者 吾子羽L 天乃鶴群
[訓読]旅人の宿りせむ野に霜降らば我が子羽ぐくめ天の鶴群
[仮名],たびひとの,やどりせむのに,しもふらば,あがこはぐくめ,あめのたづむら
1792
[題詞]思娘子作歌一首[并短歌]
[原文]白玉之 人乃其名矣 中々二 辞緒<下>延 不遇日之 數多過者 戀日之 累行者 思
遣 田時乎白土 肝向 心摧而 珠手次 不懸時無 口不息 吾戀兒矣 玉釧 手尓取持而 真
十鏡 直目尓不視者 下桧山 下逝水乃 上丹不出 吾念情 安虚歟毛
[訓読]白玉の 人のその名を なかなかに 言を下延へ 逢はぬ日の 数多く過ぐれば 恋
ふる日の 重なりゆけば 思ひ遣る たどきを知らに 肝向ふ 心砕けて 玉たすき 懸け
ぬ時なく 口やまず 我が恋ふる子を 玉釧 手に取り持ちて まそ鏡 直目に見ねば し
たひ山 下行く水の 上に出でず 我が思ふ心 安きそらかも
[仮名],しらたまの,ひとのそのなを,なかなかに,ことをしたはへ,あはぬひの,まねくす
ぐれば,こふるひの,かさなりゆけば,おもひやる,たどきをしらに,きもむかふ,こころく
だけて,たまたすき,かけぬときなく,くちやまず,あがこふるこを,たまくしろ,てにとり
もちて,まそかがみ,ただめにみねば,したひやま,したゆくみづの,うへにいでず,あがお
もふこころ,やすきそらかも
1793
[題詞](思娘子作歌一首[并短歌])反歌
[原文]垣保成 人之横辞 繁香裳 不遭日數多 月乃經良武
[訓読]垣ほなす人の横言繁みかも逢はぬ日数多く月の経ぬらむ
[仮名],かきほなす,ひとのよここと,しげみかも,あはぬひまねく,つきのへぬらむ
1794
[題詞]((思娘子作歌一首[并短歌])反歌)
[原文]立易 月重而 難不遇 核不所忘 面影思天
[訓読]たち変り月重なりて逢はねどもさね忘らえず面影にして
[仮名],たちかはり,つきかさなりて,あはねども,さねわすらえず,おもかげにして
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