みだれ髪 (Midaregami) | ||
蓮の花船
99
漕ぎかへる夕船おそき僧の君紅蓮や多きしら蓮や多き
100
あづまやに水のおときく藤の夕はづしますなのひくき枕よ
101
御袖ならず御髪のたけときこえたり七尺いづれしら藤の花
102
夏花のすがたは細きくれなゐに眞晝いきむの戀よこの子よ
103
肩おちて經にゆらぎのそぞろ髪をとめ有心者春の雲こき
104
とき髪を若枝にからむ風の西よ二尺足らぬうつくしき虹
105
うながされて汀の闇に車おりぬほの紫の反橋の藤
106
われとなく梭の手とめし門の唄姉がゑまひの底はづかしき
107
ゆあがりのみじまひなりて姿見に笑みし昨日の無きにしもあらず
108
人まへを袂すべりしきぬでまり知らずと云ひてかかへてにげぬ
109
ひとつ篋にひひなをさめて蓋とぢて何となき息桃にはばかる
110
ほの見しは奈良のはづれの若葉宿うすまゆずみのなつかしかりし
111
紅に名の知らぬ花さく野の小道いそぎたまふな小傘の一人
112
くだり船昨夜月かげに歌そめし御堂の壁も見えず見えずなりぬ
113
師の君の目を病みませる庵の庭へうつしまゐらす白菊の花
114
文字ほそく君が歌ひとつ染めつけぬ玉虫ひめし小筥の蓋に
115
ゆふぐれを籠へ鳥よぶいもうとの爪先ぬらす海棠の雨
116
ゆく春をえらびよしある絹袷衣ねびのよそめを一人に問ひぬ
117
ぬしいはずとれなの筆の水の夕そよ墨足らぬ撫子がさね
118
母よびてあかつき問ひし君といはれそむくる片頬柳にふれぬ
119
のろひ歌かきかさねたる反古とりて黒き胡蝶をおさへぬるかな
120
額しろき聖よ見ずや夕ぐれを海棠に立つ春夢見姿
121
笛の音に法華經うつす手をとどめひそめし眉よまだうらわかき
122
白檀のけむりこなたへ絶えずあふるにくき扇をうばひぬるかな
123
母なるが枕經よむかたはらのちひさき足をうつくしと見き
124
わが歌に瞳のいろをうるませしその君去りて十日たちにけり
125
かたみぞと風なつかしむ小扇のかなめあやふくなりにけるかな
126
春の川のりあひ舟のわかき子が昨夜の泊の唄ねたましき
127
泣かで急げやは手にはばき解くゑにしゑにし持つ子の夕を待たむ
128
燕なく朝をはばきの紐ぞゆるき柳かすむやその家のめぐり
129
小川われ村のはづれの柳かげに消えぬ姿を泣く子朝見し
130
鶯に朝寒からぬ京の山おち椿ふむ人むつまじき
131
道たま/\蓮月が庵のあとに出でぬ梅に相行く西の京の山
132
君が前に李春蓮説くこの子ならずよき墨なきを梅にかこつな
133
あるときはねたしと見たる友の髪に香の煙のはひかかるかな
134
わが春の二十姿と打ぞ見ぬ底くれなゐのうす色牡丹
135
春はただ盃にこそ注ぐべけれ知慧あり顏の木蓮や花
136
さはいへど君が昨日の戀がたりひだり枕の切なき夜半よ
137
人そぞろ宵の羽織の肩うらへかきしは歌か芙蓉といふ文字
138
琴の上に梅の實おつる宿の晝よちかき清水に歌ずする君
139
うたたねの君がかたへの旅づつみ戀の詩集の古きあたらしき
140
戸に倚りて菖蒲賣る子がひたひ髪にかかる薄靄にほひある朝
141
五月雨もむかしに遠き山の庵通夜する人に卯の花いけぬ
142
四十八寺そのひと寺の鐘なりぬ今し江の北雨雲ひくき
143
人の子にかせしは罪かわがかひな白きは神になどゆづるべき
144
ふりかへり許したまへの袖だたみ闇くる風に春ときめきぬ
145
夕ふるはなさけの雨よ旅の君ちか道とはで宿とりたまへ
146
巖をはなれ谿をくだりて躑躅をりて都の繪師と水に別れぬ
147
春の日を戀に誰れ倚るしら壁ぞ憂きは旅の子藤たそがるる
148
油のあと島田のかたと今日知りし壁に李の花ちりかかる
149
うなじ手にひくきささやき藤の朝をよしなやこの子行くは旅の君
150
まどひなくて經ずする我と見たまふか下品の佛上品の佛
151
ながしつる四つの笹舟紅梅を載せしがことにおくれて往きぬ
152
奥の間のうらめづらしき初聲に血の氣のぼりし面まだ若き
153
人の歌をくちずさみつつ夕よる柱つめたき秋の雨かな
154
小百合さく小草がなかに君まてば野末にほひて虹あらはれぬ
155
かしこしといなみていひて我とこそその山坂を御手に倚らざりし
156
鳥邊野は御親の御墓あるところ清水坂に歌はなかりき
157
御親まつる墓のしら梅中に白く熊笹小笹たそがれそめぬ
158
男きよし載するに僧のうらわかき月にくらしの蓮の花船
159
經にわかき僧のみこゑの片明り月の蓮船兄こぎかへる
160
浮葉きるとぬれし袂の紅のしづく蓮にそそぎてなさけ教へむ
161
こころみにわかき唇ふれて見れば冷かなるよしら蓮の露
162
明くる夜の河はばひろき嵯峨の欄きぬ水色の二人の夏よ
163
藻の花のしろきを摘むと山みづに文がら濡ぢぬうすものの袖
164
牛の子を木かげに立たせ繪にうつす君がゆかたに柿の花ちる
165
誰が筆に染めし扇ぞ去年までは白きをめでし君にやはあらぬ
166
おもざしの似たるにまたもまどひけりたはぶれますよ戀の神々
167
五月雨に築土くづれし鳥羽殿のいぬゐの池におもだかさきぬ
168
つばくらの羽にしたたる春雨をうけてなでむかわが朝寐髪
169
しら菊を折りてゑまひし朝すがた垣間みしつと人の書きこし
170
八つ口をむらさき緒もて我れとめじひかばあたへむ三尺の袖
171
春かぜに櫻花ちる層塔のゆふべを鳩の羽に歌そめむ
172
憎からぬねたみもつ子とききし子の垣の山吹歌うて過ぎぬ
173
おばしまのその片袖ぞおもかりし鞍馬を西へ流れにし霞
174
ひとたびは神より更ににほひ高き朝をつつみし練の下襲
みだれ髪 (Midaregami) | ||