4.5. 樣子あつての俄坊主
命程頼みすくなくて又つれなき物はなし中/\死ぬればうらみも戀もなかりしに
百ケ日に當る日枕始て。あがり杖竹を便に寺中静に初立しけるに卒塔婆の薪しきに
心
を付てみしに其人の名に驚てさりとてはしらぬ事ながら人はそれとはいはじおくれた
るやうに取沙汰も口惜と腰の物に手を掛しに法師取つきさま%\とゞめて迚も死すべ
き命ならば年月語りし人に暇乞をもして長老さまにも其斷を立さい後を極め給へしか
子細はそなたの兄弟契約の御かたより當寺へ預ケ置給へば其御手前への難儀彼是覺し
めし合られ此うへながら憂名の立ざるやうにといさめしに此斷至極して自害おもひ
とゞまりて菟角は世にながらへる心ざしにはあらず其後長老へ角と申せばおどろかせ
給ひて其身は念比に契約の人わりなく愚僧をたのまれ預りおきしに其人今は松前に罷
て此秋の比は必爰にまかるのよしくれ%\此程も申越れしにそれよりうちに申事もあ
らはさしあたつての迷惑我ぞかし兄分かへられてのうへに其身はいかやうともなりぬ
べき事こそあれと色々異見あそばしければ日比の御恩思ひ合せて何か仰はもれしとお
請申あげしになほ心もとなく覺しめされては物を取てあまたの番を添られしに是非な
くつねなるへやに入て人々に語しはさても/\わが身ながら世上のそしりも無念なり
いまだ若衆を立し身のよしなき人のうき情にもだしがたくて剰其人の難儀此身のかな
しさ衆道の神も佛も我を見捨給ひしと感涙を流し殊更兄分の人歸られての首尾身の立
へきにあらずそれより内にさい後急たしされ共舌喰切首しめるなど世の聞えも手ぬる
し情に一腰かし給へなにながらへて甲斐なしと泪にかたるにぞ座中袖をしぼりてふか
く哀みける此事お七親より聞つけて御歎尤とは存ながらさい後の時分くれ%\申置け
るは吉三郎殿まことの情ならばうき世捨させ給ひいかなる出家にもなり給ひてかくな
り行跡をとはせ給ひなばいかばかり忘れ置まじき二世迄の縁は朽まじと申置しと樣々
申せ共中々吉三郎聞分ずいよ/\思ひ極て舌喰切色めの時母親耳ちかく寄てしばし小
語申されしは何事にか有哉らん吉三郎うなづきて菟も角もといへり其後兄分の人も立
歸り至極の異見申盡て出家と成ぬ此前髪のちるあはれ坊主も剃刀なげ捨盛なる花に時
のまの嵐のごとくおもひくらぶれば命は有ながらお七さい期よりはなほ哀なり古今の
美僧是ををしまぬはなし惣じて戀の出家まことあり吉三郎兄分なる人も古里松前にか
へり墨染の袖とはな/\取集たる戀や哀や無常也夢なり現なり