University of Virginia Library

2.4. こけらは胸の燒付さら世帯

參るならばまゐると内へしらして參ば通し駕籠か乘掛てまゐらすに物好なるぬけ 參りして此みやげ物はどこの錢でかうたぞ夫婦つれたちてもその/\そんな事はせぬ ぞやうも/\二人つれで下向した事しや迄久七やせんが酒迎に寐所をしてとらせあれ は女の事じやが久七がすゝめて智惠ない神に男心をしらすといふ物じやとお内儀さま の御腹立久七が申わけ一つも埓あかず罪なうしてうたがはれ九月五日の出替りをまた ず御暇申て其後は北濱の備前屋といふ上問屋に季をかさね八橋の長といへるはすは女 を女房にして今みれば柳小路にて鮓屋をして世を暮しせんが事つひわすれける人はみ な移氣なる物ぞかしせんは別の事なく奉公をせしうちにも樽屋がかりの情をわすれか ね心もそらにうかうかとなりて晝夜のわきまへもなくおのづから身を捨女に定つての たしなみをもせず其さまいやしげに成て次第/\やつれけるかゝる折ふし鶏とぼけて 宵鳴すれば大釜自然とくさりてそこをぬかし突込し朝夕の味噌風味かはり神鳴内藏の 軒端に落かゝりよからぬ事うちつゝきし是皆自然の道理なるに此事氣に懸られし折か ら誰がいふともなくせんをこがるゝ男の執心今にやむ事なく其人は樽屋なるはと申せ ば親かた傳へ聞て何とぞして其男にせんをもらはさんと横町のかゝをよびよせ内談有 しにつね/\せん申せしは男もつ共職人はいやといはれければ心もとなしと申せばそ れはいらざる物好み何によらず世をさへわたらば勝手づくとさま/\異見して樽屋へ 申遣し縁の約束極め程なくせんに脇ふさがせかねを付させ吉日をあらためられ二番の 木地長持ひとつ伏見三寸の葛籠一荷糊地の挾筥一つ奥樣着おろしの小袖二つ夜着ふと ん赤ね縁の蚊屋むかし染のかつき取あつめて物數廿三銀貳百目付ておくられけるに相 生よく仕合よく夫は正直のかうべをかたぶけ細工をすれば女はふしかね染の嶋を織な らひ明くれかせぎける程に盆前大晦日にも内を出違ふほどにもあらず大かたに世をわ たりけるが殊更男を大事に掛雪の日風の立時は食つぎを包おき夏は枕に扇をはなさず 留守には宵から門口をかため夢/\外の人にはめをやらず物を二ついへばこちのお人 /\とうれしがり年月つもりてよき中にふたり迄うまれて猶々男の事をわすれざりき されば一切の女移り氣なる物にしてうまき色咄しに現をぬかし道頓堀の作り狂言をま ことに見なしいつともなく心をみだし天王寺の櫻の散前藤のたなのさかりにうるはし き男にうかれかへ男を嫌ひぬ是ほど無理なる事なしそれより萬の始末心を捨て大燒す る竃をみず鹽が水になるやらいらぬ所に油火をともすもかまはず身躰うすくなりて暇 の明を待かねけるかやうのかたらひさりとは/\おそろし死別ては七日も立ぬに後夫 をもとめさられては五度七度縁づきさりとは口惜き下/\の心底なり上/\にはかり にもなき事ぞかし女の一生にひとりの男に身をまかせさはりあれば御若年にして河し うの道明寺南都の法花寺にて出家をとげらるゝ事も有しになんぞかくし男をする女う き世にあまたあれ共男も名の立事を悲しみ沙汰なしに里へ歸しあるひは見付てさもし くも金銀の欲にふけてあつかひにして濟し手ぬるく命をたすくるがゆゑに此事のやみ がたし世に神有むくひあり隱してもしるべし人おそるべき此道なり