University of Virginia Library

2. 好色五人女卷二
情を入し樽屋物がたり

目録

  • 戀に泣輪の井戸替
    あい釣瓶もおりひに乱るゝ繩有
  • 踊はくづれ桶夜更て化物
    人はおそろしや蓋して見せぬ心有
  • 京の水もらさぬ中忍て合釘
    目印の錐紙に書付て有
  • こけらは胸の燒付新世帯
    心正直の細工人天滿に有
  • 木屑の杉楊枝一寸先の命
    りんきに逆目をやる杉有

2.1. 戀に泣輪の井戸替

身はかぎりあり戀はつきせず無常の我手細工のくわん桶に覺え世をわたる業とて 錐のこぎりのせはしく鉋屑のけぶりみじかく難波のあしの屋をかりて天滿といふ所か らすみなす男有女も同し片里の者にはすぐれて耳の根白く足もつちけはなれて十四の 大晦日に親里の御年貢三分一銀にさしつまりて棟たかき町家に腰もとつかひして月日 をかさねしに自然と才覺に生れつき御隱居への心づかひ奥さまの氣をとる事それより すゑ%\の人に迄あしからず思はれ其後は内藏の出し入をもまかされ此家におせんと いふ女なうてはと諸人に思ひつかれしは其身かしこきゆゑぞかしされ共情の道をわき まへず一生枕ひとつにてあたら夜を明しぬかりそめにたはふれ袖つま引にも遠慮なく 聲高にして其男無首尾をかなしみ後は此女に物いふ人もなかりき是をそしれど人たる 人の小女はかくありたき物なり折ふしは秋のはじめの七日織女に借小袖とていまだ仕 立より一度もめしもせぬを色/\七つめんどりばにかさねかぢの葉に有ふれたる哥を あそばし祭給へば下/\もそれ/\に唐瓜枝柿かざる事のをかし横町うら借屋迄竃役 にかゝつてお家主殿の井戸替けふことにめづらし濁水大かたかすりて眞砂のあがるに まじり日外見えぬとて人うたがひし薄刃も出昆布に針さしたるもあらはれしが是は何 事にかいたしけるぞやなほさがし見るに駒引錢目鼻なしの裸人形くだり手のかたし目 貫つぎ/\の涎掛さま%\の物こそあがれ蓋なしの外井戸こゝろもとなき事なり次第 に涌水ちかく根輪の時むかしの合釘はなれてつぶれければ彼樽屋をよび寄て輪竹の新 しくなしぬ爰に流ゆくさゞれ水をせきとめて三輪組すがたの老女いける虫をあいしけ るを樽屋何ぞと尋しに是はたゞ今汲あげし井守といへるものなりそなたはしらずや此 むし竹の筒に籠て煙となし戀ふる人の黒髪にふりかくればあなたより思ひ付事ぞとさ も有のまゝに語ぬ此女もとは夫婦池のこさんとて子おろしなりしが此身すぎ世にあら ためられて今は其むごき事をやめて素麪の碓など引て一日暮しの命のうちに寺町の入 相の鐘も耳にうとく淺ましいやしく身に覺ての因果なほゆくすゑの心ながらおそろし き事を咄けるにそれは一つも聞もいれずして井守を燒て戀のたよりになる事をふかく 問におのづと哀さもまさりて人にはもらさじ其思ひ人はいかなる御方樣ぞといへば樽 屋我をわすれてこがるゝ人は忘れず口の有にまかせて樽のそこを扣てかたりしは其君 遠にあらず内かたのお腰もとおせんが/\百度の文のかへしもなきと泪に語れば彼女 うなづきてそれはゐもりもいらず我堀川の橋かけて此戀手に入てまなく思ひを晴させ んとかりそめに請相ければ樽屋おどろき時分がらの世の中金銀の入事ならば思ひなが らなりがたしあらば何かをしかるべし正月にもめん着物染やうはこのみ次第盆に奈良 ざらしの中位なるを一つ内證はこんな事で埓の明やうにとたのめばそれは欲にひか るゝ戀ぞかし我たのまるゝは其分にはあらずおもひつかする仕かけに大事有此年月數 千人のきもいりつひにわけのあしきといふ事なし菊の節句より前にあはし申べしとい へば樽屋いとゝかしもゆる胸に燒付かゝ樣一代の茶の薪は我等のつゞけまゐらすべし と人はながいきのしれぬうき世に戀路とて大ぶんの事をうけあふはをかし

2.2. 踊はくづれ桶夜更て化物

天滿に七つの化物有大鏡寺の前の傘火神明の手なし兒曽根崎の逆女十一丁目のく びしめ繩川崎の泣坊主池田町のわらひ猫うくひす塚の燃からうす是皆年をかさねし狐 狸の業ぞかし世におそろしきは人間ばけて命をとれり心はおのづからの闇なれや七月 廿八日の夜更て軒端を照せし灯籠も影なくけふあすばかりと名殘に聲をからしぬる馬 鹿踊もひとり%\己か家/\に入て四辻の犬さへ夢を見し時彼樽屋にたのまれしいた づらかゝ面屋門口のいまだ明掛てありしを見合戸ざしけはしく内にかけ込廣敷にふし まろびやれ/\すさまじや水が呑たいといふ聲絶てかぎりの樣に見えしがされども息 のかよふを頼みにして呼生けるに何の子細もなく正氣になりぬ内儀隱居のかみさまを はじめて何事か目に見えてかくはおそれけるぞ我事年寄のいはれざる夜ありきながら 霄より寐ても目のあはぬあまりに踊見にまゐりしほどに鍋嶋殿屋敷のまへに京の音頭 道念仁兵衞が口うつし山くどき松づくししばらく耳にあかずあまたの男の中を押わけ 團かざして詠けるに闇にても人はかしこく老たる姿をかずかず白き帷子に黒き帯のむ すびめを當風にあぢはやれどもかりそめに我尻つめる人もなく女は若きうちの物ぞと すこしはむかしのおもはれ口惜てかへるに此門ちかくなりて年の程二十四五の美男我 にとりつき戀にせめられ今思ひ死ひとへ二日をうき世のかぎり腰もとのおせんつれな し此執心外へは行まし此家内を七日がうちに壹人ものこさず取ころさんといふ聲の下 より鼻高く皃赤く眼ひかり住吉の御はらひの先へ渡る形のごとくそれに魂とられ只物 すごく内かたへかけ人のよし語ばいつれもおとろく中に隱居泪を流し給ひ戀忍事世に なきならひにはあらずせんも縁付ごろなれば其男身すぎをわきまへ博奕後家くるひも せずたまかならばとらすべきにいかなる者ともしれず其男ふびんやとしばし物いふ人 もなし此かゝが仕懸さても/\戀にうとからず夜半なりておの/\手をひかれ小家に もどり此うへの首尾をたくらむうちに東窓よりあかりさし隣に火打石の音赤子泣出し 紙帳もりて夜もすがら喰れし蚊をうらみて追拂二布の蚤とる片手に仏棚よりはした錢 を取出しつまみ菜買なと物のせはしき世渡りの中にも夫婦のかたらひを樂み南枕に寐 莚しとげなくなりしはすきつる夜きのへ子をもかまはず

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何事をか し侍る。
やう/\朝日かゝやき秋の風身にはしまざる程吹しにかゝは鉢巻して 枕おもげにもてなし岡島道齋といへるを頼み藥代の當所もなく手づからやくわんにて かしらせんじのあがる時おせんうら道より見舞來てお氣相はいかゞとやさしく尋ひだ りの袂より奈良漬瓜を片舟蓮の葉に包てたばね薪のうへに置醤油のたまりをまゐらば と云捨てかへるを。かゝ引とゞめて我ははやそなたゆゑにおもひよらざる命をすつる なり自娘とても持さればなき跡にて吊ひても給はれとふるき苧桶のそこより紅の織紐 付し紫の革たび一足つぎ/\の珠數袋此中にさられた時の暇の状ありしを是はとつて 捨此二色をおせんに形見とてわたせば女心のはかなく是を誠に泣出し我に心有人さも あらば何にとて其道しるゝこなた樣をたのみたまはぬぞおもはくしらせ給はゞそれを いたづらにはなさじと云かゝよき折ふしとはじめを語り今は何をかかくすべしかね/ \我をたのまれし其心ざしの深き事哀とも不便とも又いふにたらず此男を見捨給はゞ みづからが執着とても脇へはゆかじと年比の口上手にていひつゞければおせんも自 然 となびき心になりてもだ/\と上氣していつにても其御方にあはせ給へといふにうれ しく約束をかため一段の出合所を分別せしと小語て八月十一日立にぬけ參を此道終契 をこめ行すゑ迄互にいとしさかはゆさの枕物語しみ%\とにくかるまじきしかも男ぶ りじやとおもひつくやうに申せばおせんもあはぬさきより其男をこがれ物も書きやり ますかあたまは後さがりで御座るか職人ならば腰はかゞみませぬか爰出た日は守口か 牧方に晝からとまりまして
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ふとんをかりてはやう寐ましよ
と取まぜて談合するうちに中居の久米が聲しておせんどのおよびなされますと いへばいよ/\十一日の事と申のこしてかへりける

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.

2.3. 京の水もらさぬ中忍びてあひ釘

朝皃のさかり朝詠はひとしほ凉しさもと宵より奥さまのおほせられて家居はなれ しうらの垣ねに腰掛をならべ花氈しかせ重菓子入に燒飯そぎやうじ茶瓶わするな明六 つのすこし前に行水をするぞ髪はつゐみつをりに帷子は廣袖に桃色のうら付を取出せ 帯は鼠繻子に丸づくし飛紋の白きふたの物萬に心をつくるは隣町より人も見るなれば 下/\にもつぎのあたらぬかたびらを着せよ天神橋の妹が方へはつねの起時に乘物に むかひにつかはせよと何事をもせんにまかせられゆたかなる蚊帳に入給へば四つの角 の玉の鈴音なして寝入給ふまで番手に團の風静なり我家のうらなる草花見るさへかく やうだいなり惣して世間の女のうはかぶきなる事是にかぎらず亭主はなほおこりて嶋 原の野風新町の荻野此二人を毎日荷ひ買して津村の御堂まゐりとてかたぎぬは持せ出 しが直に朝ごみに行よし見えける八月十一日の曙まへに彼横町のかゝが板戸をひそか にたゝきせんで御座るといひもあへずそこ/\にからげたる風呂敷包一つなげ入てか へる物の取おとしも心得なく火をともしてみれば壹匁つなぎの錢五つこま銀十八匁も あらうか白突三升五合ほど鰹節一つ守袋に二つ櫛染分のかゝへ帯ぎんすゝたけの袷あ ふぎ流しの中なれなるゆかたうらときかけたるもめんたびわらんじの緒もしどけなく 加賀笠に天滿堀川と無用の書付とよごれぬやうに墨をおとす時門の戸を音信かゝさま 先へまゐると男の聲していひ捨て行其後せんが身をふるはして内かたの首尾は只今と いへばかゝは風呂敷を堤て人しれぬ道をはしりすぎ我も大義なれ共神の事なれは伊勢 迄見届てやらうといへばせんいやな皃して年よられて長の道思へば思へば及がたし其 人に我を引合せ莵角伏見から夜舟でくだり給へとはやまき心になりて氣のせくまゝい そぎ行に京橋をわたりかゝる時はうばいの久七今朝の御番替りを見に罷りしが是はと 見付られしは是非もなき戀のじやまなりそれがしもつね/\御參宮心懸しにねかふ所 の道つれ荷物は我等持べし幸遣銀は有合す不自由なるめはmiせまじとしたしく申は久 七もおせんに下心あるゆゑぞかしかゝ氣色をかへて女に男の同道さりとは/\人の見 てよもや只とはいはじ殊更此神はさやうの事をかたく嫌ひ給へは世に耻さらせし人見 及び聞傳へしなりひらに/\にまゐりたまふなといへば是はおもひもよらぬ事を改め らるゝさらにおせん殿に心をかくるにはあらず只信心の思ひ立それ戀は祈ずとても神 の守給ひ心だにまことの道つれに叶ひなば日月のあはれみおせんさまの情次第に何國 迄もまゐりて下向には京へ寄て四五日もなぐさめ折ふし高尾の紅葉嵯峨の松茸のさか り川原町に旦那の定宿あれどもそこは萬にむつかし三条の西づめにちんまりとした座 敷をかりておかゝ殿は六条參をさせましよと我物にして行は久七がはまり也やう/\ 秋の日も山崎にかたむき淀堤の松蔭なかばゆきしに色つくりたる男の人まち皃にて丸 葉の柳の根に腰をかけしをちかくなりてみれば申かはせし樽屋なり不首尾を目まぜし て跡や先になりて行こそ案の外なれかゝは樽屋に言葉をかけこなたも伊勢參と見えま して然もおひとり氣立もよき人と見ました此方と一所の宿にと申せば樽屋よろこび旅 は人の情とかや申せし萬事たのみますといへば久七中/\合點のゆかぬ皃して行衞も しれぬ人をことに女中のつれには思ひよらずといふかゝ情らしき聲して神は見通しお せん殿にはこなたといふ兵あり何事か有べしとかしま立の日より同し宿にとまりおも わくかたらすすきをみるに久七氣をつけ間の戸しやうじをひとつにはづし水風呂に入 てもくび出して覗日暮て夢むすぶにも四人同じ枕をならべし久七寐ながら手をさしの ばし行燈のかはらけかたむけやがて消るやうにすれば樽屋は枕にちかき窓蓋をつきあ け秋も此あつさはといへば折しも晴わたる月四人の寐姿をあらはすおせん空鼾を出せ ば久七右の足をもたす樽屋是を見て扇子拍子をとりて戀はくせもの皆人のと曽我の 道 行をかたり出すおせんは目覺してかゝに寐物がたり世に女の子を産ほどおそろしきは なし常/\思ふに年の明次年北野の不動堂のお弟子になりてすゑすゑは出家の望と申 せばかゝ現のやうに聞てそれがまし思ふやうに物のならぬうき世にと前後をみれば宵 ににし枕の久七は南かしらに

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ふんどしときて
ゐるは物參り の旅ながら不用心なり樽屋は蛤貝に丁子の油を入れ小杉のはな紙に持添むねんなる皃 つきをかし夜の内は互に戀に關をすゑ明の日は相坂山より大津馬をかりて三ぽうかう じんに男女のひとつにのるを脇からみてはをかしけれ共身の草臥或は思ひ入あれは人 の見しも世間もわきまへなしおせんを中に乘て樽屋久七兩脇にのりながら久七おせん が足のゆびさきをにぎれば樽屋は脇腹に手をさし忍び/\たはふれ其心のほどをかし いづれも御參宮の心ざしにあらねば内宮二見へも掛ず外宮ばかりへちよつとまゐりて しるし計におはらひ串若和布を調へ道中兩方白眼あひて何の子細もなく京迄下向して 久七が才覺の宿につけば樽屋は取替し物共目のこ算用にして此程は何分御やつかい に 成ましてと一礼いうて別ぬ久七は我物にしてそれ/\のみやげ物を見出して買てやり ける日の暮も待ひさしく烏丸のほとりへちかしき人有て見舞しうちにかゝはおせんを つれて清水さまへ參るのよし取いそぎ宿を出てゆきしが祇薗町の仕出し辨當屋の釣簾 に付紙目印に錐と鋸を書置しが此うちへおせん入かと見えしが中二階にあがれば樽屋 出合すゑ/\やくそくの盃事して其後かゝは箱階おりて爰はさて/\水がよいとてせ んじ茶はてしもなく呑にける是を契のはじめにして樽屋は晝舟に大坂にくだりぬかゝ おせんは宿にかへりて俄に今からくだるといへば是非二三日は都見物と久七とゞめけ れ共いや/\奥さまに男ぐるひなどしたとおもはれましてはいかゞと出て行風呂敷包 は大義ながら久七殿頼といへばかたがいたむとて持ず大仏稻荷の前藤の森に休し茶の 錢も銘/\拂ひにしてくたりける

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2.4. こけらは胸の燒付さら世帯

參るならばまゐると内へしらして參ば通し駕籠か乘掛てまゐらすに物好なるぬけ 參りして此みやげ物はどこの錢でかうたぞ夫婦つれたちてもその/\そんな事はせぬ ぞやうも/\二人つれで下向した事しや迄久七やせんが酒迎に寐所をしてとらせあれ は女の事じやが久七がすゝめて智惠ない神に男心をしらすといふ物じやとお内儀さま の御腹立久七が申わけ一つも埓あかず罪なうしてうたがはれ九月五日の出替りをまた ず御暇申て其後は北濱の備前屋といふ上問屋に季をかさね八橋の長といへるはすは女 を女房にして今みれば柳小路にて鮓屋をして世を暮しせんが事つひわすれける人はみ な移氣なる物ぞかしせんは別の事なく奉公をせしうちにも樽屋がかりの情をわすれか ね心もそらにうかうかとなりて晝夜のわきまへもなくおのづから身を捨女に定つての たしなみをもせず其さまいやしげに成て次第/\やつれけるかゝる折ふし鶏とぼけて 宵鳴すれば大釜自然とくさりてそこをぬかし突込し朝夕の味噌風味かはり神鳴内藏の 軒端に落かゝりよからぬ事うちつゝきし是皆自然の道理なるに此事氣に懸られし折か ら誰がいふともなくせんをこがるゝ男の執心今にやむ事なく其人は樽屋なるはと申せ ば親かた傳へ聞て何とぞして其男にせんをもらはさんと横町のかゝをよびよせ内談有 しにつね/\せん申せしは男もつ共職人はいやといはれければ心もとなしと申せばそ れはいらざる物好み何によらず世をさへわたらば勝手づくとさま/\異見して樽屋へ 申遣し縁の約束極め程なくせんに脇ふさがせかねを付させ吉日をあらためられ二番の 木地長持ひとつ伏見三寸の葛籠一荷糊地の挾筥一つ奥樣着おろしの小袖二つ夜着ふと ん赤ね縁の蚊屋むかし染のかつき取あつめて物數廿三銀貳百目付ておくられけるに相 生よく仕合よく夫は正直のかうべをかたぶけ細工をすれば女はふしかね染の嶋を織な らひ明くれかせぎける程に盆前大晦日にも内を出違ふほどにもあらず大かたに世をわ たりけるが殊更男を大事に掛雪の日風の立時は食つぎを包おき夏は枕に扇をはなさず 留守には宵から門口をかため夢/\外の人にはめをやらず物を二ついへばこちのお人 /\とうれしがり年月つもりてよき中にふたり迄うまれて猶々男の事をわすれざりき されば一切の女移り氣なる物にしてうまき色咄しに現をぬかし道頓堀の作り狂言をま ことに見なしいつともなく心をみだし天王寺の櫻の散前藤のたなのさかりにうるはし き男にうかれかへ男を嫌ひぬ是ほど無理なる事なしそれより萬の始末心を捨て大燒す る竃をみず鹽が水になるやらいらぬ所に油火をともすもかまはず身躰うすくなりて暇 の明を待かねけるかやうのかたらひさりとは/\おそろし死別ては七日も立ぬに後夫 をもとめさられては五度七度縁づきさりとは口惜き下/\の心底なり上/\にはかり にもなき事ぞかし女の一生にひとりの男に身をまかせさはりあれば御若年にして河し うの道明寺南都の法花寺にて出家をとげらるゝ事も有しになんぞかくし男をする女う き世にあまたあれ共男も名の立事を悲しみ沙汰なしに里へ歸しあるひは見付てさもし くも金銀の欲にふけてあつかひにして濟し手ぬるく命をたすくるがゆゑに此事のやみ がたし世に神有むくひあり隱してもしるべし人おそるべき此道なり

木屑の杉やうじ一寸先の命

來ル十六日に無菜の御齋申上たく候御來駕においてはかたじけなく奉存候町衆次 第不同麹屋長左衞門世の中の年月の立事夢まぼろしはやすぎゆかれし親仁五十年忌に なりぬ我ながらへて是迄吊ふ事うれし古人の申傳へしは五十年忌になれば朝は精進し て暮は魚類になして謡酒もり其後はとはぬ事と申せし是がをさめなればすこし物入も いとはずばんじその用意すれば近所の出入のかゝども集り椀家具壺平るすちやつ迄取 さばき手毎にふきて膳棚にかさねける爰に樽屋が女房も日比御念比なれば御勝手にて はたらく事もと御見廻申けるに兼て才覺らしく見えければそなたは納戸にありし菓子 の品/\を椽高へ組付てと申せば手元見合まんぢゆう御所柿唐ぐるみ落鳫榧杉やうじ 是をあらましに取合時亭主の長左衞門棚より入子鉢をおろすとておせんがかしらに取 おとしうるはしき髪の結目たちまちとけてあるじ是をかなしめばすこしもくるしから ぬ御事と申てかい角ぐりて臺所へ出けるをかうぢやの内儀見とがめて氣をまはしそな たの髪は今のさきまでうつくしく有しが納戸にて俄にとけしはいかなる事ぞといはれ しおせん身に覺なく物しづかに旦那殿棚より道具を取おとし給ひかくはなりけると あ りやうに申せど是を更に合點せずさては晝も棚から入子鉢のおつる事も有よいたづら なる七つ鉢め枕せずにけはしく寐れば髪はほどくる物じやよい年をして親の吊ひの中 にする事こそあれと人の氣つくして盛形さしみをなげこぼし酢にあて粉にあて一日此 事いひやまず後は人も聞耳立て興覺ぬかゝるりんきのふかき女を持合すこそ其男の身 にして因果なれおせんめいわくながら聞暮せしがおもへば/\にくき心中とてもぬれ たる袂なれば此うへは是非におよばずあの長左衞門殿になさけをかけあんな女に鼻あ かせんと思ひそめしより各別のこゝろざしほどなく戀となりしのび/\に申かはしい つぞのしゆびをまちける貞享二とせ正月廿二日の夜戀は引手の寶引繩女子の春なくさ みふけゆくまて取みだれてまけのきにするも有勝にあかずあそぶもあり我しらず鼾を 出すもありて樽屋もともし火消かゝり男は晝のくたびれに鼻をつまむもしらずおせん がかへるにつけこみないない約束今といはれていやがならず内に引入跡にもさきにも 是が戀のはじめ

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下帯下紐ときもあへぬに
樽屋は目をあきあ はゝのがさぬと聲をかくればよるの衣をぬぎ捨丸裸にて心玉飛がごとくはるかなる藤 の棚にむらさきのゆかりの人有ければ命から%\にてにげのびけるおせんかなはじと かくごのまへ鉋にしてこゝろもとをさし通しはかなくなりぬ其後なきがらもいたづら 男も同じ科野に耻をさらしぬ其名さま%\のつくり哥に遠國迄もつたへけるあしき事 はのがれずあなおそろしの世や

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