木屑の杉やうじ一寸先の命
來ル十六日に無菜の御齋申上たく候御來駕においてはかたじけなく奉存候町衆次
第不同麹屋長左衞門世の中の年月の立事夢まぼろしはやすぎゆかれし親仁五十年忌に
なりぬ我ながらへて是迄吊ふ事うれし古人の申傳へしは五十年忌になれば朝は精進し
て暮は魚類になして謡酒もり其後はとはぬ事と申せし是がをさめなればすこし物入も
いとはずばんじその用意すれば近所の出入のかゝども集り椀家具壺平るすちやつ迄取
さばき手毎にふきて膳棚にかさねける爰に樽屋が女房も日比御念比なれば御勝手にて
はたらく事もと御見廻申けるに兼て才覺らしく見えければそなたは納戸にありし菓子
の品/\を椽高へ組付てと申せば手元見合まんぢゆう御所柿唐ぐるみ落鳫榧杉やうじ
是をあらましに取合時亭主の長左衞門棚より入子鉢をおろすとておせんがかしらに取
おとしうるはしき髪の結目たちまちとけてあるじ是をかなしめばすこしもくるしから
ぬ御事と申てかい角ぐりて臺所へ出けるをかうぢやの内儀見とがめて氣をまはしそな
たの髪は今のさきまでうつくしく有しが納戸にて俄にとけしはいかなる事ぞといはれ
しおせん身に覺なく物しづかに旦那殿棚より道具を取おとし給ひかくはなりけると
あ
りやうに申せど是を更に合點せずさては晝も棚から入子鉢のおつる事も有よいたづら
なる七つ鉢め枕せずにけはしく寐れば髪はほどくる物じやよい年をして親の吊ひの中
にする事こそあれと人の氣つくして盛形さしみをなげこぼし酢にあて粉にあて一日此
事いひやまず後は人も聞耳立て興覺ぬかゝるりんきのふかき女を持合すこそ其男の身
にして因果なれおせんめいわくながら聞暮せしがおもへば/\にくき心中とてもぬれ
たる袂なれば此うへは是非におよばずあの長左衞門殿になさけをかけあんな女に鼻あ
かせんと思ひそめしより各別のこゝろざしほどなく戀となりしのび/\に申かはしい
つぞのしゆびをまちける貞享二とせ正月廿二日の夜戀は引手の寶引繩女子の春なくさ
みふけゆくまて取みだれてまけのきにするも有勝にあかずあそぶもあり我しらず鼾を
出すもありて樽屋もともし火消かゝり男は晝のくたびれに鼻をつまむもしらずおせん
がかへるにつけこみないない約束今といはれていやがならず内に引入跡にもさきにも
是が戀のはじめ
樽屋は目をあきあ
はゝのがさぬと聲をかくればよるの衣をぬぎ捨丸裸にて心玉飛がごとくはるかなる藤
の棚にむらさきのゆかりの人有ければ命から%\にてにげのびけるおせんかなはじと
かくごのまへ鉋にしてこゝろもとをさし通しはかなくなりぬ其後なきがらもいたづら
男も同じ科野に耻をさらしぬ其名さま%\のつくり哥に遠國迄もつたへけるあしき事
はのがれずあなおそろしの世や
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.