5.3. 衆道は兩の手に散花
人の身程あさましくつれなき物はなし世間に心を留て見るにいまだいたいけ盛の
子をうしなひ又はすゑ%\永く契を籠し妻の若死かゝる哀れを見し時は即座に命を捨
んと我も人もおもひしが泪の中にもはや欲といふ物つたなし萬の寶に心をうつしある
は又出來分別にて息も引とらぬうちより女は後夫のせんさくを耳に掛其死人の弟をす
ぐに跡しらすなど又は一門より似合しき入縁取事こゝろ玉にのりてなじみの事は外に
なし義理一へんの念佛香花も人の見るためぞかし三十五日の立をとけしなく忍び/\
の薄白粉髪は品よく油にしたしながら結もやらずしどけなく下着は色をふくませうへ
には無紋の小袖目にたゝずしてなほ心にくき物ぞかし折ふしは無常を觀じはかなき物
語の次手に髪を切うき世を野寺に暮して朝の露をせめては草のかけなる人に手向なん
と縫箔鹿子の衣しやう取ちらし是もいらぬ物なればてんがいはたうち敷にせよといふ
心には今すこし袖のちひさきをかなしみける女程おそろしきものはなし何事をも留め
ける人の中にては空泣しておどしけるされば世の中に化ものと後家たてすます女なし
まして男の女房を五人や三人ころして後よびむかへてもとがにはならじそれとは違ひ
源五兵衞入道は若衆ふたりまであへなきうきめを見て誠なるこゝろから片山蔭に草庵
を引むすび後の世の道ばかり願ひ色道かつてやめしは更に殊勝さかぎりなし其比又さ
つまがた濱の町といふ所に琉球屋の何がしが娘おまんといへる有けり年の程十六夜の
月をもそねむ生つき心ざしもやさしく戀の只中見し人おもひ掛ざるはなし此女過し年
の春より源五兵衞男盛をなづみて數/\の文に氣をなやみ人しれぬ便につかはしける
に源五兵衞一生女をみかぎりかりそめの返事もせざるをかなしみ明暮是のみにて日數
をおくりぬ外より縁のいへるをうたてくおもひの外なる作病して人の嫌うはことなど
云て正しく乱人とは見えける源五兵衞姿をかへにし事もしらざりしに有時人の語りけ
るを聞もあへずさりとては情なしいつぞの時節には此思ひを晴べきとたのしみける甲
斐なく惜や其人は墨染の袖うらめしや是非それに尋行て一たび此うらみをいはではと
思ひ立を世の別と人/\にふかくかくして自よき程に切て中剃して衣類も兼ての用意
にやまんまと若衆にかはりて忍びて行に戀の山入そめしより根笹の霜を打拂ひ比は神
無月僞りの女心にしてはる%\過て人の申せし里ばなれなる杉村に入れば後にあらけ
なき岩ぐみありてにしづむばかり朽木のたよりなき丸太を二つ三つ四つならべてなげ
わたし橋も物すごく下は瀬のはやき浪もくだけてたましひ散るごとくわづかの平地の
うへに片ひさしおろして軒端はもろ/\のかづらはひかゝりておのづからの滴爰のわ
たくし雨とや申べき南のかたに明り窓有て内を覗ばしづの屋にありしちんからりとや
いへる物ひとつに青き松葉を燒捨て天目二つの外にはしやくしといふ物もなくてさり
とてはあさましかゝる所に住なしてこそ佛の心にも叶ひてんと見廻しけるにあるじの
法師ましまさぬ事かげかはしく何國へと尋べきかたも松より外にはなくて戸の明を幸
に入てみれば見臺に書物ゆかしさにのぞけば待宵の諸袖といへる衆道の根元を書つく
したる本なりさてはいまも此色は捨給はずと其人のおかへりを待侘しにほどなく暮て
文字も見えがたくともし火のたよりもなくて次第に淋しく独明しぬ是戀なればこそか
くは居にけり夜半とおもふ時源五兵衞入道わづかなる松火に道をわけて菴ちかく立歸
りしを嬉しくおもひしに枯葉の荻原よりやことなき若衆同じ年比なる花か紅葉かいづ
れか色をあらそひひとりはうらみひとりは歎若道のいきごみ源五兵衞坊主はひとり情
人はふたりあなたこなたのおもはく戀にやるせなくさいなまれてもだもだとしてかな
しき有樣見るもあはれ又興覺て扨もさても心の多き御かたとすこしはうるさかりきさ
れ共思ひ込し戀なれば此まゝ置べきにもあらず我も一通り心の程を申ほどきてなんと
立出れば此面影におとろき二人の若衆姿の消て是はとおもふ時源五兵衞入道不思義た
ちていかなる皃人さまそと言葉を掛ければおまん聞もあえず我事見えわたりたる通り
の若衆をすこしたて申かね/\御法師さまの御事聞傳へ身捨是迄しのびしがさりとは
あまたの心入それともしらずせつかく氣はこびし甲斐もなしおもはく違ひとうらみけ
るに法師横手をうつて是はかたじけなき御心さしやと又うつり氣になりて二人の若衆
は世をさりし現の始を語にぞ友に涙をこぼし其かはりに我を捨給ふなといへば法師か
んるゐ流し此身にも此道はすてがたしとはやたはふれける女ぞしらぬが仏さまもゆる
し給ふべし