2.2. 踊はくづれ桶夜更て化物
天滿に七つの化物有大鏡寺の前の傘火神明の手なし兒曽根崎の逆女十一丁目のく
びしめ繩川崎の泣坊主池田町のわらひ猫うくひす塚の燃からうす是皆年をかさねし狐
狸の業ぞかし世におそろしきは人間ばけて命をとれり心はおのづからの闇なれや七月
廿八日の夜更て軒端を照せし灯籠も影なくけふあすばかりと名殘に聲をからしぬる馬
鹿踊もひとり%\己か家/\に入て四辻の犬さへ夢を見し時彼樽屋にたのまれしいた
づらかゝ面屋門口のいまだ明掛てありしを見合戸ざしけはしく内にかけ込廣敷にふし
まろびやれ/\すさまじや水が呑たいといふ聲絶てかぎりの樣に見えしがされども息
のかよふを頼みにして呼生けるに何の子細もなく正氣になりぬ内儀隱居のかみさまを
はじめて何事か目に見えてかくはおそれけるぞ我事年寄のいはれざる夜ありきながら
霄より寐ても目のあはぬあまりに踊見にまゐりしほどに鍋嶋殿屋敷のまへに京の音頭
道念仁兵衞が口うつし山くどき松づくししばらく耳にあかずあまたの男の中を押わけ
團かざして詠けるに闇にても人はかしこく老たる姿をかずかず白き帷子に黒き帯のむ
すびめを當風にあぢはやれどもかりそめに我尻つめる人もなく女は若きうちの物ぞと
すこしはむかしのおもはれ口惜てかへるに此門ちかくなりて年の程二十四五の美男我
にとりつき戀にせめられ今思ひ死ひとへ二日をうき世のかぎり腰もとのおせんつれな
し此執心外へは行まし此家内を七日がうちに壹人ものこさず取ころさんといふ聲の下
より鼻高く皃赤く眼ひかり住吉の御はらひの先へ渡る形のごとくそれに魂とられ只物
すごく内かたへかけ人のよし語ばいつれもおとろく中に隱居泪を流し給ひ戀忍事世に
なきならひにはあらずせんも縁付ごろなれば其男身すぎをわきまへ博奕後家くるひも
せずたまかならばとらすべきにいかなる者ともしれず其男ふびんやとしばし物いふ人
もなし此かゝが仕懸さても/\戀にうとからず夜半なりておの/\手をひかれ小家に
もどり此うへの首尾をたくらむうちに東窓よりあかりさし隣に火打石の音赤子泣出し
紙帳もりて夜もすがら喰れし蚊をうらみて追拂二布の蚤とる片手に仏棚よりはした錢
を取出しつまみ菜買なと物のせはしき世渡りの中にも夫婦のかたらひを樂み南枕に寐
莚しとげなくなりしはすきつる夜きのへ子をもかまはず
やう/\朝日かゝやき秋の風身にはしまざる程吹しにかゝは鉢巻して
枕おもげにもてなし岡島道齋といへるを頼み藥代の當所もなく手づからやくわんにて
かしらせんじのあがる時おせんうら道より見舞來てお氣相はいかゞとやさしく尋ひだ
りの袂より奈良漬瓜を片舟蓮の葉に包てたばね薪のうへに置醤油のたまりをまゐらば
と云捨てかへるを。かゝ引とゞめて我ははやそなたゆゑにおもひよらざる命をすつる
なり自娘とても持さればなき跡にて吊ひても給はれとふるき苧桶のそこより紅の織紐
付し紫の革たび一足つぎ/\の珠數袋此中にさられた時の暇の状ありしを是はとつて
捨此二色をおせんに形見とてわたせば女心のはかなく是を誠に泣出し我に心有人さも
あらば何にとて其道しるゝこなた樣をたのみたまはぬぞおもはくしらせ給はゞそれを
いたづらにはなさじと云かゝよき折ふしとはじめを語り今は何をかかくすべしかね/
\我をたのまれし其心ざしの深き事哀とも不便とも又いふにたらず此男を見捨給はゞ
みづからが執着とても脇へはゆかじと年比の口上手にていひつゞければおせんも自
然
となびき心になりてもだ/\と上氣していつにても其御方にあはせ給へといふにうれ
しく約束をかため一段の出合所を分別せしと小語て八月十一日立にぬけ參を此道終契
をこめ行すゑ迄互にいとしさかはゆさの枕物語しみ%\とにくかるまじきしかも男ぶ
りじやとおもひつくやうに申せばおせんもあはぬさきより其男をこがれ物も書きやり
ますかあたまは後さがりで御座るか職人ならば腰はかゞみませぬか爰出た日は守口か
牧方に晝からとまりまして
と取まぜて談合するうちに中居の久米が聲しておせんどのおよびなされますと
いへばいよ/\十一日の事と申のこしてかへりける
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
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