University of Virginia Library

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 武力に訴える人類間の闘争は独墺の屈服に由って一段落がついたようですが、望む所の平和はまだ容易にその 曙光 しょこう を示しません。今や武力の闘争に代る貧富の階級闘争が戦前よりも幾多の勢力を以て我国にも押寄せて来ました。

 これまでの労働者が企てた階級闘争は本能的、盲目的のものでした。反射的、ヒステリイ的のものでした。彼らは敵についても、味方についても、その実力を知らず、その要求が一時的の不平に発し、その行動が個人的に偏して、多数の利害を念とする協同作用が欠けていましたから、資本家の慈善主義に感激したり、警察官や軍隊の威圧に挫折したりして、たわいもない結果に終る場合が多かったようですが、最近の同盟罷工には、労働者に知識があり、自制があって、その要求が或程度の合理的基礎を備え、その行動が自制と組織とを持つようになりました。これは労働者の非常な進歩です。こういう聡明なかつ道徳的な労働運動に対しては、第一に一般社会がこれに同情して、隠然と多大の後援を寄せることになります。また資本家も官憲も姑息な圧制手段や温情的方法を以て一時を 糊塗 こと することが出来なくなりました。殊に唯今の政府は農民党たる政友会の政府であり、労働者の当の敵たる資本家は もと より都市の商工業者ですから、同じ資本家の手先になっている政府とはいえ、憲政会の政府よりは資本家に わたくし する所が露骨でないという事情もあり、また近来の官憲の中の少壮分子は不徹底ながらも民主思想を理解し、世界の労働問題に一隻眼を開いている所から、資本家の極端な利己心に憤慨し、労働者の境遇に同情するという立派な理由もあって、最近の同盟罷工が おおむ ね官憲に由って善意に保護されているのを見ると、これしきの事にも我国においては空前の善政だという感謝の心が かずにおられません。