University of Virginia Library

二幕目 釣船三婦内の場

  • 役名==團七九郎兵衝。
  • 一寸徳兵衞。
  • 釣船三婦。
  • 玉島磯之丞。
  • こつぱの權。
  • なまの八。
  • 三河屋義平次。
  • 徳兵衞女房、お辰。
  • 三婦女房、おつぎ。
  • 傾城、琴浦。
本舞臺、三間の間常足の二重、眞中のれん口、正面茶壁佛壇、これに進上のビラを貼り、上手一間の障子屋體、下の方一間の腰障子、これへ筆太に「釣船」と書いてあり、軒づらに祭禮の提灯を掛け、箱火鉢、茶呑茶碗、煙草箱、長煙管、燒火鉢を置き、これにておつぎ、小鰺を燒いて居る。琴浦、磯之丞、常足の上にて、笊の中より小茄子の袴を取り居る。この見得よろしく屋臺囃子にて幕明く。
[ト書]

ト下手よりこつぱの權、なまの八の兩人、獅子袢纏を着て、笊の獅子を冠り出て來り


兩人

おめでたう。


[ト書]

ト内へ入り、獅子舞ひをしながら、琴浦を見て



ありや、琴浦、


[ト書]

ト云ひかけるを、八制して其まゝ門口へ出て、花道へ入る。


琴浦

先刻からも云ふ通り、なんぼお前が云はしやんしても、お仲さんが諦らめられるものかいな。


磯之

イヤ/\、それは其方の悋氣と云ふもの。其やうに疑ふものぢやないわいなう。


琴浦

そんなら、なぜお仲さんを連れてござんしたぞいなう。それがわたしや聞えませぬわいなア。


[ト書]

ト煙管にて疊を叩いて云ふ。おつぎ思ひ入れあつて


つぎ

アヽモシ、琴浦さんも好い加減に云ひなさんせ。其やうに悋氣をしさんすのが嫌さに、此方の三婦どのが、お仲さんを、送つて行つたではござんせぬか。お前も粹のやうにもござんせぬ。男に勤め奉公さしたと思へば濟むわいなア。よい加減に仲を直したがよいわいなア。


琴浦

アノ、そりやおつぎさんの云はしやんす事ぢやござんすれど、お仲さんと心中に行かしやんした清七さんと、仲を直したとて、あまり面白うござんせぬ。九郎兵衞さんも娘御のある内へ、奉公にやらしやんしたが、聞えませぬわいなア。


磯之

アヽ、コレ/\、九郎兵衞に何の恨み。斯うして三婦どのゝ世話になるのも、九郎兵衞からの頼みゆゑ、恨みがあるなら清七に、たんと云やいなう。


琴浦

サア、その恩のある人に、恨みを云ふのも、お前の業。


磯之

イヤ/\、云やんな/\。世の中に据ゑ膳と鰒汁を喰はぬは、男の中ではないと云ふわいなう。


琴浦

それ/\、その口が憎らしいわいなア。


[ト書]

ト此の時三婦、親仁の拵らへにて、珠數を持ち、大縞の浴衣にて出て來り、門口にて


三婦

女房ども、今戻つた。


[ト書]

ト云ひながら内へ入る。


つぎ

オヽ、こちの人、戻らさんしたかいなア。サア/\、茶々一つ上らんせ。


[ト書]

ト茶を持つて來る。


三婦

なんと留守の間に、祭りの料理は出來てあるか。


つぎ

イヤモウ、お前の云ひ附け通り、鰺の鹽燒にお作に酢の物まで、すつぱりと出來て居りますわいなア。


三婦

オツと、それでよし/\。喰へる/\。


つぎ

モシ、道具屋の娘御は、首尾よう戻してござんしたか。


三婦

ハテ、人の大事な娘、誘拐したと云はれては、磯之丞どの男が立たぬ。首を縊つた傳八めに、何も彼もなすり附けて、金の事までさらりと濟まし、仲買の彌市を殺した事は、彼の書置でしてやつたと思つたところが、嫌な風説があるて。コレ、お二人も聞かつしやりませ。その書置の手が、傳八の手蹟で無いと、一家一門が云ひ出して、御詮議を願ふとの噂ゆゑ磯之丞さまを大坂の地には置かれまいと、九郎兵衞も氣が附き、おれもさう思へども、差當つて立退かうと云ふ當途もなくやられもせまい。ハテ、どこぞよい處がありさうなものだ。イヤ、さうして端近へ出て、人に顏を見られては惡い、殊に琴浦どのなどは、目がける者があれば猶の事。女房どもも女房どもだ。なぜ此やうに店先へ。


つぎ

それ見やしやんせ。主の云はるゝ通り。それになんぞや榮耀らしい燒餅どころか、殊に依つたら二三年も、別れ/\にならうも知れぬ。暇乞ひと仲直りの汗を、一度にかいて置かしやんせ。


磯之

それぢやと云うて。


琴浦

どうマア奧へ。


つぎ

エヽ、措かしやんせ。何をウヂ/\と琴浦さん、早う連れまして。


[ト書]

トこれにて琴浦思ひ入れあつて


琴浦

申し、磯さん、お前に話しがたんとござんす。ちやツと奧へござんせ。


[ト書]

ト磯之丞の手を取るを振り切り


磯之

ハテ、さうせまいぞ。三婦どのが見てござるわいなう。


[ト書]

ト逃げようとするを、また手を取り、


琴浦

ハテマア、ござんせと云ふに。


[ト書]

ト唄になり、兩人思入れあつて、奧へ入る。この唄をかりて花道よりお辰、世話女房の形にて、日傘を持ち出て來り、思ひ入れあつて門口へ來り


たつ

申し、ちと物が承はりたう存じます。この邊に荷物のお世話をなされまする、三婦さんのお内を、御存じではござりませぬか。


[ト書]

ト門口を明け


つぎ

ハイ、こちらでござります。マア、どなたでござりまする。


たつ

ハイ、わたしでござりまする。


[ト書]

ト三婦、お辰を見て


三婦

オヽ、これは/\。ようござつた。サア/\、此方へ入らつしやれ/\。コレサ、徳兵衞のお内儀ぢや。


つぎ

オヽ、さうでござんしたか。マア/\、入らしやんせ。


[ト書]

トお辰、内へ入る。


[つぎ]

ほんにマア、この暑いのに、ようこそ/\。サア/\、茶々一つお上りなさんせ。


[ト書]

トおつぎ、茶を出す。


たつ

これは有り難うござります。モウ/\、お構ひなされますな。三婦さまには先程、九郎兵衞さまの處で、お目にかゝりまして、何や彼やお禮を申しましたれど、お前樣には初めてお目にかゝりました。わたしは備中玉島に居りまする、徳兵衞が女房の、辰と申す者でござりまする。


つぎ

イヤ、これは/\、暑さの時分、よう上つてござんしたなア。


たつ

マア、何からお話し申しませう。連合ひの徳兵衞どのは僅かな科で國を立退きまして、和泉とやらに居られましたを、皆さん方が世話をして、暫らく大坂の住居。生れつきが荒々しく、喧嘩と云へば一番駈けに、刃物三昧いたすやうな人。定めて何やらかやら、お世話勝ちにござりませうと、ちよつとお禮に上りました。


つぎ

これは/\、なんのお禮に及びませう。そりやモウ、お互ひの事でござんす。さうした荒々しいのは、いづ方にも有る事。手前の人も五六年以前までは、それは/\喧嘩好きで、假初にも、ちよつと橋詰へ出てもらはうかと、毎日毎晩、それも又直れば直るものでござんす。今では虫も踏み殺さぬ佛性。アレ、あのやうに片時も、珠數を放した事はござんせぬ。腹立つ事がござんすりや、南無阿彌陀佛で消して居られまする。


三婦

イヤモウ、嬶が云ふ通り、常日頃が、これぢや/\。


[ト書]

ト珠數を爪繰つて見せる。


たつ

それはマア、結構な事でござりまする。


三婦

イヤお内儀、徳兵衞も同道でござりまするか。


たつ

サイナア、女房の思ふやうにもござんせぬ。モシ聞いて下さりませ。お國のお咎めもゆりましたゆゑ、迎ひに參りましたに、ヤレ嬉しやと申す處へ氣も附かず、マア四五日も後から下らう、先へ歸れと素氣もなく申されまするゆゑ、未練さうに附合うても居られませず、是非なう先へ下りまする。


[唄]

[utaChushin] 話しのうちに、三婦の女房が心附き、云ひ出すしほに、茶を差出だし、


つぎ

マア/\茶々一つ。時にお辰さん、あまり馴れ/\しいが、お前にちやつとお頼み申したいことがござんすが、なんとわたしに、頼まれては下さんすまいか。


[唄]

[utaChushin] 裏問ひかゝれば、立ち直つて襟かき合せ。


たつ

玉島の田舍に住みましても、一寸徳兵衞が女房辰でござんす。頼むとあるを一寸でも、後へは引かぬが、夫の氣性、マア云うて見なさんせ。


つぎ

そりやマア嬉しうござんす。お禮から先へ申します。定めて徳兵衞さんのお話しで、聞いてござんせうが、和泉の國濱田の御家中、玉島兵太夫さまと云ふお方の御子息に、磯之丞さまといふがござんすが、樣子あつて町の奉公なされてござつたところに、若氣の至りで人を。マアこの大坂に置かれぬ首尾。今も今とて、内の人との相談、どうぞこの方を。


たつ

預かりませう。わたしの方へお連れ申しませう。


つぎ

そんなら、預かつて下さんすか。


たつ

ハテ、そこを引かぬが一寸の女房。殊にその親御の兵太夫さまには、ちツとわたしの方にも由縁もござんす。預かつてお連れ申しませう。


つぎ

そんならさうして下さんすか。ヤレ/\嬉しや/\、それ聞いて落ちつきました。ドレ、爰へお連れ申して來ませう。


[ト書]

ト立ち上がるを、三婦留めて


三婦

コリヤ待て女房、女賢しうして牛賣れぬと、入らざるおのれが差配立て。頼んでよければおれが頼む。磯之丞どのをお辰どんに、預けてやつては、おれが男が立たぬ。


つぎ

サア、そこを預けるが、あなたのお爲。


三婦

ヤア、吐かすなえ。わりや男の一分を捨てさすか。たわけ者めが。


[唄]

[utaChushin] 呵り飛ばされもぢ/\うぢ/\、お辰は聞き兼ね。


たつ

モシ三婦さん、無理に頼まれたうて云ふぢやござんせぬが、わたしがそのお人を預かれば、お前の男が立たぬとは、どういふ譯でござんすえ。但しは女子ゆゑに、まさかの時は役に立たぬと思うてか。まんざらひじりかすりを喰ふやうな、女子でもござんせぬ。一旦頼むの頼まれたのと云うたからは、三日でも預からねば、わたしの顏が立ちませぬ。立てゝ下さんせ、親仁さん。


[唄]

[utaChushin] 辛い女房の詞の山椒、茶びん天窓を動かする。


三婦

イヤ/\、どう云うても、預けては、この三婦が男が立たぬ。


たつ

サア、その立たぬ譯を承りませう。それには何ぞ樣子がござんせう。そりやマア、どうして立ちませぬな。


三婦

サア、立たぬといふ譯は、お内儀の顏に色氣があるゆゑ。


たつ

なんと云はしやんす。


三婦

徳兵衞が思ふにも、三婦といふ者は、いゝ年をして無遠慮な、我が身に火の附いて來たゆゑに、それが切なさに、若い女房に若い男を預けてやつたは、聞えぬとサア、思ひはせまいが、また思ふまいものでもない。あながちこなたに限つて、さうした事はあるまいけれど、思案の外といふ事があるに依つて、また疑ふまいものでもない事ぢやに依つて、人の口には戸が立てられぬ。コレ、必らず腹立てまいぞや/\。いつそ、こなたの顏が、歪んであるか、半分そげてあつたら、徳兵衞が何とも思ふまい。また世間も濟むといふもの。おりや誓文、コレこの珠數に掛けて、頼みたいこなたの氣性。併し萬が一徳兵衞が立たぬ事が出來ると、おれは勿論九郎兵衞までが、男が廢るといふもの、間違ひはあるまいけれど、外といふ字で預け憎い。マアさう思つて下され。


[唄]

[utaChushin] 事を分けたる一言に、流石のお辰も詞は出でず、差俯向いて居たりしが、何思ひけん立ち直り、火鉢に掛けし鐵弓の、火になつたのを押取つて、我れと我が手に我が顏へ、べつたり當てる燒鐵に、ウンとばかりに反り返る、夫婦もあわて抱きかゝへ、藥よ水よといたはれば、むつくと起きて


[ト書]

ト文句通りあつて


たつ

なんと三婦さん。この顏でも、思案の外といふ字の、色氣がござんすかえ。


[ト書]

トこれにて三婦手を打ち


三婦

出來だお内儀。磯之丞どのを頼みます。


たつ

すりや、預けて下さんすか。


三婦

唐までなりと、連れ立つて下され。


たつ

エヽ、嬉しうござんす。それでわたしも落ちつきました。磯之丞さまの親御兵太夫さまは、備中玉島が御生國、徳兵衞どのゝ爲にも親方筋。その御子息樣を預からいでは、連合ひの男が立ちませぬ。わたしも主へ立たぬに依つて、親の産み附けた滿足な顏へ、疵附けて預かる心、推量して下さんせ。


[唄]

[utaChushin] 語るを聞いておつぎも涙、三婦涙の横手を打ち。


三婦

ハテ、徳兵衞は頼もしい女房を持つなたなア。なぜ男には生れて來なんだ。あつたら物を落して來たなア。ソレ女房ども、奧へ伴ひ磯之丞さまを、備中へ下す支度しやれ。


つぎ

合點でござんす。


三婦

お内儀、顏は痛みはしませぬか。


たつ

アイナア、我が手でした事。お恥かしうござります。


[唄]

[utaChushin] 惜しや盛りを散らせしと、三婦の女房はいたはりて。


つぎ

モシお辰さん、疵が痛むなら、膏樂を上げませうかえ。


たつ

イエ/\、それには及びませぬ。


つぎ

そんなら、何かの話しは、アノ奧で。


たつ

聞いたり云うたり。


つぎ

話さうわいなア。


たつ

そんなら三婦さん、後程お目にかゝりませう。


[ト書]

ト唄になり、お辰おつぎ、奧へ入る。


三婦

ドリヤ、お念佛でも申さうか。


[ト書]

ト佛壇の前へ直る事。この前へ直る事この時花道より權と八出て來り、門口にて、



三婦どのは内にか。



イヤサ、お宿にか。


三婦

オヽ、コリヤ二人ともに、まだ祭りをしまはぬか、呑みに來たのか。いま看經を仕掛けて珠數を放されぬ。そこらに樽があらう、ぐつと一杯引つかけて行きやれ。南無阿彌陀佛々々々々々々。膳棚に肴もあらう。南無阿彌陀佛々々々々々々。



八よ、親仁の今のを聞いたか。なんだかぶつ/\を聞かうより、てめえより云ひ出せ/\。



エヽ、てめえ云ふと云つて來たぢやアねえか、てめえ云へ/\。



コレ三婦どん、こなたの内に、貰ひたいものがあつて來た。


兩人

花を下んせ/\。


三婦

なんだ、花をくれ。ハヽア、留守の内に、お神輿か獅子でも持つて來たな。



オヽ、美しい花を見附けて置いた。



さる侍ひに頼まれて、その花を貰ひに來た。



それ/\、直につまんで來てやらうと受合つて、そのお侍ひを宮の内に待たして置いた。



以前なら腕づくといふ所だが、白髮親仁の禿天窓をさうもなるめえ。



但しは何とか云つて見る氣か。金にでもする氣があるか。



どせう骨を落ちつけて


兩人

挨拶しろ/\。


三婦

若い者といふものは、嗜め/\。わいらは住吉で初めて逢つたが、もう根性が直つたらうと思つたが、まだ直らぬな。侍ひといふのは、大鳥佐賀右衞門といふ奴であらうがな。


兩人

マア、そんなものよ。


三婦

コリヤ、それなれば、琴浦には磯之丞といふ、歴とした男があると、云つてくれ/\。



ヤア、この親仁、おいら達を子供のやうに思つて居やがるな。


三婦

オヽ、おれが目からは子供も子供、稻子のやうに見えるわえ。



なんだ、稻子だと吐かしやアがつたな。稻子なら刎ね込んでやらう。


[ト書]

ト奧へ行きかけるを、三婦引ツ捕へ、ちよつと立廻りて兩人を捕へる。此時奧よりおつぎ出て


つぎ

モシ、こちの人、わたしや先刻から聞いて居たが、こりやモウこなさん、堪忍がなるまいがな。


三婦

コレ嬶、五六年願うた後生を無にして、いつそ切つてしまはざなるまいかえ。


つぎ

そんな事もようござんすが、それもあんまり不便なゆゑ。


三婦

イヤ/\、こんな時切らざア、切る時はあるまいぞえ。


[ト書]

トこれにて兩人、氣味の惡きこなしにて思ひ入れあつて



こりや面白い、切られよう。サア、切れ/\。



こくにも立たぬ老ぼれめ、きつぱ廻しやア、首と胴との生き別れだ。


兩人

サア、切れ/\。


三婦

もう是非がない、切つてしまふぞや。


兩人

ヤ。


三婦

おれが切るのは、この珠數だ。


[ト書]

トふツつり中途より切り、後へ投げて、


[三婦]

サア、これからは元の釣船の三婦。うぬらに刃物が入るものか。


[ト書]

トちよつと立廻り、兩人を投げて、


[三婦]

コレ、脇差をおこせ。


つぎ

ハテ、もう刃物は入らぬではござんせぬか。


三婦

イヤ、このがらくたは爪の垢とも思はぬが、根ざしの侍ひ佐賀右衞門を、ばらしてしまふ。男の丸腰は見苦しい。寄越せ/\。


[ト書]

トおつぎ、脇差を持つて來る。三婦、脇差を差す。權八は三婦にかゝる。


[三婦]

嬶、行て來るぞや。


つぎ

オヽ、行てござんせ。


[ト書]

ト三婦、兩人を相手にしながら、花道へ入る。おつぎ、見送つて、


[つぎ]

あゝは云ふものゝ、年は取つても居るし、もし引けを取らねばよいがなア。


[ト書]

ト花道より義平次、駕籠の物を連れ出て來り、門口へ來て、


義平

ハイ、御免なさいまし/\。


[ト書]

ト門口を叩く。この時おつぎ出ながら


つぎ

ハイ、どなたでござりまする。


[ト書]

ト門口を明ける。義平次見て


義平

オヽ、こりや三婦どのお内儀、この頃は逢ひませぬいつ見てもまめやかな。


つぎ

これは義平次さん、お前もお達者で珍らしい。なんと思うてござんした。


義平

イヤモ、年寄は子に遣はれます。九郎兵衞が云ふには、惡者どもが頼まれて、琴浦どのを盗まんと、目を掛けるゆゑ、定めて三婦どのにも心遣ひ。四五日こちらへ預かつて置いたなら、燈臺元暗しとやらで、氣遣ひはあるまい。夫婦の衆も氣休めになるゆゑ、迎ひにいつて來いと云つて、駕籠までおこしました。これまではいかいお世話になりました。


つぎ

なんのそのお禮に及ぶ事かいなア。今も今とて惡者どもがとつばさつば。連合ひがその出入りに行かれました。二三日もこの内を明けて、あいらに鼻を明かす心得で、九郎兵衞どのゝ魂膽で、俄の迎ひでござんせう。舅御のお前に渡せば、慥かなもの。奧にでござんす。ドレ、呼んで來ませうわいなア。


[ト書]

ト奧へ入る。義平次思ひ入れあつて、


義平

コレ駕籠の衆、隙は取らせぬ。まちやつと待つて下され。


駕屋

ハイ/\、畏まりました。


[ト書]

トこの時、おつぎ、琴浦を連れて出て來り


琴浦

そんならわたしは、九郎兵衞さんの方へ行かねばならぬかえ。


つぎ

サア/\、二三日のうちぢや、得心してござんせ。


琴浦

わたしや九郎兵衞さんに譯を云うて、磯さんの方へ。


つぎ

それも合點。サア/\、ござんせ/\。


義平

サア/\ござれ/\。コレ駕籠の衆、靜かに頼みます。


[ト書]

ト琴浦を急がせて駕籠へ乘せる、


[義平]

そんならお内儀。コレ、駕籠を早くやつてもらひませう。


[ト書]

ト義平次、思ひ入れあつて、駕籠舁きを追ひ立て/\、花道へ入る。この時奧より磯之丞、お辰出て來り


たつ

ハテ、何もかもよろしうござります。御案じなさる事はこざりませぬ。


磯之

そんならお内儀、わしやモウ行きまする。どうぞ琴浦の便りを、早う寄せて下されいなう。


つぎ

サア/\、それも三婦どのと談合して、直ぐに後から云うて上げまする。


たつ

そんならおつぎさん、何も心遣ひをさしやんすな。サア/\、參りませう/\。


磯之

行くは行くけれど、どうも心が。


[ト書]

ト門口へ來る。これをお辰留めて


たつ

ハテ、よろしうござります。わたしに任せてお置きなされませ。


つぎ

磯之丞さまのお身を、どうぞ。


たつ

しつかりと預かりました。


磯之

おつぎどの、又の便りを。


たつ

サア、參りませう。


[ト書]

ト唄になり、兩人、花道へ入る。


つぎ

ヤア/\嬉しや/\、磯之丞さまを備中へ送り、琴浦さんも九郎兵衞さんの方へ預けたりや、やう/\落ちついた。ドリヤ、お燈火でも上げようか。


[ト書]

トこの時花道の揚げ幕にて


團七

マア/\父さん、待ちなせえ/\。


徳兵

コレサ、料簡さつせえ/\。


[ト書]

ト云ひながら、三婦をなだめながら九郎兵衞、徳兵衞出て來り、


團七

コレ/\父さん、たかゞ逃げる侍ひを、相手にするにやア及ばねえ。


徳兵

大人氣ねえといふものだ。


三婦

イヤ/\、構はずと退いてくれ/\。


兩人

マア/\、料簡さつせえ/\。


[ト書]

ト云ひながら、門口へ來る。おつぎ出て、


つぎ

九郎兵衞さんに徳兵衞さん、ようござんした。さうして出入りの樣子はどうでござんした。こちの人が引けを取りはしませぬか。


團七

イヤ/\、年は取つても氣遣ひな事はねえ。ナウ徳兵衞。


徳兵

さうとも/\。昔に變らぬ達者者。八や權を蓮池へ、どんぶりといはしたゆゑ、侍ひめは逃げてしまつた小氣味のよさ。


つぎ

さうでござんしたか。ヤレ/\嬉しや/\。サアサア、入んなさんせ。祝ひにわツさりと、酒にせうわいなア。


[ト書]

トこれにて皆々内へ入る。


三婦

コリヤ女房、よく氣が附いた。徳兵衞には取分け、お内儀の事を話さにやならぬ。九郎兵衞には又安堵さす事がある。サア、マア奧へ來やれ。


徳兵

ドレ、お内儀の御馳走にあづからうか。


[ト書]

ト三婦徳兵衞は奧へ入る。團七とまり思ひ入れあつて


團七

お内儀、琴浦どのや磯之丞さまは、見えられぬが、どこぞへ行かれたか。


つぎ

サレバイナア、どうやら世間が騒々しいゆゑに、氣を揉んで居たところ、徳兵衞さんのお内儀、お辰さんがござんしたゆゑ、磯さまを預け、備中へ遣りました、又そこへお前の方からの迎へゆゑ、たつた今琴浦さんは。


團七

ムウ、すりやアノ、誰れが迎ひに來ました。


つぎ

ハテ、お前の舅、義平次さんが見えられて、九郎兵衞が云ひますには、四五日戻して下されと、駕籠まで持つてござんした。


團七

ヤヽヽヽヽ、そんなら、この九郎兵衞がと云うて、舅どのが。ムウ。して/\、その駕籠はどつちへ。


つぎ

慥かに南の方へ。


團七

それを遣つては。


[ト書]

ト團七駈け出すを、おつぎ留あて


つぎ

コレ待たしやんせ。そんならお前は、迎ひにごさんした事を知らずにか。


團七

知つた知らぬは後での事。


つぎ

イエ/\、それを聞かぬうちは。


團七

エヽ、面倒な。


[ト書]

トおつぎを振り拂ふ拍子に、脇差を突き、逸散に花道へ行く。おつぎ、ウンと云つて倒れる、團七舞臺を見て


[團七]

お内儀、この煙草入れに藥がある。これを呑んで下んせ。


[ト書]

ト煙草入れを抛る。


[唄]

[utaChushin] 長町さして、


[ト書]

ト三重にて、團七、逸散に花道へ入る。これにてよろしく、