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 群集ばらばらと 一斉 いっせい に左右に分れ候。

 不意なれば 蹌踉 よろ めきながら、おされて、人の軒に仰ぎ依りつつ、何事ぞと存じ候に、黒き、長き物ずるずると来て、町の 中央 なか を一文字に貫きながら矢の如く け抜け候。

 これをば心付き候時は、ハヤその物体の かしら は二、三十 けん わが眼の前を走り去り候て、いまはその 胴中 どうなか あたり しき りに進行いたしをり候が、あたかも たこ の糸を繰出す如く、 走馬燈籠 まわりどうろう の間断なきやう にわか に果つべくも見え申さず。 ただ 人の頭も、顔も、黒く塗りて、肩より胸、背、下腹のあたりまで、墨もていやが上に濃く塗りこくり、 赤褌襠 あかふどし 着けたる いしき はぎ 、足、 かかと 、これをば朱を以て真赤に色染めたるおなじ 扮装 いでたち 壮佼 わかもの たち、幾百人か。一人行く前の人の あと へ後へと つな ぎあひ候が、繰出す如くずんずんと行き候。およそ半時間は連続いたし候ひしならむ、やがて最後の一人の、 身体 からだ 黒く足赤きが眼前をよぎり候あと、またひらひらと群集左右より寄せ合うて、両側に別れたる路を ふさ ぎ候時、その 過行 すぎゆ きし かた 打眺 うちなが め候へば、 の怪物の全体は、 はるか なる向の坂をいま うね り蜿りのぼり候 首尾 しゅび まった きを、いかにも 蜈蚣 むかで と見受候。あれはと見る間に 百尺 ひゃくせき 波状の 黒線 こくせん の左右より、二条の 砂煙 さえん 真白 ましろ にぱツと立つたれば、その尾のあたりは ほこり にかくれて、 躍然 やくぜん として もた げたるその うす の如き こうべ のみ坂の上り尽くる処雲の如き 大銀杏 おおいちょう こずえ とならびて、見るがうちに、またただ七色の道路のみ、獅子の背のみ なが められて、 蜈蚣 むかで は眼界を去り候。 く既に式場に着し候ひけむ、 風聞 うわさ によれば、市内各処における労働者、たとへばぼてふり、車夫、 日傭取 ひようとり などいふものの総人数をあげたる、意匠の パフナリー に候とよ。

  の巨象と、幾頭の獅子と、この蜈蚣と、この群集とが つい に皆式場に会したることをおん ふくみ の上、静にお考へあひなり候はば、いかなる 御感 おんかん じか 御胸 おんむね に浮び候や。