University of Virginia Library

1.2. くけ帯よりあらはるゝ文

やれ今の事じや外科よ氣付よと立さわぐ程に何事ぞといへば皆川じがいと皆/\ なげきぬまだどうぞといふうちに脉があがるとやさても是非なき世や十日あまりも此 事かくせば清十郎死おくれてつれなき人の命母人の申こされし一言にをしからぬ身を ながらへ永興院をしのび出同國姫路によしみあればひそかに立のき爰にたづねゆきし にむかしを思ひ出てあしくはあたらず日數ふりけるうちに但馬屋九右衞門といへるか たに見せをまかする手代をたづねられしに後/\はよろしき事にもと頼にせし宿のき もいられてはじめて奉公の身とは成ける人たるものゝ育ちいやしからずこころざしや さしくすぐれてかしこく人の氣に入べき風俗なり殊に女の好る男ぶりいつとなく身を 捨戀にあきはて明くれ律儀かまへ勤けるほとに亭主も萬事をまかせ金銀のたまるをう れしく清十郎をすゑ/\頼にせしに九右衞門妹におなつといへる有ける其年十六迄男 の色好ていまに定る縁もなしされは此女田舎にはいかにして都にも素人女には見たる 事なし此まへ嶋原に上羽の蝶を紋所に付し太夫有しがそれに見増程成美形と京の人の 語けるひとつ/\いふ迄もなし是になぞらへて思ふべし情の程もさぞ有へし有時清十 郎竜門の不斷帯中ゐのかめといへる女にたのみて此幅の廣をうたてしよき程にくけな ほしてと頼しにそこ/\にほどきければ昔の文名殘ありて取亂し讀つゝけけるに紙數 十四五枚有しに當名皆清さまと有てうら書は違ひて花鳥うきふね小太夫明石卯の葉筑 前千壽長しう市之丞こよし松山小左衞門出羽みよしみな/\室君の名ぞかしいづれを 見ても皆女郎のかたよりふかくなづみて氣をはこび命をとられ勤のつやらしき事はな くて誠をこめし筆のあゆみ是なれは傾城とてもにくからぬものぞかし又此男の身にし ては浮世ぐるひせし甲斐こそあれさて内證にしこなしのよき事もありや女のあまねく おもひつくこそゆかしけれといつとなくおなつ清十郎に思ひつきそれより明暮心をつ くし魂身のうちをはなれ清十郎が懷に入て我は現が物いふごとく春の花も闇となし秋 の月を晝となし雪の曙も白くは見えず夕されの時鳥も耳に入ず盆も正月もわきまへず 後は我を覺ずして恥は目よりあらはれいたづらは言葉にしれ世になき事にもあらねば 此首尾何とぞつき%\の女も哀れにいたましく思ふうちにも銘/\に清十郎を戀詫お 物師は針にて血をしほり心の程を書遣しける中居は人頼みして男の手にて文を調へ袂 になげ込腰元ははこばても苦しからざりき茶を見世にはこび抱姥は若子さまに事よせ て近寄お子を清十郎にいだかせ膝へ小便しかけさせこなたも追付あやかり給へ私もう つくしき子を産でからお家へ姥に出ました其男は役に立ずにて今は肥後の熊本に行て 奉公せしとや世帯やぶる時分暇の状は取ておく男なしじやに本におれは生付こそ横ぶ とれ口ちひさく髪も少はちゞみしにとしたゝるき独言いふこそをかしけれ下女は又そ れ/\に金じやくし片手に目黒のせんば煮を盛時骨かしらをゑりて清十郎にと氣をつ くるもうたてしあなたこなたの心入清十郎身にしては嬉しかなしく内かたの勤は外に なりて諸分の返事に隙なく後には是もうたてくと夢に目を明風情なるになほおなつ便 を求てかず/\のかよはせ文清十郎ももや/\となりて御心にはしたがひながら人め せはしき宿なればうまひ事は成がたくしんいを互に燃し兩方戀にせめられ次第やせに あたら姿の替り行月日のうちこそ是非もなくやう/\聲を聞あひけるをたのしみに命 は物種此戀草のいつぞはなびきあへる事もと心の通ひぢに兄娵の關を居ゑ毎夜の事を 油斷なく中戸をさし火用心めしあはせの車の音神鳴よりはおそろし