University of Virginia Library

自序

あゝ二十五の女心の痛みかな!
細々と海の色透きて見ゆる
黍畑に立ちたり二十五の女は
玉蜀黍よ玉蜀黍!
かくばかり胸の痛むかな
二十五の女は海を眺めて
只呆然となり果てぬ。
一ツ二ツ三ツ四ツ
玉蜀黍の粒々は二十五の女の
侘しくも物ほしげなる片言なり
蒼い海風も
黄いろなる黍畑の風も
黒い土の吐息も
二十五の女心を濡らすかな。
海ぞひの黍畑に
何の願ひぞも
固き葉の颯々と吹き荒れて
二十五の女は
眞實命を切りたき思ひなり
眞實死にたき思ひなり。
延びあがり延びあがりたる
玉蜀黍は儚なや實が一ツ
こゝまでたどりつきたる
二十五の女の心は
眞實男はいらぬもの
そは悲しくむつかしき玩具ゆゑ
眞實世帶に疲れる時
生きようか死なうか
さても侘しきあきらめかや
眞實友はなつかしけれど
一人一人の心故――
黍の葉のみんな氣ぜはしい
やけなそぶりよ
二十五の女心は
一切を捨て走りたき思ひなり
片瞳をつむり
片瞳を開らき
あゝ術もなし
男も欲しや旅もなつかし。
あゝもしよう
かうもしよう
をだまきの絲つれづれに
二十五の呆然と生き果てし女は
黍畑のあぜくろに寢ころび
いつそ深くと眠りたき思ひなり。
あゝかくばかり
せんもなき
二十五の女心の迷ひかな。

――一九二八、九――