University of Virginia Library

春雜歌

1812

[題詞]春雜歌

[原文]久方之 天芳山 此夕 霞霏d 春立下
[訓読]ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも
[仮名],ひさかたの,あめのかぐやま,このゆふへ,かすみたなびく,はるたつらしも
[_]
[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
[_]
[校異]歌 [西] 謌
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,飛鳥,地名,枕詞,季節

1813

[題詞]

[原文]巻向之 桧原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方
[訓読]巻向の桧原に立てる春霞おほにし思はばなづみ来めやも
[仮名],まきむくの,ひはらにたてる,はるかすみ,おほにしおもはば,なづみこめやも
[_]
[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,季節

1814

[題詞]

[原文]古 人之殖兼 杉枝 霞<霏>d 春者来良之
[訓読]いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし
[仮名],いにしへの,ひとのうゑけむ,すぎがえに,かすみたなびく,はるはきぬらし
[_]
[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
[_]
[校異]<> → 霏 [西(左書)][元][類][紀] / 之 [元][類](塙) 芝
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,植物,季節

1815

[題詞]

[原文]子等我手乎 巻向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏d
[訓読]子らが手を巻向山に春されば木の葉しのぎて霞たなびく
[仮名],こらがてを,まきむくやまに,はるされば,このはしのぎて,かすみたなびく
[_]
[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
[_]
[校異]凌 [元][類] 陵
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,枕詞,季節

1816

[題詞]

[原文]玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏d
[訓読]玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
[仮名],たまかぎる,ゆふさりくれば,さつひとの,ゆつきがたけに,かすみたなびく
[_]
[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,枕詞,季節

1817

[題詞]

[原文]今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏d
[訓読]今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹朝妻山に霞たなびく
[仮名],けさゆきて,あすにはきなむと,****,あさづまやまに,かすみたなびく
[_]
[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
[_]
[校異]牟 [元][類] 年 / 鹿丹 [元] 庶
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,御所市,奈良県,地名,季節

1818

[題詞]

[原文]子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之尓 霞多奈引
[訓読]子らが名に懸けのよろしき朝妻の片山崖に霞たなびく
[仮名],こらがなに,かけのよろしき,あさづまの,かたやまきしに,かすみたなびく
[_]
[左注]右柿本朝臣人麻呂歌集出
[_]
[校異]歌 [西] 謌
[_]
[KW],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,御所市,奈良県,地名,季節,序詞

1819

[題詞]詠鳥

[原文]打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇礼尓 鴬鳴都
[訓読]うち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末に鴬鳴きつ
[仮名],うちなびく,はるたちぬらし,わがかどの,やなぎのうれに,うぐひすなきつ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,季節,植物,動物

1820

[題詞](詠鳥)

[原文]梅花 開有岳邊尓 家居者 乏毛不有 鴬之音
[訓読]梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声
[仮名],うめのはな,さけるをかへに,いへをれば,ともしくもあらず,うぐひすのこゑ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,動物,季節

1821

[題詞](詠鳥)

[原文]春霞 流共尓 青柳之 枝喙持而 鴬鳴毛
[訓読]春霞流るるなへに青柳の枝くひ持ちて鴬鳴くも
[仮名],はるかすみ,ながるるなへに,あをやぎの,えだくひもちて,うぐひすなくも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,動物,季節

1822

[題詞](詠鳥)

[原文]吾瀬子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變瀬 夜之不深刀尓
[訓読]我が背子を莫越の山の呼子鳥君呼び返せ夜の更けぬとに
[仮名],わがせこを,なこしのやまの,よぶこどり,きみよびかへせ,よのふけぬとに
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,地名,動物,枕詞

1823

[題詞](詠鳥)

[原文]朝井代尓 来鳴<杲>鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴
[訓読]朝ゐでに来鳴く貌鳥汝れだにも君に恋ふれや時終へず鳴く
[仮名],あさゐでに,きなくかほどり,なれだにも,きみにこふれや,ときをへずなく
[_]
[左注]
[_]
[校異]果 → 杲 [類][矢]
[_]
[KW],春雑歌,動物,恋情

1824

[題詞](詠鳥)

[原文]冬隠 春去来之 足比木乃 山二文野二文 鴬鳴裳
[訓読]冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
[仮名],ふゆこもり,はるさりくれば,あしひきの,やまにものにも,うぐひすなくも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,枕詞,動物,季節

1825

[題詞](詠鳥)

[原文]紫之 根延横野之 春野庭 君乎懸管 鴬名雲
[訓読]紫草の根延ふ横野の春野には君を懸けつつ鴬鳴くも
[仮名],むらさきの,ねばふよこのの,はるのには,きみをかけつつ,うぐひすなくも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,大阪市,地名,動物,植物,枕詞,季節

1826

[題詞](詠鳥)

[原文]春之<在>者 妻乎求等 鴬之 木末乎傳 鳴乍本名
[訓読]春されば妻を求むと鴬の木末を伝ひ鳴きつつもとな
[仮名],はるされば,つまをもとむと,うぐひすの,こぬれをつたひ,なきつつもとな
[_]
[左注]
[_]
[校異]去 → 在 [元][類][紀]
[_]
[KW],春雑歌,季節,動物

1827

[題詞](詠鳥)

[原文]春日有 羽買之山従 <狭>帆之内敝 鳴徃成者 孰喚子鳥
[訓読]春日なる羽がひの山ゆ佐保の内へ鳴き行くなるは誰れ呼子鳥
[仮名],かすがなる,はがひのやまゆ,さほのうちへ,なきゆくなるは,たれよぶこどり
[_]
[左注]
[_]
[校異]猿 → 狭 [元][類]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,春日,地名,動物,恋情

1828

[題詞](詠鳥)

[原文]不答尓 勿喚動曽 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二
[訓読]答へぬにな呼び響めそ呼子鳥佐保の山辺を上り下りに
[仮名],こたへぬに,なよびとよめそ,よぶこどり,さほのやまへを,のぼりくだりに
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,佐保,奈良,地名,動物

1829

[題詞](詠鳥)

[原文]梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鴬之音
[訓読]梓弓春山近く家居れば継ぎて聞くらむ鴬の声
[仮名],あづさゆみ,はるやまちかく,いへをれば,つぎてきくらむ,うぐひすのこゑ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,枕詞,動物,季節

1830

[題詞](詠鳥)

[原文]打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鴬鳴毛
[訓読]うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも
[仮名],うちなびく,はるさりくれば,しののうれに,をはうちふれて,うぐひすなくも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,動物,季節

1831

[題詞](詠鳥)

[原文]朝霧尓 之<努>々尓所沾而 喚子鳥 三船山従 喧渡所見
[訓読]朝霧にしののに濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
[仮名],あさぎりに,しののにぬれて,よぶこどり,みふねのやまゆ,なきわたるみゆ
[_]
[左注]
[_]
[校異]怒 → 努 [元][類]
[_]
[KW],春雑歌,吉野,地名,動物,季節,叙景

1832

[題詞](詠鳥)

[原文]打靡 春去来者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管
[訓読]うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
[仮名],うちなびく,はるさりくれば,しかすがに,あまくもきらひ,ゆきはふりつつ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,季節

1833

[題詞](詠鳥)

[原文]梅花 零覆雪乎 L持 君令見跡 取者消管
[訓読]梅の花降り覆ふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ
[仮名],うめのはな,ふりおほふゆきを,つつみもち,きみにみせむと,とればけにつつ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1834

[題詞](詠鳥)

[原文]梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭尓 零重管
[訓読]梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
[仮名],うめのはな,さきちりすぎぬ,しかすがに,しらゆきにはに,ふりしきりつつ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1835

[題詞](詠鳥)

[原文]今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎
[訓読]今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなりにしものを
[仮名],いまさらに,ゆきふらめやも,かぎろひの,もゆるはるへと,なりにしものを
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,季節

1836

[題詞](詠鳥)

[原文]風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去尓来
[訓読]風交り雪は降りつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
[仮名],かぜまじり,ゆきはふりつつ,しかすがに,かすみたなびき,はるさりにけり
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,季節

1837

[題詞](詠鳥)

[原文]山際尓 鴬喧而 打靡 春跡雖念 雪落布沼
[訓読]山の際に鴬鳴きてうち靡く春と思へど雪降りしきぬ
[仮名],やまのまに,うぐひすなきて,うちなびく,はるとおもへど,ゆきふりしきぬ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,動物,季節

1838

[題詞](詠鳥)

[原文]峯上尓 零置雪師 風之共 此聞散良思 春者雖有
[訓読]峰の上に降り置ける雪し風の共ここに散るらし春にはあれども
[仮名],をのうへに,ふりおけるゆきし,かぜのむた,ここにちるらし,はるにはあれども
[_]
[左注]右一首筑波山作
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,茨城県,地名,季節

1839

[題詞](詠鳥)

[原文]為君 山田之澤 恵具採跡 雪消之水尓 裳裾所沾
[訓読]君がため山田の沢にゑぐ摘むと雪消の水に裳の裾濡れぬ
[仮名],きみがため,やまたのさはに,ゑぐつむと,ゆきげのみづに,ものすそぬれぬ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,地名,植物,恋情

1840

[題詞](詠鳥)

[原文]梅枝尓 鳴而移<徙> 鴬之 翼白妙尓 沫雪曽落
[訓読]梅が枝に鳴きて移ろふ鴬の羽白妙に沫雪ぞ降る
[仮名],うめがえに,なきてうつろふ,うぐひすの,はねしろたへに,あわゆきぞふる
[_]
[左注]
[_]
[校異]徒 → 徙 [西(訂正)][温][矢][京]
[_]
[KW],春雑歌,植物,動物,季節

1841

[題詞](詠鳥)

[原文]山高三 零来雪乎 梅花 <落>鴨来跡 念鶴鴨 [一云 梅花 開香裳落跡]
[訓読]山高み降り来る雪を梅の花散りかも来ると思ひつるかも [一云 梅の花咲きか も散ると]
[仮名],やまたかみ,ふりくるゆきを,うめのはな,ちりかもくると,おもひつるかも,[うめ のはな,さきかもちると]
[_]
[左注](右二首問答)
[_]
[校異]<> → 落 [西(右書)][元][類][紀]
[_]
[KW],春雑歌,問答,植物,季節

1842

[題詞](詠鳥)

[原文]除雪而 梅莫戀 足曳之 山片就而 家居為流君
[訓読]雪をおきて梅をな恋ひそあしひきの山片付きて家居せる君
[仮名],ゆきをおきて,うめをなこひそ,あしひきの,やまかたづきて,いへゐせるきみ
[_]
[左注]右二首問答
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,問答,植物

1843

[題詞]詠霞

[原文]昨日社 年者極之賀 春霞 春日山尓 速立尓来
[訓読]昨日こそ年は果てしか春霞春日の山に早立ちにけり
[仮名],きのふこそ,としははてしか,はるかすみ,かすがのやまに,はやたちにけり
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,季節

1844

[題詞](詠霞)

[原文]寒過 暖来良思 朝烏指 滓鹿能山尓 霞軽引
[訓読]冬過ぎて春来るらし朝日さす春日の山に霞たなびく
[仮名],ふゆすぎて,はるきたるらし,あさひさす,かすがのやまに,かすみたなびく
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,季節

1845

[題詞](詠霞)

[原文]鴬之 春成良思 春日山 霞棚引 夜目見侶
[訓読]鴬の春になるらし春日山霞たなびく夜目に見れども
[仮名],うぐひすの,はるになるらし,かすがやま,かすみたなびく,よめにみれども
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,動物,季節

1846

[題詞]詠柳

[原文]霜干 冬柳者 見人之 蘰可為 目生来鴨
[訓読]霜枯れの冬の柳は見る人のかづらにすべく萌えにけるかも
[仮名],しもがれの,ふゆのやなぎは,みるひとの,かづらにすべく,もえにけるかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1847

[題詞](詠柳)

[原文]淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨
[訓読]浅緑染め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも
[仮名],あさみどり,そめかけたりと,みるまでに,はるのやなぎは,もえにけるかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節,叙景

1848

[題詞](詠柳)

[原文]山際尓 雪者零管 然為我二 此河楊波 毛延尓家留可聞
[訓読]山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊は萌えにけるかも
[仮名],やまのまに,ゆきはふりつつ,しかすがに,このかはやぎは,もえにけるかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節,叙景

1849

[題詞](詠柳)

[原文]山際之 雪<者>不消有乎 水飯合 川之副者 目生来鴨
[訓読]山の際の雪は消ずあるをみなぎらふ川の沿ひには萌えにけるかも
[仮名],やまのまの,ゆきはけずあるを,みなぎらふ,かはのそひには,もえにけるかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]<> → 者 [元][類][紀]
[_]
[KW],春雑歌,季節

1850

[題詞](詠柳)

[原文]朝旦 吾見柳 鴬之 来居而應鳴 森尓早奈礼
[訓読]朝な朝な我が見る柳鴬の来居て鳴くべく森に早なれ
[仮名],あさなさな,わがみるやなぎ,うぐひすの,きゐてなくべく,もりにはやなれ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,動物,季節,植物

1851

[題詞](詠柳)

[原文]青柳之 絲乃細紗 春風尓 不乱伊間尓 令視子裳欲得
[訓読]青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも
[仮名],あをやぎの,いとのくはしさ,はるかぜに,みだれぬいまに,みせむこもがも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,恋情

1852

[題詞](詠柳)

[原文]百礒城 大宮人之 蘰有 垂柳者 雖見不飽鴨
[訓読]ももしきの大宮人のかづらけるしだり柳は見れど飽かぬかも
[仮名],ももしきの,おほみやひとの,かづらける,しだりやなぎは,みれどあかぬかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,枕詞,季節

1853

[題詞](詠柳)

[原文]梅花 取持見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞
[訓読]梅の花取り持ち見れば我が宿の柳の眉し思ほゆるかも
[仮名],うめのはな,とりもちみれば,わがやどの,やなぎのまよし,おもほゆるかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]持 [元][類][紀] 持而
[_]
[KW],春雑歌,植物,恋情

1854

[題詞]詠花

[原文]鴬之 木傳梅乃 移者 櫻花之 時片設奴
[訓読]鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
[仮名],うぐひすの,こづたふうめの,うつろへば,さくらのはなの,ときかたまけぬ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,動物,植物,季節

1855

[題詞](詠花)

[原文]櫻花 時者雖不過 見人之 戀盛常 今之将落
[訓読]桜花時は過ぎねど見る人の恋ふる盛りと今し散るらむ
[仮名],さくらばな,ときはすぎねど,みるひとの,こふるさかりと,いましちるらむ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1856

[題詞](詠花)

[原文]我刺 柳絲乎 吹乱 風尓加妹之 梅乃散覧
[訓読]我がかざす柳の糸を吹き乱る風にか妹が梅の散るらむ
[仮名],わがかざす,やなぎのいとを,ふきみだる,かぜにかいもが,うめのちるらむ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1857

[題詞](詠花)

[原文]毎年 梅者開友 空蝉之 <世>人君羊蹄 春無有来
[訓読]年のはに梅は咲けどもうつせみの世の人我れし春なかりけり
[仮名],としのはに,うめはさけども,うつせみの,よのひとわれし,はるなかりけり
[_]
[左注]
[_]
[校異]<> → 世 [西(右書)][元][類][紀]
[_]
[KW],春雑歌,植物,枕詞

1858

[題詞](詠花)

[原文]打細尓 鳥者雖<不>喫 縄延 守巻欲寸 梅花鴨
[訓読]うつたへに鳥は食まねど縄延へて守らまく欲しき梅の花かも
[仮名],うつたへに,とりははまねど,なははへて,もらまくほしき,うめのはなかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]子 → 不 [元][類][紀]
[_]
[KW],春雑歌,動物,植物,比喩,恋情

1859

[題詞](詠花)

[原文]馬並而 高山<部>乎 白妙丹 令艶色有者 梅花鴨
[訓読]馬並めて多賀の山辺を白栲ににほはしたるは梅の花かも
[仮名],うまなめて,たかのやまへを,しろたへに,にほはしたるは,うめのはなかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]<> → 部 [矢][京]
[_]
[KW],春雑歌,京都府,地名,枕詞,植物,叙景

1860

[題詞](詠花)

[原文]花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花
[訓読]花咲きて実はならねども長き日に思ほゆるかも山吹の花
[仮名],はなさきて,みはならねども,ながきけに,おもほゆるかも,やまぶきのはな
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,比喩

1861

[題詞](詠花)

[原文]能登河之 水底并尓 光及尓 三笠乃山者 咲来鴨
[訓読]能登川の水底さへに照るまでに御笠の山は咲きにけるかも
[仮名],のとがはの,みなそこさへに,てるまでに,みかさのやまは,さきにけるかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,叙景,季節

1862

[題詞](詠花)

[原文]見雪者 未冬有 然為蟹 春霞立 梅者散乍
[訓読]雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ち梅は散りつつ
[仮名],ゆきみれば,いまだふゆなり,しかすがに,はるかすみたち,うめはちりつつ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1863

[題詞](詠花)

[原文]去年咲之 久木今開 徒 土哉将堕 見人名四二
[訓読]去年咲きし久木今咲くいたづらに地にか落ちむ見る人なしに
[仮名],こぞさきし,ひさぎいまさく,いたづらに,つちにかおちむ,みるひとなしに
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,叙景

1864

[題詞](詠花)

[原文]足日木之 山間照 櫻花 是春雨尓 散去鴨
[訓読]あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも
[仮名],あしひきの,やまのまてらす,さくらばな,このはるさめに,ちりゆかむかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,枕詞,植物,叙景

1865

[題詞](詠花)

[原文]打靡 春避来之 山際 最木末乃 咲徃見者
[訓読]うち靡く春さり来らし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
[仮名],うちなびく,はるさりくらし,やまのまの,とほきこぬれの,さきゆくみれば
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,季節,叙景

1866

[題詞](詠花)

[原文]春雉鳴 高圓邊丹 櫻花 散流歴 見人毛我<母>
[訓読]雉鳴く高円の辺に桜花散りて流らふ見む人もがも
[仮名],きぎしなく,たかまとのへに,さくらばな,ちりてながらふ,みむひともがも
[_]
[左注]
[_]
[校異]裳 → 母 [類][紀]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,動物,植物,哀惜

1867

[題詞](詠花)

[原文]阿保山之 佐宿木花者 今日毛鴨 散乱 見人無二
[訓読]阿保山の桜の花は今日もかも散り乱ふらむ見る人なしに
[仮名],あほやまの,さくらのはなは,けふもかも,ちりまがふらむ,みるひとなしに
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,地名,植物,哀惜

1868

[題詞](詠花)

[原文]川津鳴 吉野河之 瀧上乃 馬酔之花會 置末勿動
[訓読]かはづ鳴く吉野の川の滝の上の馬酔木の花ぞはしに置くなゆめ
[仮名],かはづなく,よしののかはの,たきのうへの,あしびのはなぞ,はしにおくなゆめ
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,吉野,地名,植物,動物

1869

[題詞](詠花)

[原文]春雨尓 相争不勝而 吾屋前之 櫻花者 開始尓家里
[訓読]春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり
[仮名],はるさめに,あらそひかねて,わがやどの,さくらのはなは,さきそめにけり
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[左注]
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[校異]
[_]
[KW],春雑歌,植物,季節

1870

[題詞](詠花)

[原文]春雨者 甚勿零 櫻花 未見尓 散巻惜裳
[訓読]春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも
[仮名],はるさめは,いたくなふりそ,さくらばな,いまだみなくに,ちらまくをしも
[_]
[左注]
[_]
[校異]春 [類] 春乃
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[KW],春雑歌,植物,哀惜

1871

[題詞](詠花)

[原文]春去者 散巻惜 梅花 片時者不咲 含而毛欲得
[訓読]春されば散らまく惜しき梅の花しましは咲かずふふみてもがも
[仮名],はるされば,ちらまくをしき,うめのはな,しましはさかず,ふふみてもがも
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[左注]
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[校異]梅 [矢][京] 桜
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[KW],春雑歌,植物,哀惜

1872

[題詞](詠花)

[原文]見渡者 春日之野邊尓 霞立 開艶者 櫻花鴨
[訓読]見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも
[仮名],みわたせば,かすがののへに,かすみたち,さきにほへるは,さくらばなかも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,植物,季節,叙景

1873

[題詞](詠花)

[原文]何時鴨 此夜乃将明 鴬之 木傳落 <梅>花将見
[訓読]いつしかもこの夜の明けむ鴬の木伝ひ散らす梅の花見む
[仮名],いつしかも,このよのあけむ,うぐひすの,こづたひちらす,うめのはなみむ
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[左注]
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[校異]<> → 梅 [西(右書)][類][紀][矢]
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[KW],春雑歌,動物,植物

1874

[題詞]詠月

[原文]春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野尓
[訓読]春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に
[仮名],はるかすみ,たなびくけふの,ゆふづくよ,きよくてるらむ,たかまつののに
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[左注]
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[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,高円,地名,叙景

1875

[題詞](詠月)

[原文]春去者 紀之許能暮之 夕月夜 欝束無裳 山陰尓指天 [一云 春去者 木陰多 暮 月夜]
[訓読]春されば木の暗多み夕月夜おほつかなしも山蔭にして [一云 春されば木蔭を 多み夕月夜]
[仮名],はるされば,このくれおほみ,ゆふづくよ,おほつかなしも,やまかげにして,[はる されば,こかげをおほみ,ゆふづくよ]
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[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,異伝

1876

[題詞](詠月)

[原文]朝霞 春日之晩者 従木間 移歴月乎 何時可将待
[訓読]朝霞春日の暮は木の間より移ろふ月をいつとか待たむ
[仮名],あさかすみ,はるひのくれは,このまより,うつろふつきを,いつとかまたむ
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[左注]
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[校異]
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[KW],春雑歌

1877

[題詞]詠雨

[原文]春之雨尓 有来物乎 立隠 妹之家道尓 此日晩都
[訓読]春の雨にありけるものを立ち隠り妹が家道にこの日暮らしつ
[仮名],はるのあめに,ありけるものを,たちかくり,いもがいへぢに,このひくらしつ
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[左注]
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[校異]
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[KW],春雑歌,恋情

1878

[題詞]詠河

[原文]今徃而 聞物尓毛我 明日香川 春雨零而 瀧津湍音乎
[訓読]今行きて聞くものにもが明日香川春雨降りてたぎつ瀬の音を
[仮名],いまゆきて,きくものにもが,あすかがは,はるさめふりて,たぎつせのおとを
[_]
[左注]
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[校異]
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[KW],春雑歌,飛鳥,地名

1879

[題詞]詠煙

[原文]春日野尓 煙立所見 D嬬等四 春野之菟芽子 採而煮良思文
[訓読]春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも
[仮名],かすがのに,けぶりたつみゆ,をとめらし,はるののうはぎ,つみてにらしも
[_]
[左注]
[_]
[校異]
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[KW],春雑歌,奈良,地名,植物,野遊び

1880

[題詞]野遊

[原文]春日野之 淺茅之上尓 念共 遊今日 忘目八方
[訓読]春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも
[仮名],かすがのの,あさぢがうへに,おもふどち,あそぶけふのひ,わすらえめやも
[_]
[左注]
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[校異]
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[KW],春雑歌,奈良,地名,野遊び,宴席

1881

[題詞](野遊)

[原文]春霞 立春日野乎 徃還 吾者相見 弥年之黄土
[訓読]春霞立つ春日野を行き返り我れは相見むいや年のはに
[仮名],はるかすみ,たつかすがのを,ゆきかへり,われはあひみむ,いやとしのはに
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[左注]
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[校異]
[_]
[KW],春雑歌,奈良,地名,宴席,野遊び

1882

[題詞](野遊)

[原文]春野尓 意将述跡 <念>共 来之今日者 不晩毛荒粳
[訓読]春の野に心延べむと思ふどち来し今日の日は暮れずもあらぬか
[仮名],はるののに,こころのべむと,おもふどち,こしけふのひは,くれずもあらぬか
[_]
[左注]
[_]
[校異]命 → 念 [西(訂正)][類][古][紀]
[_]
[KW],春雑歌,野遊び

1883

[題詞](野遊)

[原文]百礒城之 大宮人者 暇有也 梅乎挿頭而 此間集有
[訓読]ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる
[仮名],ももしきの,おほみやひとは,いとまあれや,うめをかざして,ここにつどへる
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,野遊び,枕詞,植物

1884

[題詞]歎舊

[原文]寒過 暖来者 年月者 雖新有 人者舊去
[訓読]冬過ぎて春し来れば年月は新たなれども人は古りゆく
[仮名],ふゆすぎて,はるしきたれば,としつきは,あらたなれども,ひとはふりゆく
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[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,移ろい,問答

1885

[題詞](歎舊)

[原文]物皆者 新吉 唯 人者舊之 應宜
[訓読]物皆は新たしきよしただしくも人は古りにしよろしかるべし
[仮名],ものみなは,あらたしきよし,ただしくも,ひとはふりにし,よろしかるべし
[_]
[左注]
[_]
[校異]
[_]
[KW],春雑歌,移ろい,問答

1886

[題詞]懽逢

[原文]佐吉之 里<行>之鹿歯 春花乃 益希見 君相有香開
[訓読]住吉の里行きしかば春花のいやめづらしき君に逢へるかも
[仮名],すみのえの,さとゆきしかば,はるはなの,いやめづらしき,きみにあへるかも
[_]
[左注]
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[校異]得 → 行 [万葉考]
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[KW],春雑歌,大阪,地名,枕詞,恋愛

1887

[題詞]旋頭歌

[原文]春日在 三笠乃山尓 月母出奴可母 佐紀山尓 開有櫻之 花乃可見
[訓読]春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく
[仮名],かすがなる,みかさのやまに,つきもいでぬかも,さきやまに,さけるさくらの,は なのみゆべく
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[左注]
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[校異]歌 [西] 謌
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[KW],春雑歌,奈良,地名,植物,旋頭歌

1888

[題詞](旋頭歌)

[原文]白雪之 常敷冬者 過去家良霜 春霞 田菜引野邊之 鴬鳴焉
[訓読]白雪の常敷く冬は過ぎにけらしも春霞たなびく野辺の鴬鳴くも
[仮名],しらゆきの,つねしくふゆは,すぎにけらしも,はるかすみ,たなびくのへの,うぐ ひすなくも
[_]
[左注]
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[校異]
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[KW],春雑歌,動物,季節,旋頭歌

1889

[題詞]譬喩歌

[原文]吾屋前之 毛桃之下尓 月夜指 下心吉 菟楯項者
[訓読]我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
[仮名],わがやどの,けもものしたに,つくよさし,したこころよし,うたてこのころ
[_]
[左注]
[_]
[校異]歌 [西] 謌
[_]
[KW],春雑歌,植物,比喩