5.2. もろきは命の鳥さし
里は冬かまへして萩柴折添てふらぬさきより雪垣など北窓をふさぎ衣うつ音のや
かましく野はづれに行ば紅林にねぐらあらそふ小鳥を見掛其年のほど十五か六か七ま
ではゆかじ水色の袷帷子にむらさきの中幅帯金鍔の一つ脇差髪は茶筅に取乱そのゆた
けさ女のごとしさし竿の中ほとを取まはして色鳥をねらひ給ひし事百たびなれ共一羽
もとまらざりしをほいなき有樣しばし見とれてさても世にかゝる美童も有ものぞ其年
の比は過にし八十郎に同しうるはしき所はそれに増りけるよと後世を取はづし暮かた
まで詠つくして其かたちかく立寄てそれがしは法師ながら鳥さしてとる事をえたり其
竿をこなたへと片肌ぬぎかけて諸の鳥共此皃人のお手にかゝりて命を捨が何とて惜き
ぞさても/\衆道のわけしらずめと時の間に數かぎりもなく取まゐらせければ此若衆
外なくうれしくいかなる御出家ぞと問せけるほどに我を忘てはじめを語ければ此人も
だ/\と泪くみてそれゆゑの御執行一しほ殊勝さ思ひやられける是非に今宵は我笹葺
に一夜ととめられしになれ/\しくも伴ひ行に一かまへの森のうちにきれいなる殿作
りありて馬のいなゝく音武具かざらせて廣間をすぎて縁より梯のはるかに熊笹むら/
\として其奥に庭籠ありてはつがん唐鳩金鶏さま%\の聲なしてすこし左のかたに中
二階四方を見晴し書物棚しほらしく爰は不斷の學問所とて是に座をなせばめしつかひ
のそれ/\をめされ此客僧は我物讀のお師匠なりよく/\もてなせとてかず/\の御
事ありて夜に入ればしめやかに語慰みいつとなく契て千夜とも心をつくしぬ明れば別
ををしみ給ひ高野のおぼしめし立かならず下向の折ふしは又もと約束ふかくして互に
泪くらべて人しれず其屋形を立のき里人にたづねけるにあれは此所の御代官としか/
\の事をかたりぬさてはとお情うれしく都にのぼるもはかどらず過にし八十郎を思ひ
出し又彼若衆の御事のみ仏の道は外になしてやう/\弘法の御山にまゐりて南谷の宿
坊に一日ありて奥の院にも參詣せず又國元にかへり約束せし人の御方に行ば日外見し
御姿かはらず出むかひ給ひ一間なる所に入て此程のつもりし事を語り旅草臥の夢むす
びけるに夜も明て彼御人の父此法師をあやしくとがめ給ひ起されておどろき源五兵衞
落髪のはじめ又このたびの事有のまゝに語ればあるじ横手うつてさても/\不思義や
我子ながら姿自慢せしにうき世とてはかなく此廿日あまりに成し跡にもろくも相果し
が其きは迄彼御法されての事にとおもひしに扨はそなたの御事かとくれ%\なげき給
ひけるなほ命をしからず此座をさらず身を捨べきとおもひしがさりとては死れぬもの
人の命にそ有ける間もなく若衆ふたり迄のうきめをみていまだ世に有事の心ながら口
惜さるほどに此二人が我にかゝるうき事しらせける大かたならぬ因果とや是を申べし
かなし