4.3. 雪の夜の情宿
油斷のならぬ世の中に殊更見せまじき物は道中の肌付金酒の醉に脇指娘のきはに
捨坊主と御寺を立歸りて其後はきびしく改て戀をさきけるされ共下女が情にして文は
數通はせて心の程は互にしらせける有夕板橋ちかき里の子と見えて松露土筆を手籠に
入て世をわたる業とて賣きたれりお七親のかたに買とめける其暮は春ながら雪ふりや
まずして里までかへる事をなげきぬ亭主あはれみて何ごゝろもなくつひ庭の片角にあ
りて夜明なばかへれといはれしをうれしく牛房大根の莚かたよせ竹の小笠に面をかく
し腰蓑身にまとひ一夜をしのぎける嵐枕にかよひ土間ひえあがりけるにぞ大かたは命
もあやうかりき次第に息もきれ眼もくらみし時お七聲して先程の里の子あはれやせめ
て湯成共呑せよと有しに食燒の梅が下の茶碗にくみて久七にさし出しければ男請取て
是をあたへける忝き御心入といへばくらまぎれに前髪をなぶりて我も江戸においたら
ば念者の有時分じやが痛しやといふいかにも淺ましくそだちまして田をすく馬の口を
取眞柴刈より外の事をぞんじませぬといへば足をいらひてきどくにあかゞりを切さぬ
よ是なら口をすこしと口をよせけるに此悲しさ切なさ齒を喰しめて泪をこぼしけるに
久七分別していや/\根深にんにく喰し口中もしれすとやめける事のうれし其後寐
時
に成て下/\はうちつけ階子を登り二階にともし火影うすくあるじは戸棚の錠前に心
を付れば内義は火の用心能々云付てなほ娘に氣遣せられ中戸さしかためられしは戀路
つなきれてうたてし八つの鐘の鳴時面の戸扣て女と男の聲して申姥樣只今よろこびあ
そばしましたがしかも若子樣にて旦那さまの御機嫌と頻によばはる家内起さわぎてそ
れはうれしやと寐所より直に夫婦連立出さまにまくりかんぞうを取持てかたし%\の
草履をはきお七に門の戸をしめさせ急心ばかりにゆかれしお七戸をしめて歸りさまに
暮方里の子思ひやりて下女に其手燭まてとて面影をみしに豊に臥ていとゞ哀の増りけ
る心よく有しを其まゝおかせ給へと下女のいへるを聞ぬ皃してちかくよれば肌につけ
し兵部卿のかほり何とやらゆかしくて笠を取除みればやことなき脇顏のしめやかに鬢
もそゝけざりしをしばし見とれてその人の年比におもひいたして袖に手をさし入て見
るに淺黄はぶたへの下着是はとこゝろをとめしに吉三郎殿なり人のきくをもかまはず
こりや何としてかゝる御すがたぞとしがみ付てなげきぬ吉三郎もおもてみあはせ物え
いはざる事しばらかへてせめては君をかりそめに見る事ねがひ宵の憂思ひおぼしめし
やられよとはじめよりの事共をつど/\にかたりければ菟角は是へ御入有て其御うら
みも聞まゐらせんと手を引まゐらすれども宵よりの身のいたみ是非もなく哀なりやう
/\下女と手をくみて車にかきのせてつねの寐間に入まゐらせて手のつゞくほどさす
りて幾藥をあたへすこし笑ひ皃うれしく盃事して今宵は心に有程をかたりつくしなん
とよろこぶ所へ親父かへらせ給ふにぞかさねて憂めにあひぬ衣桁のかげにかくしてさ
らぬ有さまにていよ/\おはつ樣は親子とも御まめかといへば親父よろこびてひとり
の姪なればとやかく氣遣せしに重荷おろしたと機嫌よく産着のもやうせんさく萬祝て
鶴龜松竹のすり箔はと申されけるにおそからぬ御事明日御心静にと下女も口/\に申
せばいや/\かやうの事ははやきこそよけれと木枕鼻紙をたゝみかけてひな形を切
るゝこそうたてけれやう/\其程過て色々たらしてねせまして語たき事ながらふすま
障子ひとへなればもれ行事をおそろしく灯の影に硯帋置て心の程を互に書て見せたり
見たり是をおもへば鴛のふすまとやいふべし夜もすがら書くどきて明がたの別れ又も
なき戀があまりてさりとては物うき世や