3.1. 姿の關守
天和二年の暦正月一日吉書萬によし二日姫はじめ神代のむかしより此事戀しり鳥
のをしへ。男女のいたづらやむ事なし。爰に大經師の美婦とて浮名の立つゞき。都に
情の山をうごかし祇薗會の月鉾かつらの眉をあらそひ。姿は清水の初櫻いまだ咲かゝ
る風情。口びるのうるはしきは高尾の木末色の盛と詠めし。すみ所は室町通。仕出し
衣しやうの物好み當世女の只中廣京にも又有へからず。人こゝろもうきたつ春ふかく
なりて。安井の藤今をむらさきの雲のごとく松さへ色をうしなひたそかれの人立。東
山に又姿の山を見せける。折ふし洛中に隱なきさわぎ中間の男四天王。風義人にすぐ
れて目立親よりゆづりの有にまかせ。元日より大晦日迄一日も色にあそばぬ事なし。
きのふは嶋原にもろこし花崎かほる高橋に明しけふは四条川原の竹中吉三郎唐松哥仙
藤田吉三郎光瀬左近など愛して。衆道女道を晝夜のわかちもなくさま%\遊興つきて。
芝居過より松屋といへる水茶屋に居ながれ。けふ程見よき地女の出し事もなし。若も
我等が目にうつくしきと見しもある事もやと役者のかしこきやつを目利頭に。花見が
へりを待暮%\是ぞかはりたる慰なり。大かたは女中乘物見ぬがこゝろにくし。乱あ
りきの一むれいやなるもなし。是ぞと思ふもなし菟角はよろしき女計書とめよと硯紙
とりよせてそれを移しけるに。年の程三十四五と見えて首筋立のび目のはりりんとし
て額のはへぎは自然とうるはしく鼻おもふにはすこし高けれども。それが堪忍比なり
下に白ぬめのひつかへし。中に淺黄ぬめのひつかへし上に椛つめのひつかへしに本繪
にかゝせて左の袖に吉田の法師が面影。ひとり燈のもとにふるき文など見てのもんだ
んさりとは子細らしき物好帯は敷瓦の折びろうど御所かづきの取まはし薄色の絹足袋
三筋緒の雪踏音もせずありきて。わざとならぬ腰のすわり。あの男めが果報と見る時。
何かした%\へ物をいふとて口をあきしに下齒一枚ぬけしに戀を覺しぬ。間もなう其
跡より十五六七にはなるまじき娘。母親と見えて左の方に付右のかたに墨衣きたるび
くにの付て。下女あまた六尺供をかため大事に掛る風情。さては縁付前かと思ひしに。
かね付て眉なし皃は丸くして見よく。目にりはつ顯れ耳の付やうしほらしく。手足の
指ゆたやかに皮薄う色白く衣類の着こなし又有べからず。下に黄むく中に紫の地なし
鹿子。上は鼠じゆすに百羽雀のきりつけ。段染の一幅帯むねあけ掛て身ぶりよく。ぬ
り笠にとら打て千筋ごよりの緒を付。見込のやさしさ是一度見しに脇皃に横に七分あ
まりのうち疵あり。更にうまれ付とはおもはれず。さぞ其時の抱姥をうらむべしと。
皆/\笑うて通しける。さて又二十一二なる女のもめんの手織嶋を着て。其うらさへ
つぎ/\を風ふきかへされ耻をあらはしぬ。帯は羽織のおとしと見えて物哀にほそく。
紫のかはたび有にまかせてはき。かたし%\のなら草履ふるき置わたして髪はいつ櫛
のはを入しや。しどもなく乱しをついそこ/\にからげて。身に樣子もつけず獨たの
しみて行をみるに。面道具ひとつもふそくなく。世にかゝる生付の又有物かと。いつ
れも見とれてあの女によき物を着せて見ば。人の命を取べしまゝならぬはひんふくと
哀にいたましく其女のかへるに。忍びて人をつけける誓願寺通のすゑなる。たはこ切
の女といへり聞に胸いたく煙の種ぞかし。其跡に廿七八の女さりとは花車に仕出し。
三つ重たる小袖皆くろはぶたへに裙取の紅うら金のかくし紋帯は唐織寄嶋の大幅前に
むすびて。髪はなげ嶋田に平もとゆひかけて。對のさし櫛はきかけの置手拭。吉弥笠
に四つかはりのくけ紐を付て。皃自慢にあさくかづき。ぬきあし中びねりのありきす
がた是/\是しやだまれとおの/\近づくを待みるに。三人つれし下女共にひとり%
\三人の子を抱せける。さては年子と見えてをかし。跡からかゝ樣/\といふを聞ぬ
振して行。あの身にしては我子ながらさぞうたてかるべし。人の風俗もうまぬうちが
花ぞと。其女無常のおこる程どやきて笑ける。またゆたかに乘物つらせて。女いまだ
十三か四か髪すき流し先をすこし折もどし。紅の絹たゝみてむすび前髪若衆のすなる
やうにわけさせ。金もとゆひにて結せ五分櫛のきよらなるさし掛。まづはうつくしさ
ひとつ/\いふ迄もなし。白しゆすに墨形の肌着上は玉むし色のしゆすに孔雀の切付
見えすくやうに其うへに唐糸の網を掛さてもたくみし小袖に十二の色のたゝみ帯。素
足に紙緒のはき物。うき世笠跡より持せて。藤の八房つらなりしをかざし。見ぬ人の
ためといはぬ計の風義今朝から見盡せし美女とも是にけをされて其名ゆかしく尋ける
に室町のさる息女今小町と云ひ捨て行。花の色は是にこそあれいたつらものとは後に
思ひあはせ侍る。