University of Virginia Library

1. 蕪翁句集 巻之上
几菫著

春之部

ほうらいの山まつりせむ老の春

日の光今朝や鰯のかしらより

三椀の雜煮かゆるや長者ぶり

離落

うぐひすのあちこちとするや小家がち

鶯の聲遠き日も暮にけり

うぐひすの鹿相がましき初音哉

鶯を雀歟と見しそれも春

畫賛

うぐひすや賢過たる軒の梅

鶯の日枝をうしろに高音哉

うぐひすや家内揃ふて飯時分

鶯や茨くゞりて高う飛ぶ

うぐひすの啼やちいさき口明て

禁城春色曉蒼々

青柳や我大君の艸か木か

若草に根をわすれたる柳かな

梅ちりてさびしく成しやなぎ哉

捨やらで柳さしけり雨のひま

青柳や芹生の里のせりの中

出る杭をうたうとしたりや柳かな

草菴

二もとの梅に遲速を愛す哉

うめ折て皺手にかこつ薫かな

白梅や墨芳しき鴻ウ舘

しら梅や誰むかしより垣の外

舞/\の場もふけたり梅がもと

出べくとして出ずなりぬうめの宿

宿の梅折取ほどになりにけり

摺子木で重箱を洗ふがごとくせよとは、政の嚴刻なるをいましめ給ふ、賢き御代の春にあふて

隅/\に殘る寒さやうめの花

しら梅や北野ゝ茶屋にすまひ取

うめ散や螺鈿こぼるゝ卓の上

梅咲て帶買ふ室の遊女かな

源八をわたりて梅のあるじ哉

燈を置で人あるさまや梅が宿

あらむつかしの假名遣ひやな。字儀に害あらずんばア丶まゝよ

梅咲ぬどれがむめやらうめじややら

しら梅の枯木にもどる月夜哉

小豆賣小家の梅のつぼみがち

梅遠近南すべく北すべく

早春

なには女や京を寒がる御忌詣

御忌の鐘ひゞくや谷の氷まで

やぶ入の夢や小豆の煮るうち

藪いりやよそ目ながらの愛宕山

やぶいりや守袋をわすれ草

秩父入や鉄漿もらひ來る傘の下

やぶ入は中山寺の男かな

人日

七くさや袴の紐の片むすび

これきりに徑盡たり芹の中

古寺やほうろく捨るせりの中

几菫とわきのはまにあそびし時

筋違にふとん敷たり宵の春

肘白き僧のかり寢や宵の春

春の夜に尊き御所を守身かな

春月や印金堂の木間より

春夜聞

瀟湘の鴈のなみだやおぼろ月

折釘に烏帽子かけたり春の宿

公達に狐化たり宵の春

もろこしの詩客は千金の宵をゝしみ、我朝の哥人はむらさきの曙を賞す

春の夜や宵あけぼのゝ其中に

女倶して内裏拜まんおぼろ月

藥盗む女やは有おぼろ月

よき人を宿す小家や朧月

さしぬきを足でぬぐ夜や朧月

野望

草霞み水に聲なき日ぐれ哉

指南車を胡地に引去霞哉

高麗舟のよらで過ゆく霞かな

橋なくて日暮んとする春の水

春水や四條五條の橋の下

足よはのわたりて濁るはるの水

春の水背戸に田作らんとぞ思ふ

春の水うたゝ鵜繩の稽古哉

を追ふ鱒のおもひや春の水

西の京にばけもの栖て、久しくあれ果たる家有けり。今は其さたなくて

春雨や人住て煙壁を洩る

物種の袋ぬらしつ春のあめ

春雨や見にふる頭巾着たりけり

春雨や小磯の小貝ぬるゝほど

瀧口に燈を呼聲や春の雨

ぬなは生ふ池の水かさや春の雨

夢中吟

春雨やもの書ぬ身のあはれなる

はるさめや暮なんとしてけふも有

春雨やものがたりゆく簑と傘

柴漬の沈みもやらで春の雨

春雨やいざよふ月の海半

はるさめや綱が袂に小でうちん

ある隱士のもとにて

古庭に茶筌花さく椿かな

あぢきなや椿落うづむにはたずみ

玉人の座右にひらくつばき哉

初午やその家/\の袖だゝみ

はつむまや鳥羽四塚の
[_]
[1]
の聲

初午や物種うりに日のあたる

莟とはなれもしらずよ蕗のとう

ある人のもとにて

命婦よりぼた餅たばす彼岸哉

そこ/\に京見過しぬ田にし賣

なつかしき津守の里や田螺あへ

靜さに堪へて水澄たにしかな

鴈立て驚破田にしの戸を閉る

鴈行て門田も遠くおもはるゝ

歸る鴈田ごとの月の曇る夜に

きのふ去けふいに鴈のなき夜哉

郊外

陽炎や名もしらぬ虫の白き飛

かげろふや簀に土をめづる人

芭蕉菴會

畑うつやうごかぬ雲もなくなりぬ

はた打よこちの在所の鐘が鳴

畑打や木間の寺の鐘供養

小原にて

春雨の中におぼろの清水哉

日くるゝに雉子うつ春の山邊かな

柴刈に砦を出るや雉の聲

龜山へ通ふ大工やきじの聲

兀山や何にかくれてきじのこゑ

むくと起て雉追ふ犬や寶でら

木瓜の陰に貌類ひ住きゞす哉

琴心挑美人

妹が垣根さみせん草の花咲ぬ

紅梅や此丘より劣る此丘尼寺

紅梅の落花燃らむ馬の糞

垣越にものうちかたる接木哉

裏門の寺に逢着す蓬かな

畑うちや法三章の札のもと

きじ啼や草の武藏の八平氏

きじ鳴や坂を下リの驛舎

西山遲日

山鳥の尾をふむ春の入日哉

日や雉子の下りゐる橋の上

懷舊

遲き日のつもりて遠きむかしかな

春の海終日のたり/\哉

畠うつや鳥さへ啼ぬ山かげに

耕や五石の粟のあるじ貌

飛かはすやたけごゞろや親雀

大津繪に糞落しゆく燕かな

大和路の宮もわら屋もつばめ哉

つばくらや水田の風に吹れ貌

燕啼て夜蛇をうつ小家哉

無爲庵會

曙のむらさきの幕や春の風

野ばかまの法師が旅や春のかぜ

片町にさらさ染るや春の風

のうれんに東風吹いせの出店哉

河内路や東風吹送る巫女が袖

几菫が蛙会催しけるに

月に聞て蛙ながむる田面かな

閣に座して遠き蛙をきく夜哉

苗代の色紙に遊ぶかはづかな

日は日くれよ夜は夜明よと啼蛙

連哥してもどる夜鳥羽の蛙哉

獨鈷鎌首水かけ論のかはづかな

うつゝなきつまみごゝろの胡蝶哉

曉の雨やすぐろの薄はら

よもすがら音なき雨や種俵

古河の流を引つ種おろし

しのゝめに小雨降出す燒野哉

加久夜長帶刀はさうなき數寄もの也けり。古曾部の入道はじめてのげざんに、引出物見すべきとて、錦の小袋をさがしもとめける風流などおもひ出つゝ、すゞろ春色にたへず侍れば

山吹や井手を流るゝ

居りたる舟を上ればすみれ哉

骨拾ふ人にしたしき菫かな

わらび野やいざ物焚ん枯つゝじ

野とゝもに燒る地藏のしきみ哉

つゝじ野やあらぬ所に麥畠

つゝじ咲て石移したる嬉しさよ

近道へ出てうれし野ゝ躑躅哉

つゝじ咲て片山里の飯白し

岩に腰吾頼光のつゝじ哉

上巳

古雛やむかしの人の袖几帳

箱を出る貌わすれめや雛二對

たらちねのつまゝずありや雛の鼻

出代や春さめ%\と古葛籠

雛見世の灯を引ころや春の雨

雛祭る都はづれや桃の月

喰ふて寢て牛にならばや桃花

商人を吼る犬ありもゝの花

さくらより桃にしたしき小家哉

家中衆にさむしろ振ふもゝの宿

几巾きのふの空のありどころ

やぶいりのまたいで過ぬ几巾絲

風入馬蹄輕

木の下が蹄のかぜや散さくら

手まくらの夢はかざしの櫻哉

剛力は徒に見過ぬ山ざくら

曉臺が伏水嵯峩に遊べるに伴ひて

夜桃林を出てあかつき嵯峨の櫻人

暮んとす春をゝしほの山ざくら

錢買て入るやよしのゝ山ざくら

糸櫻賛

ゆき暮て雨もる宿やいとざくら

哥屑の松に吹れて山ざくら

まだきとも散りしとも見ゆれ山櫻

嵯峨ひと日閑院樣のさくら哉

みよし野ゝちか道寒し山櫻

旅人の鼻まだ寒し初ざくら

海手より日は照つけて山ざくら

吉野

花に遠く櫻に近しよしの川

花に暮て我家遠き野道かな

花ちるやおもたき笈のうしろより

花の御能過て夜を泣浪花人

阿古久曾のさしぬきふるふ落花哉

高野を下る日

かくれて住て花に眞田が謠かな

玉川に高野ゝ花や流れ去

なら道や當皈ばたけの花一本

日暮るゝほど嵐山を出る

嵯峨へ歸る人はいづこの花に暮し

花の香や嵯峨のともし火消る時

雨日嵐山にあそぶ

筏士の蓑やあらしの花衣

傾城は後の世かけて花見かな

花に舞で歸さにくし白拍子

花に來て花にいねぶるいとま哉

なには人の木や町にやどりゐしを訪ひて

花を蹈し草履も見えて朝寐哉

居風呂に後夜きく花のもどりかな

鶯のたま/\啼や花の山

ねぶたさの春は御室の花よりぞ

一片花飛減却春

さくら狩美人の腹や減却す

花の幕兼好を覗く女あり

やごとなき御かたのかざりおろさせ給ひて、かゝるさびしき地にすみ給ひけるにや

小冠者出て花見る人を咎けり

にほひある衣も疊まず春の暮

誰ためのひくき枕ぞはるのくれ

閉帳の錦たれたり春の夕

うたゝ寢のさむれば春の日くれたり

春の夕たえなむとする香をつぐ

花ちりて木間の寺と成にけり

苗代や鞍馬の櫻ちりにけり

甲斐がねに雲こそかゝれ梨の花

梨の花月に書よむ女あり

人なき日藤に培ふ法師かな

山もとに米蹈音や藤のはな

うつむけに春うちあけて藤の花

春景

菜の花や月は東に日は西に

なのはなや笋見ゆる小風呂敷

菜の花や鯨もよらず海暮ぬ

春夜盧曾

爐塞て南阮の風呂に入身哉

爐ふさぎや床は維摩に掛替る

暮春

ゆく春や逡巡として遲ざくら

行春や撰者をうらむ哥の主

洗足の盥も漏りてゆく春や

けふのみの春をあるひて仕舞けり

召波の別業に遊びて

行春や白き花見ゆ垣のひま

春をしむ座主の聯句に召れけり

行春やむらさきさむる筑羽山

まだ長ふなる日に春の限りかな

ゆく春や横河へのぼるいもの神

ある人に句を乞はれて

返哥なき青女房よくれの春

春惜しむ宿やあふみの置火燵
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[1] This kanji in the copy-text is Nelson 5036 or New Nelson 6513.

夏之部

絹着せぬ家中ゆゝしき更衣

辻駕によき人のせつころもがへ

大兵の廿あまりや更衣

ころもがへ印籠買に所化二人

眺望

更衣野路の人はつかに白し

たのもしき矢數のぬしの袷哉

痩臑の毛に微風あり更衣

御手討の夫婦なりしを更衣

しれるおうなのもとより、ふるきゝぬのわたぬきたるに、ふみ添てをくりければ

橘のかごとがましきあはせかな

更衣いやしからざるはした錢

鞘走る友切丸やほとゝぎす

ほとゝぎす平安城を筋違に

子規柩をつかむ雲間より

春過てなつかぬ鳥や杜鵑

ほとゝぎす待や都のそらだのめ

大徳寺にて

時鳥繪になけ東四郎次郎

岩倉の狂女戀せよ子規

稻葉殿の御茶たぶ夜や時鳥

箱根山を越る日、みやこの友に申遣す

わするなよほどは雲助ほとゝぎす

哥なくてきぬ%\つらし時鳥

草の雨祭の車過てのち

牡丹散て打かさなりぬ二三片

波翻舌本吐紅蓮

閻王の口や牡丹を吐んとす

寂として客の絶間のぼたん哉

地車のとゞろとひゞく牡丹かな

ちりて後おもかげにたつぼたん哉

牡丹切て氣のおとろひし夕かな

山蟻のあからさま也白牡丹

廣庭のぼたんや天の一方に

柴庵の主人、杜鵑・布穀の二題を出して、いづれ一題に發句せよと有。されば雲井に走て王侯に交らむよりは、鶉衣被髪にして山中に名利をいとわんには

狂居士の首にかけた歟鞨鼓鳥

閑居鳥寺見ゆ麥林寺とやいふ

山人は人也かんこどりは鳥なりけり

食次の底たゝく音やかんこ鳥

足跡を字にもよまれず閑古鳥

うへ見えぬ笠置の森やかんこどり

むつかしき鳩の禮儀やかんこどり

閑居鳥さくらの枝も踏で居る

かんこどり可もなく不可もなくね哉

探題 實盛

名のれ/\雨しのはらのほとゝぎす

かきつばたべたりと鳶のたれてける

宵/\の雨に音なし杜若

雲裡房に橋立に別る

みじか夜や六里の松に更たらず

鮎くれてよらで過行夜半の門

みじか夜や毛むしの上に露の玉

短夜や同心衆の川手水

みじか夜や枕にちかき銀屏風

短夜や芦間流るゝ蟹の泡

みじか夜や二尺落ゆく大井川

探題 老犬

みじか夜を眠らでもるや翁丸

短夜や浪うち際の捨[saku ]

みじか夜やいとま給る白拍子

みじか夜や小見世明たる町はづれ

東都の人を大津の驛に送る

短夜や一つあまりて志賀の松

みじか夜や伏見の戸ぼそ淀の窓

卯の花のこぼるゝ蕗の廣葉哉

來て見れば夕の櫻實となりぬ

圓位上人の所願にもそむきたる身のいとかなしきさま也

實ざくらや死のこりたる菴の主

しのゝめや雲見えなくに蓼の雨

砂川や或は蓼を流れ越す

蓼の葉を此君と申せ雀鮓

三井寺や日は午にせまる若楓

あらたに居を卜したるに

釣しのぶ[chu ]にさはらぬ住居かな

蚊屋を出て奈良を立ゆく若葉哉

窓の燈の梢にのぼる若葉哉

不二ひとつうづみ殘してわかばかな

絶頂の城たのもしき若葉かな

若葉して水白く麥黄たり

山に添ふて小舟漕ゆく若ば哉

を截てわたる谷路の若葉哉

蚊屋の内にほたる放してアヽ樂や

尼寺や能[chu ]たるゝ宵月夜

あら凉し裾吹蚊屋も根なし草

蚊屋を出て内に居ぬ身の夜は明ぬ

よすがら三本樹の水樓に宴して

明やすき夜をかくしてや東山

古井戸や蚊に飛ぶ魚の音くらし

うは風に蚊の流れゆく野河哉

蚊やりしてまいらす僧の坐右かな

嵯峨にて

三軒家大坂人のかやり哉

蚊の聲す忍冬の花の散たびに

諸子比枝の僧房に會す。余はいたつきのために此行にもれぬ

蚊屋つりて翠微つくらむ家の内

若竹や橋本の遊女ありやなし

笋の藪の案内やをとしざし

若竹や夕日の嵯峨と成にけり

筍や甥の法師が寺とはん

けしの花籬すべくもあらぬ哉

垣越て蟇の避行かやりかな

嵯峨の雅因が閑を訪て

うは風に音なき麥を枕もと

長旅や駕なき村の麥ほこり

病人の駕も過けり麥の秋

旅芝居穗麥がもとの鏡たて

洛東のばせを菴にて、目前のけしきを申出侍る

蕎麥あしき京をかくして穗麥哉

狐火やいづこ河内の麥畠

大魯・几董などゝ布引瀧見にまかりてかへさ、途中吟

春や穗麥が中の水車

丹波の加悦といふ所にて

夏河を越すうれしさよ手に草履

なれ過た鮓をあるじの遺恨哉

鮓桶をこれへと樹下に床几哉

鮓つけて誰待としもなき身哉

鮒ずしや彦根が城に雲かゝる

兎足三周の正當は文月中の四日なるを、卯月のけふにしゞめて、追善いとなみけるに申遣す

麥刈ぬ近道來ませ法の杖

かりそめに早百合生たり谷の房

かの東皐にのぼれば

花いばら故郷の路に似たる哉

路たえて香にせまり咲いばらかな

愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら

洛東芭蕉菴落成日

耳目肺腸こゝに玉卷ばせを庵

青梅に眉あつめたる美人哉

青うめをうてばかつ散る青葉かな

かはほりやむかひの女房こちを見る

夕風や水青鷺の脛をうつ

たちばなのかはたれ時や古舘

浪花の一本亭に訪れて

粽解て芦吹風の音聞ん

夏山や通ひなれたる若狹人

述懐

椎の花人もすさめぬにほひ哉

水深く利鎌鳴らす眞菰刈

しのゝめや露の近江の麻畠

採蓴を諷ふ彦根の[kura ]夫哉

藻の花や片われからの月もすむ

路邊の刈藻花さく宵の雨

虫のために害はれ落 の花

浪華の舊國あるじゝて諸國の俳士を集めて、圓山に會莚しける時

うき草を吹あつめてや花むしろ

さみだれのうつぼ柱や老が耳

湖へ富士をもどすやさつき雨

さみだれや大河を前に家二軒

さみだれや佛の花を捨に出る

小田原で合羽買たり皐月雨

さみだれの大井越たるかしこさよ

さつき雨田毎の闇となりにけり

青飯法師にはじめて逢けるに、舊識のごとくかたり合て

水桶にうなづきあふや瓜茄子

いづこより礫うちけむ夏木立

酒十駄ゆりもて行や夏こだち

おろし置笈に地震なつ野哉

行々てこゝに行々夏野かな

みちのくの吾友に草扉をたゝかれて

葉がくれの枕さがせよ瓜ばたけ

離別れたる身を蹈込で田植哉

鯰得て歸る田植の男かな

狩衣の袖のうら這ふほたる哉

一書生の閑窓に書す

學問は尻からぬけるほたる哉

でゝむしやその角文字のにじり書

蝸牛の住はてし宿やうつせ貝

こもり居て雨うたがふや蝸牛

雪信が蠅うち拂ふ硯かな

畫贊

こと葉多く早瓜くるゝ女かな

關の戸に水のそら音なかりけり

蝮の鼾も合歡の葉陰哉

蠅いとふ身を古郷に晝寢かな

春泥舎會、東寺山吹にて有けるに

誰住て樒流るゝ鵜川哉

しのゝめや鵜をのがれたる魚淺し

老なりし鵜飼ことしは見えぬ哉

殿原の名古屋貌なる鵜川かな

鵜舟漕ぐ水窮まれば照射哉

夏百日墨もゆがまぬこゝろかな

日を以て數ふる筆の夏書哉

慶子病後不二の夢見けるに申遣す

降かへて日枝を廿の化粧かな

馬南剃髪、三本樹にて

脱かゆる梢もせみの小河哉

石工の鑿冷したる清水かな

落合ふて音なくなれる清水哉

丸山主水がちいさき龜を寫したるに贊せよとのぞみければ、仕官縣命の地に榮利をもとめむよりは、しかじ、尾を泥中に曳んには

錢龜や青砥もしらぬ山清水

二人してむすべば濁る清水哉

我宿にいかに引べきしみづ哉

草いきれ人死居ると札の立

晝がほやこの道唐の三十里

ゆふがほや黄に咲たるも有べかり

夕貌の花噛猫や餘所ごゝろ

律院を覗きて

飛石も三ツ四ツ蓮のうき葉哉

蓮の香や水をはなるゝ莖二寸

吹殻の浮葉にけぶる蓮見哉

白蓮を切らんとぞおもふ僧のさま

河骨の二もとさくや雨の中

座主のみこの、あなかまとてやをらたち入給ひける、いとたうと くて

羅に遮る蓮のにほひ哉

夏日三句

雨乞に曇る國司のなみだ哉

負腹の守敏も降らす旱かな

大粒な雨は祈の奇特かな

夜水とる里人の聲や夏の月

堂守の小草ながめつ夏の月

ぬけがけの淺瀬わたるや夏の月

河童の戀する宿や夏の月

瓜小家の月にやおはす隱君子

雷に小家は燒れて瓜の花

あだ花は雨にうたれて瓜ばたけ

あるかたにて

弓取の帶の細さよたかむしろ

細脛に夕風さはる箪

箱根にて

あま酒の地獄もちかし箱根山

御佛に畫備へけりひと夜酒

愚痴無智のあま酒造る松が岡

寓居

半日の閑を榎やせみの聲

大佛のあなた宮樣せみの聲

蝉鳴や行者の過る午の刻

蝉啼や僧正坊のゆあみ時

かけ香や何にとゞまるせみ衣

かけ香や唖の娘のひとゝなり

かけ香やわすれ貌なる袖だゝみ

雁宕、久しくおとづれせざりければ

有と見へて扇の裏繪おぼつかな

とかくして笠になしつる扇哉

繪團のそれも清十郎にお夏かな

手ずさびの團畫かん草の汁

渡し呼草のあなたの扇哉

七日

祇園會や眞葛原の風かほる

ぎをん會や僧の訪よる梶が許

加茂の西岸に榻を下して

丈山の口が過たり夕すゞみ

網打の見へずなり行凉かな

すゞしさや都を竪にながれ川

葛圃が魂をまねく

河床や蓮からまたぐ便にも

川床に憎き法師の立居かな

凉しさや鐘をはなるゝかねの聲

鴨河にあそぶ

川狩や樓上の人の見しり貌

雨後の月誰や夜ぶりの脛白き

月に對す君に唐網の水煙

川狩や歸去來といふ聲す也

雙林寺獨吟千句

ゆふだちや筆もかはかず一千言

白雨や門脇どのゝ人だまり

夕だちや草葉をつかむむら雀

施米 水粉

腹あしき僧こぼし行施米哉

水の粉のきのふに尽ぬ草の菴

水の粉やあるじかしこき後家の君

旅意

廿日路の背中にたつや雲峰

揚州の津も見えそめて雲の峯

雨と成戀はしらじな雲の峯

雲のみね四澤の水の涸てより

飛蟻とぶや富士の裾野ゝ小家より

日歸りの兀山越るあつさ哉

居りたる舟に寢てゐる暑かな

探題 寄扇武者

暑き日の刀にかゆる扇かな

宗鑑に葛水給ふ大臣かな

葛を得て清水に遠きうらみ哉

端居して妻子を避る暑かな

花頂山に會して探題

褒居士はかたい親父よ竹婦人

虫干や甥の僧訪ふ東大寺

ところてん逆しまに銀河三千尺

宮島

薫風やともしたてかねついつくしま

裸身に神うつりませ夏神樂

つくばふた禰宜でことすむ御祓哉

灸のない背中流すや夏はらへ

出水の加茂に橋なし夏祓

鴨河のほとりなる田中といへる里にて

ゆふがほに秋風そよぐみそぎ川

蕪村句集上卷終

蕪翁句集 卷之下
几董著
秋之部

秋來ぬと合點させたる嚔かな

秋たつや何におどろく陰陽師

貧乏に追つかれけりけさの秋

秋立や素湯香しき施藥院

初秋や餘所の灯見ゆる宵のほど

秋夜閑窓のもとに指を屈して、世になき友を算ふ

とうろうを三たびかゝげぬ露ながら

高燈籠滅なんとするあまたゝび

七夕

梶の葉を朗詠集のしほり哉

戀さま%\願の糸も白きより

つと入やしる人に逢ふ拍子ぬけ

あぢきなや蚊屋の裙蹈魂祭

魂棚をほどけばもとの座敷哉

十六日の夕、加茂河の邊りにあそぶ

大文字やあふみの空もたゞならね

相阿彌の宵寢起すや大文字

攝待にきせるわすれて西へ行

英一蝶が畫に贊望れて

四五人に月落かゝるおどり哉

ひたと犬の啼町越へて躍かな

萍のさそひ合せておどり哉

かな河浦にて

いな妻や八丈かけてきくた摺

いな妻の一網うつやいせのうみ

いなづまや堅田泊の宵の空

稲妻にこぼるゝ音や竹の露

春夜に句をとはれて

日ごろ中よくて耻あるすまひ哉

飛入の力者あやしき角力かな

夕露や伏見の角力ちり%\に

負まじき角力を寢ものがたり哉

遊行柳のもとにて

柳散清水涸石處々

小狐の何にむせけむ小萩はら

薄見つ萩やなからむ此ほとり

山は暮て野は黄昏の薄哉

女郎花そも莖ながら花ながら

里人はさともおもはじをみなへし

永西法師はさうなきすきもの也し。世を去りてふたとせに成ければ

秋ふたつうきをますほの薄哉

茨老すゝき痩萩おぼつかな

猪の露折かけてをみなへし

白萩を春わかちとるちぎり哉

垣ね潜る薄ひともと眞蘇枋なる

きちかうも見ゆる花屋が持佛堂

澗水湛如藍

朝がほや一輪深き淵のいろ

朝貌や手拭のはしの藍をかこつ

夜の蘭香にかくれてや花白し

蘭夕狐のくれし寄楠を[shuBuson ]む

辨慶贊

花すゝきひと夜はなびけ武藏坊

しら露やさつ男の胸毛ぬるゝほど

ものゝふの露はらひ行[seu ]かな

妙義山

立去事一里眉毛に秋の峰寒し

白露や茨の刺にひとつづゝ

狩倉の露におもたきうつぼ哉

市人の物うちかたる露の中

身にしむや横川のきぬをすます時

身にしむや亡妻の櫛を閨に踏

朝露やまだ霜しらぬ髪の落

葛の棚葉しげく軒端を覆ひければ、晝さへいとくらきに

葛の葉のうらみ貌なる細雨哉

朝貌にうすきゆかりの木槿哉

朝霧や村千軒の市の音

朝霧や杭打音丁々たり

もの焚て花火に遠きかゝり舟

花火せよ淀の御茶屋の夕月夜

八朔や扨明日よりは二日月

初汐に追れてのぼる小魚哉

となせの瀧

水一筋月よりうつす桂河

虫賣のかごとがましき朝寢哉

むし啼や河内通ひの小でうちん

みのむしや秋ひだるしと鳴なめり

蠧て下葉ゆかしきたばこ哉

小百姓[uzura ]を取老となりにけり

鬼灯や清原の女が生寫し

日は斜關屋の鎗にとんぼかな

良夜とふかたもなくに、訪來る人もなければ

中/\にひとりあればぞ月を友

名月にゑのころ捨る下部哉

身の闇の頭巾も通る月見かな

月天心貧しき町を通りけり

忠則古墳、一樹の松に倚れり

月今宵松にかへたるやどり哉

名月や雨を溜たる池のうへ

名月やうさぎのわたる諏訪の海

探題 雨月

旅人よ笠嶋かたれ雨の月

月今宵あるじの翁舞出よ

仲丸の魂祭せむけふの月

名月や夜は人住ぬ峰の茶屋

山の端や海を離るゝ月も今

庵の月主をとへば芋掘に

かつまたの池は闇也けふの月

鯉長が醉るや、嵬峨として玉山のまさに崩れんとするがごとし。其俤今なを眼中に在て

月見ればなみだに碎く千々の玉

花守は野守に劣るけふの月

雨のいのりのむかしをおもひて

名月や神泉苑の魚躍る

探題 雁字

一行の鴈や端山に月を印す

紀の路にも下りず夜を行鴈ひとつ

雨中の鹿といふ題を得て

雨の鹿戀に朽ぬは角ばかり

鹿寒し角も身に添ふ枯本哉

鹿啼てはゝその木末あれにけり

菜畠の霜夜は早し鹿の聲

三度啼て聞へずなりぬ鹿の聲

殘照亭晩望

鹿ながら山影門に入日哉

ある山寺へ鹿聞にまかりけるに、茶を汲沙彌の夜すがらねぶらで有ければ、晋子が狂句をおもひ出て

鹿の聲小坊主に角なかりけり

折あしく門こそ叩け鹿の聲

老懷

去年より又さびしひぞ秋の暮

父母のことのみおもふ秋のくれ

あちらむきに鴫も立たり秋の暮

猿丸太夫贊

我がてに我をまねくや秋の暮

門を出れば我も行人秋のくれ

弓取に哥とはれけり秋の暮

淋し身に杖わすれたり秋の暮

故人に別る

木曾路行ていざとしよらん秋ひとり

かなしさや釣の糸吹あきの風

秋の風書むしばまず成にけり

金屏の羅は誰あきのかぜ

秋風や干魚かけたる濱庇

古人移竹をおもふ

去來去移竹移りぬいく秋ぞ

順禮の目鼻書ゆくふくべ哉

腹の中へ齒はぬけけらし種ふくべ

四十にみたずして死んこそめやすけれ

あだ花にかゝる耻なし種ふくべ

人の世に尻を居へたるふくべ哉

我足にかうべぬかるゝ案山子哉

武者繪贊

御所柿にたのまれ貌のかゞし哉

姓名は何子か號は案山子哉

三輪の田に頭巾着て居るかゞしかな

山陰や誰呼子鳥引板の音

雲裡房、つくしへ旅だつとて我に同行をすゝめけるに、えゆかざりければ

秋かぜのうごかして行案山子哉

水落て細脛高きかゞし哉

故郷や酒はあしくとそばの花

宮城野ゝ萩更科の蕎麥にいづれ

道のべや手よりこぼれて蕎麥花

落る日のくゝりて染る蕎麥の莖

題 白川

黒谷の隣はしろしそばのはな

なつかしきしをにがもとの野菊哉

綿つみやたばこの花を見て休む

三徑の十歩に盡て蓼の花

甲斐がねや穗蓼の上を鹽車

沙魚釣の小舟漕なる窓の前

百日の鯉切尽て鱸かな

釣上し鱸の巨口玉や吐

ひとり大原野ゝほとり吟行しけるに、田疇荒蕪して千ぐさの下葉霜をしのぎ、つれなき秋の日影をたのみて、はつかに花の咲出たるなど、ことにあはれ探し

水かれ%\蓼歟あらぬ歟蕎麥歟否歟

小鳥來る音うれしさよ板びさし

此森もとかく過けり鵙おとし

山雀や榧の老木に寢にもどる

竹渓法師丹後へ下るに

たつ鴫に眠る鴫ありふた法師

鴫立て秋天ひきゝながめ哉

わたり鳥こゝをせにせん寺林

わたり鳥雲の機手のにしき哉

瀬田降て志賀の夕日や江鮭

駒迎ことにゆゝしや額白

秋の暮辻の地藏に油さす

秋の燈やゆかしき奈良の道具市

追剥を弟子に剃けり秋の旅

秋雨や水底の草を蹈わたる

丸山氏が黒き犬を畫たるに讚せよを望みければ

おのが身の闇より吼て夜半の秋

甲賀衆のしのびの賭や夜半の秋

枕上秋の夜を守る刀かな

身の秋や今宵をしのぶ翌もあり

我則あるじゝて會催しけるに

小路行ばちかく聞ゆるきぬた哉

うき人に手をうたれたる砧かな

遠近をちこちとうつきぬた哉

うき我に砧うて今は又止

石を打狐守夜のきぬた哉

鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉

門前の老婆子薪貪る野分かな

梺なる我蕎麥存す野分哉

市人のよべ問かはすのはきかな

客僧の二階下り來る野分哉

三井の山上より三上山を望て

秋寒し藤太が鏑ひゞく時

角文字のいざ月もよし牛祭

うら枯やからきめ見つる漆の樹

物書に葉うらにめづる芭蕉哉

斗文、父の八十の賀をことぶくに申贈る

稻かけて風もひかさじ老の松

廣澤

水かれて池のひづみや後の月

山茶花の木間見せけり後の月

泊る氣でひとり來ませり十三夜

十月の今宵はしぐれ後の月

十三夜の月を賞することは、我日のもとの風流也けり

唐人よ此花過てのちの月

日でりどし伏水の小菊もらひけり

山家の菊見にまかりけるに、あるじの翁、紙・硯をとうでゝほ句もとめければ

きくの露受て硯のいのち哉

いでさらば投壺まいらせん菊の花

菊に古笠を覆たる畫に

白菊や呉山の雪を笠の下

手燭して色失へる黄菊哉

村百戸菊なき門も見へぬ哉

あさましき桃の落葉よ菊畠

菊作り汝は菊の奴かな

高雄

西行の夜具も出て有紅葉哉

ひつぢ田に紅葉ちりかゝる夕日かな

谷水の盡てこがるゝもみぢ哉

よらで過る藤澤寺のもみぢ哉

むら紅葉會津商人なつかしき

須磨寺にて

笛の音に波もより來る須磨の秋

雨乞の小町が果やをとし水

村/\の寢ごゝろ更ぬ落し水

毛見の衆の舟さし下せ最上川

新米の坂田は早しもがみ河

落穗拾ひ日あたる方へあゆみ行

山家

猿どのゝ夜寒訪ゆく兎かな

壁隣ものごとつかす夜さむ哉

缺/\て月もなくなる夜寒哉

起て居てもう寢たといふ夜寒哉

夜を寒み小冠者臥たり北枕

長き夜や通夜の連哥のこぼれ月

山鳥の枝踏かゆる夜長哉

子鼠のちゝよと啼や夜半の秋

秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者

秋はものゝそばの不作もなつかしき

幻住菴に曉臺が旅寢せしを訪ひて

丸盆の椎にむかしの音聞む

椎拾ふ横河の兒のいとま哉

探題

餉にからき涙やとうがらし

俵して藏め蓄へぬ番椒

折くるゝ心こぼさじ梅もどき

梅もどき折や念珠をかけながら

にしき木を立ぬ垣根や番椒

稚子の寺なつかしむいてう哉

几董と鳴瀧に遊ぶ

茸狩や頭を擧れば峰の月

茯苓は伏かくれ松露はあらはれぬ

うれしさの箕にあまりたるむかご哉

鬼貫や新酒の中の貧に處

栗備ふ惠心の作の彌陀佛

にしき木は吹たふされて鶏頭花

ある方にて

くれの秋有職の人は宿に在す

いさゝかなをいめ乞れぬ暮の秋

行秋やよき衣きたる掛

跡かくす師の行方や暮の秋

洛東ばせを庵にて

冬ちかし時雨の雲もこゝよりぞ

冬之部

みのむしの得たりかしこし初時雨

初しぐれ眉に烏帽子の雫哉

楠の根を靜にぬらす時雨哉

時雨るゝや蓑買ふ人のまことより

しぐるゝや鼠のわたる琴の上

古傘の婆娑と月夜の時雨哉

しぐるゝや我も古人の夜に似たる

夕時雨蟇ひそみ音に愁ふ哉

人/\高尾の山ぶみして一枝の丹楓を贈れり。頃は神無月十日まり、老葉霜に堪へず、やがてはら/\と打ちりたる、ことにあはれふかし

爐に燒てけぶりを握る紅葉哉

初冬や日和になりし京はづれ

居眠て我にかくれん冬ごもり

冬ごもり壁をこゝろの山に倚

冬ごもり燈下に書すとかゝれたり

勝手まで誰が妻子ぞ冬ごもり

冬ごもり佛にうときこゝろ哉

東山の梺に住どころ卜したる一音法師に申遣す

嵐雪とふとん引合ふ佗寢かな

いばりせしふとんほしたり須磨の里

故郷にひと夜は更るふとんかな

かしらへやかけん裾へや古衾

大兵のかり寢あはれむ蒲團哉

乕の尾を踏つゝ裾にふとんかな

十夜

あなたうと茶もだぶ/\と十夜哉

浪花遊行寺にてばせを忌をいとなみける二柳庵に

簔笠の衣鉢つたへて時雨哉

夜興引や犬のとがむる塀の内

枇杷の花鳥もすさめず日くれたり

茶の花や白にも黄にもおぼつかな

茶のはなや石をめぐりて路を取

咲べくもおもはであるを石蕗花

几董にいざなはれて、岡崎なる下村氏の別業に遊びて

口切や五山衆なんどほのめきて

口切や小城下ながら只ならね

爐びらきや雪中庵の霰酒

狐火や髑髏に雨のたまる夜に

一條もどり橋のもとに柳風呂といふ娼家有。ある夜、太祇とともに此樓にのぼりて

羽織着て綱もきく夜や川ちどり

風雲の夜すがら月の千鳥哉

磯ちどり足をぬらして遊びけり

打よする浪や千鳥の横ありき

水鳥や百姓ながら弓矢取

里過て古江に鴛を見付たり

水鳥や舟に菜を洗ふ女有

加茂人の火を燧音や小夜鵆

泰里が東武に歸を送る

嵯峨寒しいざ先くだれ都鳥

早梅や御室の里の賣屋敷

宗任に水仙見せよ神無月

うかぶ瀬に遊びて、むかし栢莚が此所にての狂句を思ひ出て、其風調に倣ふ

小春凪眞帆も七合五勺かな

冬の梅きのふやちりぬ石の上

千葉どのゝ假家引たり枯尾花

たんぽゝのわすれ花あり路の霜

老女の火をふき居る畫に

小野ゝ炭匂ふ火桶のあなめ哉

われぬべき年もありしを古火桶

うづみ火や終には煮る鍋のもの

炭うりに鏡見せたる女かな

裙に置て心に遠き火桶かな

炭團法師火桶の穴より窺ひけり

讃[li ]高松にしばらく旅やどりしけるに、あるじ夫婦の隔なきこゝろざしのうれしさに、けふや其家を立出るとて

巨燵出て早あしもとの野河哉

腰ぬけの妻うつくしき巨燵かな

沙彌律師ころり/\とふすま哉

鋸の音貧しさよ夜半の冬

彈山の質屋とざしぬ夜半の冬

春夜樓會

むさゝびの小鳥はみ居る枯野哉

大とこの糞ひりおはすかれの哉

水鳥や枯木の中に駕二挺

子を捨る藪さへなくて枯野哉

草枯て狐の飛脚通りけり

狐火の燃へつくばかり枯尾花

息杖に石の火を見る枯野哉

金福寺芭蕉翁墓

我も死して碑に邊せむ枯尾花

馬の尾にいばらのかゝる枯野哉

蕭條として石に日の入枯野かな

大魯が病の復常をいのる

痩脛や病より起鶴寒し

待人の足音遠き落葉哉

菊は黄に雨疎かに落葉かな

古寺の藤あさましき落葉哉

往來待て吹田をわたる落ば哉

隋葉を拾ひて紙に換たるもろこしの貧しき人も、腹中の書には富るなるべし。さればやまとうたのしげきことのはのうち散たるをかきあつめて捨ざるは、我はいかいの道なるべし

もしほ草柿のもと成落葉さへ

西吹ば東にたまる落葉かな

鰒汁の宿赤/\と燈しけり

ふぐ汁の我活て居る寢覺哉

秋風の呉人はしらじふぐと汁

音なせそ叩くは僧よ鰒じる

河豚の面世上の人を白眼

[iraka ]うつて鰒になき世の友とはむ

袴着て鰒喰ふて居る町人よ

霍英は一向宗にて、信ふかきおのこ也けり。愛子を失ひて悲しびに堪えず、朝暮佛につかふまつりて、讀經をこたらざりければ

らうそくの涙氷るや夜の鶴

大魯が兵庫の隱栖を、几董とゝもに訪ひて人々と海邊を吟行しけるに

凩に鰓吹るゝや鉤の魚

こがらしやひたとつまづく戻り馬

こがらしや畠の小石目に見ゆる

こがらしや何に世わたる家五軒

凩やこの頃までは荻の風

木枯や鐘に小石を吹あてる

こがらしや岩に裂行水の聲

晋子三十三囘

擂盆のみそみぐりや寺の霜

麥蒔や百まで生る貌ばかり

初雪や消ればぞ又草の露

初雪の底を叩ば竹の月

題 七歩詩

雪折や雪を湯に焚釜の下

雪の暮鴫はもどつて居るような

うづみ火や我かくれ家も雪の中

いざ雪見容す簑と笠

鍋さげて淀の小橋を雪の人

雪白し加茂の氏人馬でうて

雪折やよし野ゝ夢のさめる時

漁家寒し酒に頭の雪を燒

朝霜や室の揚屋の納豆汁

入道のよゝとまいりぬ納豆汁

朝霜や釼を握るつるべ繩

宿かさぬ火影や雪の家つゞき

几董と浪華より歸さ

霜百里舟中に我月を領す

故人曉臺、余が寒爐を訪はずして歸郷す。知是東山西野に吟行して、荏苒として晦朔の代謝をしらず。歸期のせまりたるをいかむともせざる成べし

牙寒き梁の月の鼠かな

陶弘景贊

山中の相雪中のぼたん哉

町はづれいでや頭巾は小風呂敷

引かふで耳をあはれむ頭巾哉

みどり子の頭巾眉深きいとをしみ

めし粒で紙子の破れふたぎけり

此冬や帋衣着ようとおもひけり

老を山へ捨し世も有に紙子哉

我頭巾うき世のさまに似ずもがな

さゞめごと頭巾にかづく羽折哉

頭巾着て聲こもりくの初瀬法師

題戀

貌見せや夜着をはなるゝ妹が許

かほ見せや既うき世の飯時分

かの曉の霜に跡つけたる晋子が信に背きて、嵐雪が懶に倣ふ

貌見せやふとんをまくる東山

新右衞門足を誘ふ冬至かな

書記典主故園に遊ぶ冬至哉

水仙や寒き都のこゝかしこ

水仙や美人かうべをいたむらし

水仙や鵙の草莖花咲ぬ

冬ざれや小鳥のあさる韮畠

霜あれて韮を刈取翁かな

葱買て枯木の中を歸りけり

ひともじの北へ枯臥古葉哉

易水にねぶか流るゝ寒かな

皿を踏鼠の音のさむさ哉

郊外

靜なるかしの木はらや冬の月

冬こだち月に隣をわすれたり

この句は夢想に感ぜし也

同二句

二村に質屋一軒冬こだち

このむらの人は猿也冬木だち

鴛に美を盡してや冬木立

斧入て香におどろくや冬こだち

鳴らし來て我夜あはれめ鉢叩

一瓢のいんで寢よやれ鉢たゝき

木のはしの坊主のはしやはちたゝき

ゆふがほのそれは髑髏歟鉢敲

花に表太雪に君あり鉢叩

西念はもう寢た里をはち敲

御火焚といふ題にて

御火焚や霜うつくしき京の町

御火たきや犬も中/\そゞろ貌

足袋はいて寢る夜ものうき夢見哉

宿かせと刀投出す雪吹哉

寺寒く樒はみこぼす鼠かな

杜父魚のえものすくなき翁哉

貧居八詠

愚に耐よと窓を暗す雪の竹

かんこ鳥は賢にして賤し寒苦鳥

我のみの柴折くべるそば湯哉

紙ぶすま折目正しくあはれ也

氷る燈の油うかゞふ鼠かな

炭取のひさご火桶に並び居る

我を厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴

齒豁に筆の氷を噛夜哉

一しきり矢種の盡るあられ哉

玉霰漂母が鍋をみだれうつ

古池に草履沈てみぞれ哉

山水の減るほど減りて氷かな

倣素堂

乾鮭や琴に斧うつひゞきあり

から鮭に腰する市の翁かな

からざけや帶刀殿の臺所

詫禪師乾鮭に白頭の吟を彫

鐵骨といふは梅の枝を寫する畫法也

寒梅や火の迸る鐵より

寒梅を手折響や老が肘

感偶

寒月や門なき寺の天高し

寒月や鋸岩のあからさま

寒月や枯木の中の竹三竿

寒月や衆徒の群議の過て後

寒聲や古うた諷ふ誰が子ぞ

細道になり行聲や寒念佛

極樂の近道いくつ寒念佛

寒垢離や上の町まで來たりけり

寒ごりやいざまいりそふ一手桶

几董判句合

鯨賣市に刀を皷しけり

しづ/\と五徳居えけり藥喰

藥喰隣の亭主箸持參

くすり喰人に語るな鹿

妻や子の寢貌も見へつ藥喰

客僧の狸寢入やくすり喰

春泥舎に遊びて

靈運もこよひはゆるせとし忘

にしき木の立聞もなき雜魚寢哉

おとろひや小枝も捨ぬとし木樵

うぐひすの啼や師走の羅生門

御經に似てゆかしさよ古暦

としひとつ積るや雪の小町寺

ゆく年の瀬田を廻るや金飛脚

とし守夜老はたうとく見られたり

題沓

石公へ五百目もどすとしのくれ

とし守や乾鮭の太刀鱈の棒

笠着てわらぢはきながら

芭蕉去てそのゝちいまだ年くれず

蕪村句集下卷終

夜半翁常にいへらく、發句集はなくてもありなんかし、世に名だゝる人の其句集出て、日來の聲譽減ずるもの多し、況汎々の輩をやと。しかるに門派に一人の書肆ありて、あながちに句集を梓にちりばめむことをもとむ、翁もとよりゆるさず。翁滅後にいたりて、二三子が書とめおけるをあつめて、是を前後の二編に撰分て、小祥・大祥二忌の追福のためとすと也。其志又淺からずといふべし。されば句集を世に弘うすることは、あなかしこ翁の本意にはあらず、全く是をもて此翁を議ずべからずといふ事を田福しるす。

天明四甲辰之冬十二月
京寺町通五條上ル町
書肆 汲古堂