University of Virginia Library

( わたし ) ( ) ( くら ) んだんでせうか、 ( をんな ) ( またゝき ) をしません。五 ( ふん ) 一時 ( いつとき ) と、 此方 ( こつち ) 呼吸 ( いき ) をも ( ) めて ( ) ます ( あひだ ) ――で、 ( あま ) 調 ( そろ ) つた 顏容 ( かほだち ) といひ、 ( はた ) して ( これ ) 白像彩塑 ( はくざうさいそ ) で、 ( ) ( ) ( こと ) か、 仔細 ( しさい ) あつて、 ( ) ( べう ) 本尊 ( ほんぞん ) なのであらう、と ( おも ) つたのです。

  ( ゆか ) ( した ) …… 板縁 ( いたえん ) ( うら ) ( ところ ) で、がさ/\がさ/\と ( おと ) 發出 ( しだ ) した…… 彼方 ( あつち ) へ、 此方 ( こつち ) へ、 ( ねずみ ) が、ものでも 引摺 ( ひきず ) るやうで、 ( ゆか ) ( ひゞ ) く、と ( ) ( おと ) が、 ( へん ) に、 ( ) ( うへ ) ( ) つてる ( わたし ) ( あし ) ( うら ) ( くすぐ ) ると ( ) つた ( かたち ) で、むづ ( がゆ ) くつて ( たま ) らないので、もさ/\ 身體 ( からだ ) ( ゆす ) りました。―― 本尊 ( ほんぞん ) は、まだ ( またゝき ) もしなかつた。―― ( ) ( うち ) に、 ( みぎ ) ( おと ) が、 ( かべ ) でも ( ) ぢるか、 這上 ( はひあが ) つたらしく ( おも ) ふと、 寢臺 ( ねだい ) ( あし ) 片隅 ( かたすみ ) 羽目 ( はめ ) ( やぶ ) れた ( ところ ) がある。 ( ) 透間 ( すきま ) ( いたち ) がちよろりと ( のぞ ) くやうに、 茶色 ( ちやいろ ) 偏平 ( ひらつた ) ( つら ) ( ) したと ( うかゞ ) はれるのが、もぞり、がさりと ( すこ ) しづゝ ( はひ ) つて、ばさ/\と ( ) る、と ( おほ ) きさやがて 三俵法師 ( さんだらぼふし ) ( かたち ) ( ) たもの、 ( ) だらけの 凝團 ( かたまり ) ( あし ) も、 ( かほ ) ( ) るのぢやない。 成程 ( なるほど ) ( ねずみ ) でも ( なか ) ( もぐ ) つて ( ) るのでせう。

  其奴 ( そいつ ) が、がさ/\と 寢臺 ( ねだい ) ( した ) ( はひ ) つて、 ( ゆか ) ( うへ ) をずる/\と 引摺 ( ひきず ) つたと ( ) ると、 ( をんな ) 掻卷 ( かいまき ) から ( ) ( うで ) ( しろ ) ( ) いて、 ( わたし ) ( ) ( はう ) へぐたりと ( ) げた。 寢亂 ( ねみだ ) れて ( ちゝ ) ( ) える。 ( それ ) 片手 ( かたて ) ( かく ) したけれども、 ( あし ) のあたりを ( ふる ) はすと、あゝ、と ( ) つて ( ) ( ) 兩方 ( りやうはう ) ( くう ) ( つか ) むと ( すそ ) ( ) げて、 弓形 ( ゆみなり ) ( ) ( ) らして、 掻卷 ( かいまき ) ( ) て、 ( ころ ) がるやうに ( ふすま ) ( ) けた。……

  ( わたし ) 飛出 ( とびだ ) した……

  ( だん ) ( ) ちるやうに ( ) りた ( とき ) ( くろ ) 狐格子 ( きつねがうし ) 背後 ( うしろ ) にして、 ( をんな ) 斜違 ( はすつかひ ) 其處 ( そこ ) ( ) つたが、 ( ) 足許 ( あしもと ) に、 ( ) やあの ( ) むくぢやらの 三俵法師 ( さんだらぼふし ) だ。

  ( しろ ) ( くびす ) ( ) げました、 階段 ( かいだん ) ( すべ ) ( ) りる、と、 ( あと ) から、ころ/\と ( ころ ) げて 附着 ( くツつ ) く。さあ、それからは、 宛然 ( さながら ) 人魂 ( ひとだま ) ( つき ) ものがしたやうに、 ( ) ( かつ ) ( あか ) ( ) つて、 ( くさ ) ( なか ) 彼方 ( あつち ) へ、 此方 ( こつち ) へ、たゞ、 伊達卷 ( だてまき ) ( ) についたばかりのしどけない ( なまめ ) かしい 寢着 ( ねまき ) ( をんな ) 追※ ( おひまは )

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す。 ( をんな ) はあとびつしやりをする、 脊筋 ( せすぢ ) ( よぢ ) らす。 三俵法師 ( さんだらぼふし ) は、 ( もすそ ) にまつはる、 ( かゝと ) ( ) める、 刎上 ( はねあが ) る、 身震 ( みぶるひ ) する。

 やがて、 ( ぬま ) ( ふち ) 追迫 ( おひせま ) られる、と ( あし ) ( かふ ) 這上 ( はひあが ) 三俵法師 ( さんだらぼふし ) に、わな/\ 身悶 ( みもだえ ) する ( しろ ) ( あし ) が、あの、 釣竿 ( つりざを ) ( ) つた三 ( にん ) ( ) のやうに、ちら/\と ( ちう ) ( ) いたが、するりと ( おと ) して、 ( おび ) ( すべ ) ると、 ( ) ものが ( ) げて ( くさ ) ( ) ちた。

( しづ ) んだ ( ふね ) ――」と、 ( おも ) はず ( わたし ) ( こゑ ) ( ) けた。 ( ひま ) ( ) しに、 陰氣 ( いんき ) 水音 ( みづおと ) が、だぶん、と ( ひゞ ) いた……

 しかし、 綺麗 ( きれい ) ( およ ) いで ( ) く。 ( うつくし ) ( にく ) 脊筋 ( せすぢ ) ( ) けて 左右 ( さいう ) ( ひら ) ( みづ ) 姿 ( すがた ) は、 ( かる ) ( うすもの ) ( さば ) くやうです。 ( ) ( はだ ) ( しろ ) ( こと ) 、あの 合歡花 ( ねむのはな ) をぼかした ( いろ ) なのは、 ( かね ) ( ) ( とき ) のために 用意 ( ようい ) されたのかと ( おも ) ふほどでした。

  動止 ( うごきや ) んだ 赤茶 ( あかちや ) けた 三俵法師 ( さんだらぼふし ) が、 ( わたし ) ( ) ( まへ ) に、 惰力 ( だりよく ) で、 毛筋 ( けすぢ ) を、ざわ/\とざわつかせて、うツぷうツぷ ( あへ ) いで ( ) る。

  ( ) ると ( おどろ ) いた。ものは 棕櫚 ( しゆろ ) ( ) 引束 ( ひツつか ) ねたに 相違 ( さうゐ ) はありません。が、 ( ひと ) ( ) 途端 ( とたん ) に、ぱちぱち ( まめ ) ( ) ( おと ) がして、ばら/\と 飛着 ( とびつ ) いた、 棕櫚 ( しゆろ ) ( あか ) いのは、 幾千萬 ( いくせんまん ) とも ( かず ) ( ) れない ( のみ ) 集團 ( かたまり ) であつたのです。

  ( ) や、 兩脚 ( りやうあし ) が、むづ/\、 脊筋 ( せすぢ ) がぴち/\、 頸首 ( えりくび ) へぴちんと ( ) る、 ( わたし ) 七顛八倒 ( しつてんはつたう ) して 身體 ( からだ ) ( ) つて 振飛 ( ふりと ) ばした。

  ( ) ( なん ) と、 ( ) 棕櫚 ( しゆろ ) ( ) ( のみ ) ( ) ( ところ ) に、 一人 ( ひとり ) ( ) ( ちひ ) さい、 ( めじり ) ( ほゝ ) 垂下 ( たれさが ) つた、 青膨 ( あをぶく ) れの、 土袋 ( どぶつ ) で、 肥張 ( でつぷり ) 五十 ( ごじふ ) 恰好 ( かつかう ) の、 頤鬚 ( あごひげ ) ( はや ) した、 ( をとこ ) ( ) つて ( ) るぢやありませんか。 ( なに ) ものとも ( ) れない。 越中褌 ( ゑつちうふんどし ) ( ) ふ……あいつ ( ひと ) つで、 眞裸 ( まつぱだか ) ( きたな ) ( けつ ) です。

  ( をんな ) ( ぬま ) ( ) ( およ ) ( ) いて、 ( ) ( はな ) ( しげり ) にかくれました。

 が、 ( ) 姿 ( すがた ) が、 ( みづ ) ( なが ) れて、 ( やなぎ ) ( みどり ) 姿見 ( すがたみ ) にして、ぽつと ( うつ ) つたやうに、 ( ひと ) ( かげ ) らしいものが、 ( みづ ) ( むか ) うに、 ( きし ) ( ) ( やなぎ ) ( ) 薄墨色 ( うすずみいろ ) ( ) つて ( ) る…… ( あるひ ) ( また ) …… 此處 ( こゝ ) 土袋 ( どぶつ ) 同一 ( おなじ ) やうな ( をとこ ) が、 其處 ( そこ ) へも ( ) ( ) て、 白身 ( はくしん ) 婦人 ( をんな ) ( ) ( ) るのかも ( ) れません。

  ( わたし ) ( ) 一人 ( ひとり ) でせうね……

(や、 ( ) てい。)

  青膨 ( あをぶく ) れが、 ( たん ) ( から ) んだ、ぶやけた ( こゑ ) して、 ( ) 行掛 ( ゆきかゝ ) つた ( わたし ) ( ) めた……

( ) ( もれ ) えたいものがあるで、 ( ) ( ぢき ) ぢやぞ。)と、 ( くび ) をぐたりと ( ) りながら、 横柄 ( わうへい ) ( ) ふ。…… ( なん ) と、 ( ) 兩足 ( りやうあし ) から、 下腹 ( したばら ) ( ) けて、 棕櫚 ( しゆろ ) ( ) ( のみ ) が、うよ/\ぞろ/\…… 赤蟻 ( あかあり ) ( れつ ) ( つく ) つてる…… ( わたし ) 立窘 ( たちすく ) みました。

 ひら/\、と 夕空 ( ゆふぞら ) ( くも ) ( およ ) ぐやうに ( やなぎ ) ( ) から 舞上 ( まひあが ) つた、あゝ、 ( それ ) 五位鷺 ( ごゐさぎ ) です。 中島 ( なかじま ) ( うへ ) 舞上 ( まひあが ) つた、と ( ) ると ( ) ( ) けて ( さつ ) ( おと ) した。

(ひい。)と ( ) ( をんな ) ( こゑ ) ( さぎ ) 舞上 ( まひあが ) りました。 ( つばさ ) ( かぜ ) に、 ( ) ( はな ) のさら/\と ( みだ ) るゝのが、 ( をんな ) 手足 ( てあし ) ( うね ) らして、 ( ) ( もが )

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くに 宛然 ( さながら ) である。

  ( いま ) ( かんが ) へると、それが 矢張 ( やつぱ ) り、あの 先刻 ( さつき ) ( ) だつたかも ( ) れません。 ( おな ) ( かをり ) ( かぜ ) のやうに 吹亂 ( ふきみだ ) れた ( はな ) ( なか ) へ、 ( ゆき ) 姿 ( すがた ) 素直 ( まつすぐ ) ( ) つた。が、 ( なめら ) かな ( むね ) ( ) ( ) ( ちゝ ) ( した ) に、 ( ほし ) ( ) なるが ( ごと ) 一雫 ( ひとしづく ) 鮮紅 ( からくれなゐ ) ( いと ) ( みだ ) して、 ( ) ( はな ) 眞赤 ( まつか ) ( ) る、と ( ) 淡紅 ( うすべに ) ( なみ ) ( なか ) へ、 ( しろ ) 眞倒 ( まつさかさま ) ( ) つて ( ぬま ) ( しづ ) んだ。 ( みぎは ) ( ひろ ) くするらしい ( しづ ) かな ( みづ ) ( ) ( ) いて、 血汐 ( ちしほ ) 綿 ( わた ) がすら/\と ( みどり ) ( ) いて ( たゞよ ) ( なが ) れる……

(あれを ( ) い、 ( ) ( かたち ) ( ) ぢやらうが、 ( なん ) ( ) むかい。)

 ―― ( わたし ) ( いき ) ( ) つて、 ( かぶり ) ( ) ると、

( わか ) らんかい、 白痴 ( たはけ ) めが。)と、ドンと ( むね ) ( ) いて、 突倒 ( つきたふ ) す。 ( おも ) ( ちから ) は、 磐石 ( ばんじやく ) であつた。

( また ) …… 遣直 ( やりなほ ) しぢや。)と ( つぶや ) きながら、 ( ) ( のみ ) ( ) をぶら ( ) げると、 ( わたし ) 茫然 ( ばうぜん ) とした ( あひだ ) に、のそのそ、と 越中褌 ( ゑつちうふんどし ) ( きう ) のあとの ( ) ( しり ) ( ) せて、そして、やがて、 及腰 ( およびごし ) ( ほこら ) 狐格子 ( きつねがうし ) ( のぞ ) くのが ( ) えた。

( おく ) さんや、 ( おく ) さんや―― ( のみ ) が、 ( のみ ) が――)

 と ( はら ) をだぶ/\、 身悶 ( みもだ ) えをしつゝ、 後退 ( あとじさ ) りに ( ) つた。 ( ) 、どしん、と 尻餅 ( しりもち ) をついた。が、 ( ) ( あたま ) へ、 棕櫚 ( しゆろ ) ( ) をずぼりと ( かぶ ) る、と ( ふくろふ ) ( ) けたやうな ( かたち ) ( ) つて、 ( ) のまゝ、べた/\と ( くさ ) ( ) つて、 ( えん ) ( した ) 這込 ( はひこ ) んだ。――

  蝙蝠傘 ( かうもりがさ ) ( つゑ ) にして、 ( わたし ) がひよろ/\として 立去 ( たちさ ) ( とき ) ( ぬま ) ( くら ) うございました。そして ( なま ) ぬるい ( あめ ) 降出 ( ふりだ ) した……

( おく ) さんや、 ( おく ) さんや。)

 と ( ) つたが、 ( ) 土袋 ( どぶつ ) 細君 ( さいくん ) ださうです。 土地 ( とち ) 豪農 ( がうのう ) 何某 ( なにがし ) が、 内證 ( ないしよう ) 逼迫 ( ひつぱく ) した 華族 ( くわぞく ) 令孃 ( れいぢやう ) 金子 ( かね ) にかへて ( めと ) つたと ( ) ひます。 御殿 ( ごてん ) づくりでかしづいた、が、 ( ) 姫君 ( ひめぎみ ) 可恐 ( おそろし ) ( のみ ) ( ぎら ) ひで、 ( たゞ ) ( ぴき ) にも、 ( よる ) ( ひる ) 悲鳴 ( ひめい ) ( ) げる。 ( ) ( かな ) しさに、 別室 ( べつしつ ) ( ねや ) ( つく ) つて ( ふせ ) いだけれども、 ( ふせ ) ( ) れない。で、 ( はて ) 亭主 ( ていしゆ ) が、 ( のみ ) ( ) けるための ( のみ ) ( ) ( ) つて、 棕櫚 ( しゆろ ) ( ) 全身 ( ぜんしん ) ( まと ) つて、 素裸 ( すつぱだか ) で、 寢室 ( しんしつ ) ( えん ) ( した ) ( もぐ ) ( もぐ ) り、 一夏 ( ひとなつ ) のうちに 狂死 ( くるひじに ) をした。――

(まだ、 ( まよ ) つて ( ) さつしやるかなう、 二人 ( ふたり ) とも―― ( たび ) ( ひと ) がの、あの ( わす ) ( ぬま ) では、 ( おな ) ( こと ) 度々 ( たび/\ ) ( ) ます。)

  旅籠屋 ( はたごや ) での 談話 ( はなし ) であつた。」

  工學士 ( こうがくし ) ( ) けたして、

「…… ( ほこら ) ( ) ( えん ) ( した ) ( ) ましたがね、…… 御存 ( ごぞん ) じですか…… 異類 ( いるゐ ) 異形 ( いぎやう ) ( いし ) がね。」

  ( ) ( ) 工學士 ( こうがくし ) から 音信 ( おとづれ ) して、あれは、 乳香 ( にうかう ) ( ) であらうと ( ) ふ。