 | 一握の砂 (Ichiaku no suna) |  |
我を愛する歌
東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる
われ泣きぬれて
蟹とたはむる
頬につたふ
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず
大海にむかひて一人
七八日
泣きなむとすと家を出でにき
七八日
泣きなむとすと家を出でにき
いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに
砂山の
砂を指もて掘りてありしに
ひと夜さに嵐來りて築きたる
この砂山は
何の墓ぞも
この砂山は
何の墓ぞも
砂山の砂に腹這ひ
初戀の
いたみを遠くおもひ出づる日
初戀の
いたみを遠くおもひ出づる日
砂山の裾によこたはる流木に
あたり見まはし
物言ひてみる
あたり見まはし
物言ひてみる
いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ
しつとりと
なみだを吸へる砂の玉
なみだは重きものにしあるかな
なみだを吸へる砂の玉
なみだは重きものにしあるかな
大といふ字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて歸り來れり
砂に書き
死ぬことをやめて歸り來れり
目さまして猶起き出でぬ兒の癖は
かなしき癖ぞ
母よ咎むな
かなしき癖ぞ
母よ咎むな
ひと塊の土に涎し
泣く母の肖顏つくりぬ
かなしくもあるか
泣く母の肖顏つくりぬ
かなしくもあるか
燈影なき室に我あり
父と母
壁のなかより杖つきて出づ
父と母
壁のなかより杖つきて出づ
たはむれに母を背負ひて
そのあまり輕きに泣きて
三歩あゆまず
そのあまり輕きに泣きて
三歩あゆまず
飄然と家を出でては
飄然と歸りし癖よ
友はわれへど
飄然と歸りし癖よ
友はわれへど
ふるさとの父の咳する度に斯く
咳の出づるや
病めばはかなし
咳の出づるや
病めばはかなし
わが泣くを少女等きかば
病犬の
月に吠ゆるに似たりといふらむ
病犬の
月に吠ゆるに似たりといふらむ
何處やらむかすかに蟲のなくごとき
こころ細さを
今日もおぼゆる
こころ細さを
今日もおぼゆる
いと暗き
穴に心を吸はれゆくごとく思ひて
つかれて眠る
穴に心を吸はれゆくごとく思ひて
つかれて眠る
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ
こみ合へる電車の隅に
ちぢこまる
ゆふべゆふべの我のいとしさ
ちぢこまる
ゆふべゆふべの我のいとしさ
淺草の夜のにぎはひに
まぎれ入り
まぎれ出で來しさびしき心
まぎれ入り
まぎれ出で來しさびしき心
愛犬の耳斬りてみぬ
あはれこれも
物に倦みたる心にかあらむ
あはれこれも
物に倦みたる心にかあらむ
鏡とり
能ふかぎりのさまざまの顏をしてみぬ
泣き飽きし時
能ふかぎりのさまざまの顏をしてみぬ
泣き飽きし時
なみだなみだ
不思議なるかな
それをもて洗へば心戯けたくなれり
不思議なるかな
それをもて洗へば心戯けたくなれり
呆れたる母の言葉に
氣がつけば
茶碗を箸もて敲きてありき
氣がつけば
茶碗を箸もて敲きてありき
草に臥て
おもふことなし
わが額に糞して鳥は空に遊べり
おもふことなし
わが額に糞して鳥は空に遊べり
わが髭の
下向く癖がいきどほろし
このごろ憎き男に似たれば
下向く癖がいきどほろし
このごろ憎き男に似たれば
森の奧より銃聲聞ゆ
あはれあはれ
自ら死ぬる音のよろしさ
あはれあはれ
自ら死ぬる音のよろしさ
大木の幹に耳あて
小半日
堅き皮をばむしりてありき
小半日
堅き皮をばむしりてありき
「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止せ止せ問答
「さばかりの事に生くるや」
止せ止せ問答
まれにある
この平なる心には
時計の鳴るもおもしろく聽く
この平なる心には
時計の鳴るもおもしろく聽く
ふと深き怖れを覺え
ぢつとして
やがて靜かに臍をまさぐる
ぢつとして
やがて靜かに臍をまさぐる
高山のいただきに登り
なにがなしに帽子をふりて
下り來しかな
なにがなしに帽子をふりて
下り來しかな
何處やらに澤山の人があらそひて
鬮引くごとし
われも引きたし
鬮引くごとし
われも引きたし
怒る時
かならずひとつ鉢を割り
九百九十九割りて死なまし
かならずひとつ鉢を割り
九百九十九割りて死なまし
いつも逢ふ電車の中の小男の
稜ある眼
このごろ氣になる
稜ある眼
このごろ氣になる
鏡屋の前に來て
ふと驚きぬ
見すぼらしげに歩むものかも
ふと驚きぬ
見すぼらしげに歩むものかも
何となく汽車に乘りたく思ひしのみ
汽車を下りしに
ゆくところなし
汽車を下りしに
ゆくところなし
空家に入り
煙草のみたることありき
あはれただ一人居たきばかりに
煙草のみたることありき
あはれただ一人居たきばかりに
何がなしに
さびしくなれば出てあるく男となりて
三月にもなれり
さびしくなれば出てあるく男となりて
三月にもなれり
やはらかに積れる雪に
熱てる頬を埋むるごとき
戀してみたし
熱てる頬を埋むるごとき
戀してみたし
かなしきは
飽くなき利己の一念を
持てあましたる男にありけり
飽くなき利己の一念を
持てあましたる男にありけり
手も足も
室いつぱいに投げ出して
やがて靜かに起きかへるかな
室いつぱいに投げ出して
やがて靜かに起きかへるかな
百年の長き眠りの覺めしごと
呻してまし
思ふことなしに
呻してまし
思ふことなしに
腕拱みて
このごろ思ふ
大いなる敵目の前に躍り出でよと
このごろ思ふ
大いなる敵目の前に躍り出でよと
手が白く
且つ大なりき
非凡なる人といはるる男に曾ひしに
且つ大なりき
非凡なる人といはるる男に曾ひしに
こころよく
人を讃めてみたくなりにけり
利己の心に倦めるさびしさ
人を讃めてみたくなりにけり
利己の心に倦めるさびしさ
雨降れば
わが家の人誰も誰も沈める顏す
雨霽れよかし
わが家の人誰も誰も沈める顏す
雨霽れよかし
高きより飛びおりるごとき心もて
この一生を
終るすべなきか
この一生を
終るすべなきか
この日頃
ひそかに胸にやどりたる悔あり
われを笑はしめざり
ひそかに胸にやどりたる悔あり
われを笑はしめざり
へつらひを聞けば
腹立つわがこころ
あまりに我を知るがかなしき
腹立つわがこころ
あまりに我を知るがかなしき
知らぬ家たたき起して
遁げ來るがおもしろかりし
昔の戀しさ
遁げ來るがおもしろかりし
昔の戀しさ
非凡なる人のごとくにふるまへる
後のさびしさは
何にかたぐへむ
後のさびしさは
何にかたぐへむ
大いなる彼の身體が
憎かりき
その前にゆきて物を言ふ時
憎かりき
その前にゆきて物を言ふ時
實務には役に立たざるうた人と
我を見る人に
金借りにけり
我を見る人に
金借りにけり
遠くより笛の音きこゆ
うなだれてある故やらむ
なみだ流るる
うなだれてある故やらむ
なみだ流るる
それもよしこれもよしとてある人の
その氣がるさを
欲しくなりたり
その氣がるさを
欲しくなりたり
死ぬことを
持藥をのむがごとくにも我はおもへり
心いためば
持藥をのむがごとくにも我はおもへり
心いためば
路傍に犬ながながと呻しぬ
われも眞似しぬ
うらやましさに
われも眞似しぬ
うらやましさに
眞劍になりて竹もて犬を撃つ
小兒の顏を
よしと思へり
小兒の顏を
よしと思へり
ダイナモの
重き唸りのここちよさよ
あはれこのごとく物を言はまし
重き唸りのここちよさよ
あはれこのごとく物を言はまし
剽輕の性なりし友の死顏の
青き疲れが
いまも目にあり
青き疲れが
いまも目にあり
氣の變る人に仕へて
つくづくと
わが世がいやになりにけるかな
つくづくと
わが世がいやになりにけるかな
龍のごとくむなしき空に躍り出でて
消えゆく煙
見れば飽かなく
消えゆく煙
見れば飽かなく
こころよき疲れなるかな
息もつかず
仕事をしたる後のこの疲れ
息もつかず
仕事をしたる後のこの疲れ
空寐入生呻など
なぜするや
思ふこと人にさとらせぬため
なぜするや
思ふこと人にさとらせぬため
箸止めてふつと思ひぬ
やうやくに
世のならはしに慣れにけるかな
やうやくに
世のならはしに慣れにけるかな
朝はやく
婚期を過ぎし妹の
戀文めける文を讀めりけり
婚期を過ぎし妹の
戀文めける文を讀めりけり
しつとりと
水を吸ひたる海綿の
重さに似たる心地おぼゆる
水を吸ひたる海綿の
重さに似たる心地おぼゆる
死ね死ねと己を怒り
もだしたる
心の底の暗きむなしさ
もだしたる
心の底の暗きむなしさ
けものめく顏あり口をあけたてす
とのみ見てゐぬ
人の語るを
とのみ見てゐぬ
人の語るを
親と子と
はなればなれの心もて靜かに對ふ
氣まづきや何ぞ
はなればなれの心もて靜かに對ふ
氣まづきや何ぞ
かの船の
かの航海の船客の一人にてありき
死にかねたるは
かの航海の船客の一人にてありき
死にかねたるは
目の前の菓子皿などを
かりかりと噛みてみたくなりぬ
もどかしきかな
かりかりと噛みてみたくなりぬ
もどかしきかな
よく笑ふ若き男の
死にたらば
すこしはこの世のさびしくもなれ
死にたらば
すこしはこの世のさびしくもなれ
何がなしに
息きれるまで驅け出してみたくなりたり
草原などを
息きれるまで驅け出してみたくなりたり
草原などを
あたらしき背廣など着て
旅をせむ
しかく今年も思ひ過ぎたる
旅をせむ
しかく今年も思ひ過ぎたる
ことさらに燈火を消して
まぢまぢと思ひてゐしは
わけもなきこと
まぢまぢと思ひてゐしは
わけもなきこと
淺草の凌雲閣のいただきに
腕組みし日の
長き日記かな
腕組みし日の
長き日記かな
尋常のおどけならむや
ナイフ持ち死ぬまねをする
その顏その顏
ナイフ持ち死ぬまねをする
その顏その顏
こそこその話がやがて高くなり
ピストル鳴りて
人生終る
ピストル鳴りて
人生終る
時ありて
子供のやうにたはむれす
戀ある人のなさぬ業かな
子供のやうにたはむれす
戀ある人のなさぬ業かな
とかくして家を出づれば
日光のあたたかさあり
息ふかく吸ふ
日光のあたたかさあり
息ふかく吸ふ
つかれたる牛のよだれは
たらたらと
千萬年も盡きざるごとし
たらたらと
千萬年も盡きざるごとし
路傍の切石の上に
腕拱みて
空を見上ぐる男ありたり
腕拱みて
空を見上ぐる男ありたり
何やらむ
穩かならぬ目付して
鶴嘴を打つ群を見てゐる
穩かならぬ目付して
鶴嘴を打つ群を見てゐる
心より今日は逃げ去れり
病ある獸のごとき
不平逃げ去れり
病ある獸のごとき
不平逃げ去れり
おほどかの心來れり
あるくにも
腹に力のたまるがごとし
あるくにも
腹に力のたまるがごとし
ただひとり泣かまほしさに
來て寢たる
宿屋の夜具のこころよさかな
來て寢たる
宿屋の夜具のこころよさかな
友よさは
乞食の卑しさ厭ふなかれ
餓ゑたる時は我も爾りき
乞食の卑しさ厭ふなかれ
餓ゑたる時は我も爾りき
新しきインクのにほひ
栓抜けば
餓ゑたる腹に沁むがかなしも
栓抜けば
餓ゑたる腹に沁むがかなしも
かなしきは
喉のかわきをこらへつつ
夜寒の夜具にちぢこまる時
喉のかわきをこらへつつ
夜寒の夜具にちぢこまる時
一度でも我に頭を下げさせし
人みな死ねと
いのりてしこと
人みな死ねと
いのりてしこと
我に似し友の二人よ
一人は死に
一人は牢を出でて今病む
一人は死に
一人は牢を出でて今病む
あまりある才を抱きて
妻のため
おもひわづらふ友をかなしむ
妻のため
おもひわづらふ友をかなしむ
打明けて語りて
何か損をせしごとく思ひて
友とわかれぬ
何か損をせしごとく思ひて
友とわかれぬ
どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな
人竝の才に過ぎざる
わが友の
深き不平もあはれなるかな
わが友の
深き不平もあはれなるかな
誰が見てもとりどころなき男來て
威張りて歸りぬ
かなしくもあるか
威張りて歸りぬ
かなしくもあるか
はたらけど
はたらけど猶わが生活樂にならざり
ぢつと手を見る
はたらけど猶わが生活樂にならざり
ぢつと手を見る
何もかも行末の事みゆるごとき
このかなしみは
拭ひあへずも
このかなしみは
拭ひあへずも
とある日に
酒をのみたくてならぬごとく
今日われ切に金を欲りせり
酒をのみたくてならぬごとく
今日われ切に金を欲りせり
水晶の玉をよろこびもてあそぶ
わがこの心
何の心ぞ
わがこの心
何の心ぞ
事もなく
且つこころよく肥えてゆく
わがこのごろの物足らぬかな
且つこころよく肥えてゆく
わがこのごろの物足らぬかな
大いなる水晶の玉を
ひとつ欲し
それにむかひて物を思はむ
ひとつ欲し
それにむかひて物を思はむ
うぬ惚るる友に
合槌うちてゐぬ
施與をするごとき心に
合槌うちてゐぬ
施與をするごとき心に
ある朝のかなしき夢のさめぎはに
鼻に入り來し
味噌を煮る香よ
鼻に入り來し
味噌を煮る香よ
こつこつと空地に石をきざむ音
耳につき來ぬ
家に入るまで
耳につき來ぬ
家に入るまで
何がなしに
頭のなかに崖ありて
日毎に土のくづるるごとし
頭のなかに崖ありて
日毎に土のくづるるごとし
遠方に電話の鈴の鳴るごとく
今日も耳鳴る
かなしき日かな
今日も耳鳴る
かなしき日かな
垢じみし袷の襟よ
かなしくも
ふるさとの胡桃燒くるにほひす
かなしくも
ふるさとの胡桃燒くるにほひす
死にたくてならぬ時あり
はばかりに人目を避けて
怖き顏する
はばかりに人目を避けて
怖き顏する
一隊の兵を見送りて
かなしかり
何ぞ彼等のうれひ無げなる
かなしかり
何ぞ彼等のうれひ無げなる
邦人の顏たへがたく卑しげに
目にうつる日なり
家にこもらむ
目にうつる日なり
家にこもらむ
この次の休日に一日寢てみむと
思ひすごしぬ
三年このかた
思ひすごしぬ
三年このかた
或る時のわれのこころを
燒きたての
麺麭に似たりと思ひけるかな
燒きたての
麺麭に似たりと思ひけるかな
たんたらたらたんたらたらと
雨滴が
痛むあたまにひびくかなしさ
雨滴が
痛むあたまにひびくかなしさ
ある日のこと
室の障子をはりかへぬ
その日はそれにて心なごみき
室の障子をはりかへぬ
その日はそれにて心なごみき
かうしては居られずと思ひ
立ちにしが
戸外に馬の嘶きしまで
立ちにしが
戸外に馬の嘶きしまで
氣ぬけして廊下に立ちぬ
あららかに扉を推せしに
すぐ開きしかば
あららかに扉を推せしに
すぐ開きしかば
ぢつとして
黒はた赤のインク吸ひ
堅くかわける海綿を見る
黒はた赤のインク吸ひ
堅くかわける海綿を見る
誰が見ても
われをなつかしくなるごとき
長き手紙を書きたき夕
われをなつかしくなるごとき
長き手紙を書きたき夕
うすみどり
飮めば身體が水のごと透きとほるてふ
藥はなきか
飮めば身體が水のごと透きとほるてふ
藥はなきか
いつも睨むランプに飽きて
三日ばかり
蝋燭の火にしたしめるかな
三日ばかり
蝋燭の火にしたしめるかな
人間のつかはぬ言葉
ひよつとして
われのみ知れるごとく思ふ日
ひよつとして
われのみ知れるごとく思ふ日
あたらしき心もとめて
名も知れぬ
街など今日もさまよひて來ぬ
名も知れぬ
街など今日もさまよひて來ぬ
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ來て
妻としたしむ
花を買ひ來て
妻としたしむ
何すれば
此處に我ありや
時にかく打驚きて室を眺むる
此處に我ありや
時にかく打驚きて室を眺むる
人ありて電車のなかに唾を吐く
それにも
心いたまむとしき
それにも
心いたまむとしき
夜明けまであそびてくらす場所が欲し
家をおもへば
こころ冷たし
家をおもへば
こころ冷たし
人みなが家を持つてふかなしみよ
墓に入るごとく
かへりて眠る
墓に入るごとく
かへりて眠る
何かひとつ不思議を示し
人みなのおどろくひまに
消えむと思ふ
人みなのおどろくひまに
消えむと思ふ
人といふ人のこころに
一人づつ囚人がゐて
うめくかなしさ
一人づつ囚人がゐて
うめくかなしさ
叱られて
わつと泣き出す子供心
その心にもなりてみたきかな
わつと泣き出す子供心
その心にもなりてみたきかな
盗むてふことさへ惡しと思ひえぬ
心はかなし
かくれ家もなし
心はかなし
かくれ家もなし
放たれし女のごときかなしみを
よわき男の
感ずる日なり
よわき男の
感ずる日なり
庭石に
はたと時計をなげうてる
昔のわれの怒りいとしも
はたと時計をなげうてる
昔のわれの怒りいとしも
顏あかめ怒りしことが
あくる日は
さほどにもなきをさびしがるかな
あくる日は
さほどにもなきをさびしがるかな
いらだてる心よ汝はかなしかり
いざいざ
すこし呻などせむ
いざいざ
すこし呻などせむ
女あり
わがいひつけに背かじと心を碎く
見ればかなしも
わがいひつけに背かじと心を碎く
見ればかなしも
ふがひなき
わが日の本の女等を
秋雨の夜にののしりしかな
わが日の本の女等を
秋雨の夜にののしりしかな
男と生れ男と交り
負けてをり
かるがゆゑにや秋が身に沁む
負けてをり
かるがゆゑにや秋が身に沁む
わが抱く思想はすべて
金なきに因するごとし
秋の風吹く
金なきに因するごとし
秋の風吹く
くだらない小説を書きてよろこべる
男憐れなり
初秋の風
男憐れなり
初秋の風
秋の風
今日よりは彼のふやけたる男に
口を利かじと思ふ
今日よりは彼のふやけたる男に
口を利かじと思ふ
はても見えぬ
眞直の街をあゆむごとき
こころを今日は持ちえたるかな
眞直の街をあゆむごとき
こころを今日は持ちえたるかな
何事も思ふことなく
いそがしく
暮らせし一日を忘れじと思ふ
いそがしく
暮らせし一日を忘れじと思ふ
何事も金金とわらひ
すこし經て
またも俄かに不平つのり來
すこし經て
またも俄かに不平つのり來
誰そ我に
ピストルにても撃てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ
ピストルにても撃てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ
やとばかり
桂首相に手とられし夢みて覺めぬ
秋の夜の二時
桂首相に手とられし夢みて覺めぬ
秋の夜の二時
| 一握の砂 (Ichiaku no suna) | |